第33話 心の声〈フールside〉

 薄暗い石造りの地下通路に足音が響く。


 不規則なその音は明らかに牢番のものとは違い、俺はオヤっと身を起こした。


 身体中がきしむような痛みに耐え、しばらく耳を澄ませていると思った通り音が近付いて来るのが分かる。




 ようやっと来たか。


 遅いんだよ。




 心の中で悪態あくたいき、手早く最低限の身なりを整える。


 こ汚くしたままでドン引きされ、逃げ帰られたらかなわない。


 でも同情を誘う事も忘れてもいけないから加減が難しい。


 思わず俺は苦笑した。


 やがて最後の角を曲がってお目当ての人物が姿を現す。


 彼女はキョロキョロ辺りをうかがい、そっと通路を歩き出した。




「……フール……? フール……?」


「ルーザリア様……」




 俺を呼ぶ小声にあわれっぽく返事を返す。




「フール! 大丈夫? こんなになって……ごめんなさい私のために……」


「ルーザリア様……良いんです。謝らないでください……」


「でも……だってこんなに痛そうで……ひどい事されたのね……」


「えぇ。でも僕は間違った事は言ってない。グレイシア様があなたに酷い仕打ちをしていたと、証言してくれた人は大勢いたんですから……」


「えっ……あ……いえ、そうね、そうよ……大丈夫……」




 そんなに動揺してたら嘘だってすぐバレるぞ?


 本人の知らないうちに工作してやった、俺の苦労を無駄にしないでほしい。


 今まで個々に嫌がらせしていた者たちを誘導し、まとめ上げるのは結構大変だったんだ。


 ベンチで嘘泣きしてるお前に、俺が集めたエキストラたちが『何かされた?』とか『それは誰だ』とか聞いて、集まって来た誰かが踏んづけたペンケースを見付けて『これを壊されたから泣いた』とか『ここに来る時グレイシア様とすれ違った』とか言って罪を捏造してやったのが最初かな?


 途中からイジメてた人が統率されたり入れ替わってたの、分からなかったろ?


 学園に入ってすぐの頃、侯爵や伯爵の息子たちを手玉に取っていた時に受けていた嫌がらせ、それに関して俺はよく知らない。


 だが、殿下と出逢って以降にお前が受けたイジメ、その首謀者はグレイシア様と見せ掛けた俺たちだ。


 まぁ薄々グレイシア様じゃないって分かってて否定しなかったのは当の本人だもんな。


 あんたが確信犯なのはみんな知ってるよ。


 あんた、自分が周囲を操ってたみたいに思ってるかも知んないけど、実は俺のてのひらで踊らされていたって知ったらどんな顔するかな?


 まぁ、モノはついでだ。


 俺の最後の仕事にも一役買ってもらおう。




「ルーザリア様……僕、謝らないといけなくて……」


「謝る? なぜ? フールは悪くないんでしょう?」


「僕……騙されていたんです……今までずーっと気が付かなくて……」


「騙されたって、誰に? 誰がフールを騙したの?」




 本当に初耳だろうから、演技要らなくて楽だろ?


 あ、でもコイツ今ニヤって笑いそうになったぞ。


 これで人のせいにできるって思ったのか?


 途端に目がキラキラしてきた。


 良い根性してやがる。

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