第4話(襲撃の夜④)10歳
わたしは家族から愛情を注がれて育った。
決して優秀でも孝行でもない娘だったが、家族の愛情を疑ったことはない。幸せな子供時代だった。
父と母とイーダが死んだ後、わたしは悲しみと絶望の中で考えた。
誰に殺されたのか。
なぜ殺されたのか。
どうやって殺されたのか。
あのとき、いったい何が起きたのか。
あの日から、ずっと考えているが、真相は見えてこない。
わからないことだらけだ。
屋敷には当時、父と母と姉のほかにも、魔法使いがいた。父の側近や護衛らが合わせて5人。彼らもみんな殺された。
つまり、わたしを除いて8人もの魔法使いがいながら、太刀打ちできなかったことになる
改めて思うのだが、魔法の世界に、絶対に不可能ということはない。
例えば「理外の魔法」というものがある。
地・水・火・風の四属性に当てはまらない特殊な魔法や、未知の魔法を指す言葉だ。
私が使う時間魔法も理外の魔法と言える。いまの覚醒したわたしの能力であれば、その気になれば、魔法使いが何十人いても負ける気はしない。
そう考えると「どうやって殺されたのか」を突き詰めることは、あまり意味がないのかもしれない。
不可能を可能にするのが魔法だから。結果がすべてだ。
大事なことは、家族が死んだという事実だ。
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あれは深夜の二時ごろだった。
自室のベッドで寝ていたわたしは、激しい悪寒に襲われ、飛び起きた。まもなく屋敷のどこかで何かが破裂するような、大きな音が繰り返し聞こえた。地響きと空気の震えも。
「ヨハンナ!」
わたしは侍女の名を叫んだ。隣室で寝泊まりしているヨハンナが飛び込んできた。
「ヨハンナ、聞こえた? あの音はなに?」
ヨハンナはまだ十代半ばと若いが、気配りが細やかで信頼できる侍女だ。
「わたしにも聞こえました。緊急事態が起きているようですね」
「さっきから嫌な気配が充満しているわ」
「ええ、魔力のないわたしでも感じます。万が一のために、逃げられる用意をしましょう」
ヨハンナはすぐにコートと靴を持ってきた。それから懐剣も。
「まだ動かない方が良いでしょう。何かあれば、ダニエル様やイーダ様がきっと、お嬢さまのところに来られるはずですから」
「うん、わかった」
わたしはパジャマの上からコートを着込んだ。
胸騒ぎがとまらない。
わたしの部屋は屋敷の端だ。4階建ての建物の2階にあった。
ヨハンナが護身用の棒を手に、窓から外をうかがう。
「煙が上がっているような気もします。中央の広間のあたりでしょうか。でも、暗くて距離があるので、よくわからないですね」
音が聞こえたのは、最初だけだ。
さらに数分が過ぎた。
「静かですね」
ヨハンナが言う。それは「静かすぎて妙だ」という意味だ。屋敷の中で明らかに何かが起きているのに、騒ぐ声も悲鳴もない。なぜこんなに静かなのか。
父と母とイーダは大丈夫だろうか。
わたしは待っていることに耐えられず、ヨハンナに言った。
「ねえ、ちょっと様子を見に行こう」
これまで冷静だったヨハンナが初めて、戸惑いの表情をあらわにした。わたしとそれほど年齢が変わらない少女であったことを、思い出した。
「お嬢さま。これは明らかに異変です。お嬢さまを様子見に行かせる訳にはいきません。かといって、お嬢さまをひとりにして、わたしが見に行ってもいいのかどうか……」
わたしはヨハンナを抱きしめた。平静を装っているが、彼女もぶるぶる震えている。
「わかった。ヨハンナ、ここで待ちましょう」
突然、扉が開いた。
「アイカ!」
イーダが呼ぶ声がした。
「あぁ、イーダ!」
「アイカ、無事でよかった」
わたしは安堵した。頼もしいイーダが来てくれたなら、もう大丈夫だ。
だが、部屋に入ってきたイーダを見たわたしは凍りついた。イーダは全身に傷を負っていた。顔の左半分が腫れて、左眼が開いていない。こめかみから黒い血が垂れていた。
「どうしたの、イーダ」
わたしはイーダに駆け寄る。頬にそっと触れると、彼女は痛そうに顔をしかめた。
「やられたわ」
「どういうことなの」
「敵にやられた。屋敷が襲われたのよ」
「えっ」
「アイカ、あなたは逃げてもらうわ。もう時間がない。この部屋もまもなく安全ではなくなる」
イーダは扉と窓の外を確かめ、それからヨハンナに荷物の指示を始めた。
「そんな。敵って、いったい何者なの?」
イーダは答えるのをためらった。
顔を歪め、強ばらせ、数秒の間、何やら思い詰めた表情を見せていたが、やがてこうつぶやいた。
「終幕の魔法使い」
その言葉を聞いたとき、わたしはどう受けとめていいのか、よくわからなかった。ざわざわとした不安と恐怖と、それから納得のいかない気持ちが胸の奥でぐるぐると渦巻いた。
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終幕の魔法使い——。
その名は知っている。というか、知らないものはいないだろう。ノール帝国の創世神話に出てくる、神の名前だからだ。
終幕の魔法使いは女神ノルンの半身とも、
はるかなむかし、まだ古王国が繁栄の絶頂にあったころ。人々は享楽におぼれて傲慢になり、女神ノルンの言葉を聞かなくなった。
そこで、怒った女神が終幕の魔法使いをこの世に遣わしたのだ。
終幕の魔法使いは
山も、木も、家も、家畜も、もちろん人も。最後には空さえも飲み込み、世界を無に帰した。何もなくなった虚無の中から、女神がまた世界を創り直すのだ。
帝国の民であれば、子供でも知っている話だ。
わたしは女神ノルンを信奉している。
しかし、神話と現実とを混同することはない。神の存在は信じても、神がこの世においそれと現れるとは思っていない。
だが、イーダの表情は真剣だった。冗談を言う状況ではない。
「予想はしていた」とも言った。「レピスト家は古い魔法使いの血筋だから。いつかはこんな日がくるかもと警戒していたわ」
「イーダ、どういうことなの。終幕の魔法使いって、本当にいるの?」
「わからない。でも、ここ数年、古い血筋の貴族が何度か襲われていたの。表立って騒ぎにはなっていないけどね」
「その傷は、その敵にやられたの?」
そう聞くと、イーダは身震いした。
「恐ろしい敵だわ。あんなやつは帝都でも見たことがない。鈍色のローブを被った、
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