第3話 徴の贖罪

 ハルバラの母星に還ってからの日々は、ひたすらに永かった。彼女は、王宮の一室に幽閉させられた。彼女は、鉄格子の嵌まった窓のうちで、はじめは抵抗と憤慨を露わに暴れ、やがて諦めが心が満ち満ちると、その日その日をただ漫然と暮らした。


 翻って、新惑星の植民は難航を極めた。未知の生物や流行り病が、新天地を踏んだ臣民を苦しめた。それでも、帝国は女王の威光に掛けて、その星に人々を送り込むことを止めなかった。半ばそれが強制となっていく過程で、いつしか、臣民の新天地への失望は、帝国への叛逆の息吹と姿を変える。


 それが革命の狼煙となって、帝国全土に発火したのは、あの儀式セレモニーから十年後のことであった。


 王宮になだれ込んだ民衆は、刃物で王宮に仕える人々を切裂きながら、女王を探しあてようと躍起になり、鬨の声を上げる。


 外の様子も知らされることもなく、永い時放置されていたハルバラは、その状況を知るよしもなく、聞こえてくる激しい物音やかつての同僚の断末魔に、ただ、怯え、幽閉された部屋の隅で震えていた。

 やがて、唐突に部屋のドアが破られ、民衆がハルバラを取り囲む。


「なんだ?! この女は?」


「王宮の者だろう、構わない、斬っちまえ」


 民の刃物に追いかけ回されながら、老いたハルバラは必死に叫んだ。


「違います、私は、私は、ずっと助けを待ち望んでいました……!」



 革命軍のリーダーである青年は、ハルバラのあの儀式セレモニーについての告白を、重苦しい心持ちで聞いていた。

 新天地でのしるしの真実を聞き終わると、彼はハルバラに向かい合って言った。


「そうか、お前は犠牲者でもあるのだな。だが、欲に溺れて、自らの身を売り、民を欺いた罪は重い。お前がその役目を断れば、今日に至る歴史も変わっていたかも知れぬ」


 ハルバラの顔色がさっ、と青く変わった。彼女は必死に抗弁する。


「そんな……断ったら、きっと、私に、命の保証はなかったのです……!」


「そうだな、ならば、俺も命までは取らぬことにしよう。だが罪は罪だ。その報いとして、その罪深い両足を切り取ることで償いとしろ!」


 青年の声は容赦無いものだった。そして、呆然とするハルバラに、彼は過酷な宣告を告げる。


「明日、女王をギロチンに掛ける。あの女の隣で、お前も民に許しを請え。女王からは、首を、お前からは、足を、その刃で奪い、もらい受ける。そして、あの懐かしい儀式セレモニーと同じように、その様子も全宇宙に中継することにしよう」


 半狂乱になったハルバラが連行されていく。その後ろ姿を見て、革命軍のリーダーは、ただその場に一人だけ残した年長の腹心に零した。


「まさか、あれが、彼女の足跡だったとはな。しかし、あの新惑星での儀式セレモニーを、テレビジョンでの中継を見て、子どもだった俺の心も興奮の渦に飲まれたものだ。その俺に彼女の足を切り落とす資格はあるのだろうか……?」


「それが人間の歴史というものですよ、リーダー。あまりお気になさらず」


 青年はそれを聞いて、静かに頷くと、明日のの処刑の準備に指示を出すべく、石造りの部屋を足早に出て行った。

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徴(しるし)の罪状 つるよしの @tsuru_yoshino

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