第17話 進路選択

正直僕は多々歌う事が大好きで今までやってきて、何なら高校も軽音部があるところを自ら探して受験したくらいだったけど、ここまで来たら大人になる、という事を見据えて動かなきゃいけない。 就職に進学、色々悩んでいた。



そんな時、また僕はおじいちゃんに助けられたんだ。


ある時、息抜きという事でドライブに連れて行った時の事だった。


暫く無言が続いていたけれど、信号待ちのタイミングで、おじいちゃんは啖呵を切ったように話し始めた。


「なあ、凛歌。結局、進路は決まったのか。」



「ん・・・・ああ、まだだよ。僕もまだよく・・・・わかってないんだ。」



「何かやりたい事とかないのか?」


「なーんにもない。・・・・強いて言うなら、まだまだ歌ってたい・・・かな。できれば。」


「そうか・・・なあ、それなら、凛歌。 大学行って、その好きな歌を極めてみるってのはどうだ?」


「極・・・め・・・る?」


「そう、極める。つまり、大学に行ってみるってのは、どうだ?」


「大学・・・?」


僕は最初、ピンとこなかった。なんでって、僕は勉強が好きではなかったからだ。


それこそ、大学なんてその勉強を更にずっとやっていくためにある場所なんだから、勉強嫌いな僕がいったところで・・・と思ったのだ。それに、大学は色々学科、系統があるけれど、自分に向いている系統のところがあるなんて思えなかった。



「んなところ、僕には一番縁がなさそうなところじゃないか。僕は勉強だって嫌いだし、好きな科目があるわけじゃないし・・・・。まあ、音楽は大好きだけどさ。」



「そう、だからその歌を極めてみるってのはどうなんだ? 数は沢山あるわけじゃないが、音楽科やら芸術科に行くって手があるぞ。 そこに進学すれば、好きな音楽、歌をもっともっと好きなだけやっていけるぞ。」



「そんな科もあるの!?」


「おう、もちろんある。そこに行けば、色んな教授、色んな教材があって、もっともっと深くお前の好きな歌を極めて、もっと上手くなれるぞ。」



それだけで、僕にはかなり魅力が伝わったのだが、次の殺し文句で僕は心が大きく動かされたんだ。


「凛歌にその気があるのかはわからないが・・・・もし、凛歌が将来的に歌手とかボーカリストになりたいなら、かなり近道になるんじゃないか?」



歌手。歌が好きな人なら、誰もが憧れる職業ではないだろうか。


歌手は、世界最古の職業としても知られるの一つで、どのジャンルを問わず、歌を聴いてくれる人たちを己の声と、その歌唱力で感動させたり、リラックスさせたり、昂らせたり。 そんなことを生業にするという事になる。


僕もそれとなく憧れてはいたけれど、それは雲の上のもの。意識したくとも遠ざけていたようなものがあった。


もちろん、行ったからと言って、絶対にそうなれるわけではないが、四年間それに没頭できる権利が与えられる上、そこで思いきり極めればそう言ったチャンスが訪れるかもしれない。 そう考えていたら、えらく魅力的に感じてきていたのだ。


でも、懸念材料は幾つかある。まずは授業料だ。


何とか親を説得すれば出してもらえるだろうが、もしできなかったときにどうするのか。


・・・・そして、もし行きたいとなれば勉強も、もちろんガッツリやっていかねばならない。



「でも、そうなると、親父とお母さんに相談もしなくちゃな・・・資金とか工面できるかな・・・。」



「別にあの二人がダメなら俺が出してやる。もし本当に行きたいなら、凛歌は余計な事を考えないで、とにかく勉強を頑張れ。いいな?」


「・・・うん。わかった。どうせ僕も他にやる事が思いつかないし、少し頑張ってみるよ。」


「よし、そうと決まれば話が早い。これから頑張っていくぞ! 指切り拳万だ」



「うん、頑張るよ。」


そして、僕とおじいちゃんで指切り拳万を交わした。



そして、次の日から僕は今までにないくらいの勢いで勉強を始めた。それまでまともに勉強なんてしたことがなかったから、最初のうちは本当に苦しくてしょうがなかった。


けれど、ここで頑張れば、自分の好きな物をもっと極められる、もっともっとはまり込んで楽しむことができるところに辿りつける。そう考えたら、不思議と頑張れた。


タイムリミットのセンター試験まではあと数か月かそこら。


僕は朝昼晩、とにかく全力で勉強を重ねた。大好きな歌をもっと知りたいから、もっとたどり着きたいから。 ただそれだけの気持ちが、僕に大きな力を与えてくれた。


そして、少し羽を休める時は、好きな歌を歌ってみたり、好きなラジオ番組を気持ちよく聞き流したり。 忙しい中にもわずかな癒しもしっかり取った。



夏を超え、秋を超え、冬を超え、そして年始に訪れた最大の決戦。センター試験。


震える足を押さえ、何とか会場に入った僕は、ひどく緊張していた。


でも、そんなときにはおじいちゃんと指切りしたことを思い出して、どうにか自分にムチを入れた。 あと少し、もう少し。ここでやり切れば、きっとそこにたどり着けるんだ。


「・・・・・よし、僕はやり切るぞ!!」


少し小さな声を出して、僕は自分を奮い立たせた。



「それでは、試験はじめ!!」



試験官の合図と共に、僕は筆を執り、その答案に立ち向かっていった。


今まで必死に身に着けてきた全てを、僕は必死に出力した。


次の問題。その次の問題、そしてそのまた次の問題。必死になってくらいついていった。


二日間を必死に乗り越え、とりあえず僕は全力を出し切ることができた。


そしてその後、二次試験や実技試験も乗り越えて、いよいよ後は結果を待つのみになった。


ここからの一か月は本当に毎日眠れぬ夜を過ごした。全力を出し切ったとはいえ、やはり結果が見えていないこの期間は、吐きそうなほどキツかった。 血反吐が出そうだった。


眠れぬ夜を何日も過ごして、遂に合否判定の日が来た。


今日で、次への扉の入り口が開くのか、それともまた一年足踏みするのか。決することとなる。


運命の時刻を待って、受験番号をウェブサイトに打ち込み、その結果を開いた。


結果は・・・・合格だった。



「っっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっしゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


僕は今までに経験したことのないような、大きな達成感を味わった。


「おじいちゃん!!! 受かった!! 俺受かったよ!!!」



「ウオオオオおおお!!! 凛歌、よくやった!! 本当によくやった!! おめでとう!!」


おじいちゃんと僕は、思わず抱き合ってその喜びを爆発させた。



これは後で聞いた話なんだけど、僕が合格した大学は、おじいちゃんがその昔行きたかったけれど、主に金銭面で折り合いがつかず、志半ばでいくことができなかったところだったらしい。 だからこそ、僕が合格を決めたことが本当に嬉しかったらしい。



何とか入学金はおじいちゃん、授業料は両親が負担する流れとなって、僕は晴れてキャンバスライフを送る事となった。

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