第58話 マグカップ

 久しぶりの二人の夕飯の時間を過ごして、温かいお風呂にゆっくりと浸かって、あっという間に寝る時間になった。

「飛鳥のベッド来てないから、飛鳥は僕の部屋で寝な?」

昨日はあの流れで一緒に寝たけど、今日はさすがに状況が違くて、自分から『一緒に』なんてことは言い出せなかった。

「う、うん……」

飛鳥は少し申し訳なさそうに頷いて、僕の部屋に入って行こうとした。扉が開いて、次に扉が閉まる音が聞こえてくると思った時、聞こえてきたのは閉まりかけた扉を再び開く音。

「ひ、日向もいっしょに……」

本当に小さな声だったけれど、飛鳥は確かにそう言った。

「うん……」

僕は飛鳥の勇気に応えるように小さく頷いて、飛鳥といっしょに部屋に入った。


 しばらくして、隣から飛鳥の小さな寝息が聞こえてきた。僕は、飛鳥を起こさないように注意しながらスマホを起動した。そして、去年のクリスマスに撮った写真をゆったり見返した。

 写っているのは色とりどりの光を光を放つイルミネーションと、振り向きざまの無防備な飛鳥。一度写真を閉じて、今日の飛鳥を大きく表示する。今日撮った写真には、美しいイルミネーションと、とてつもなくかわいい飛鳥。それとものすごく情けない自分がしっかりと写っている。

「飛鳥。気遣ってくれたんだろうな……」

寝返りをうってこちらに向いた飛鳥の寝顔を見て呟く。

「ありがとう、飛鳥」

小さく微笑んで、飛鳥の頭をふわりと撫でる。すると飛鳥は、くすぐったそうに笑顔を浮かべて、

「日向。大好き」

柔らかい声でそう言った。寝言なのは分かってた。それでも、嬉しくなった僕は

「僕も」

と小さく言って、飛鳥の唇にそっと触れてからゆっくりと目を瞑った。


 ワガママで、不愛想で、ツンツンしたカノジョ。

 たまに優しい言葉を掛けてくれたり、柔らかい笑顔を見せてくれるカノジョ。


 そんなカノジョに恋をした、僕の初恋の日々。

 すごく苦くて。でもほんのり甘い。今日までの思い出。


このかけがえのない日々にもし、タイトルをつけるなら――――。

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珈琲色の初恋 三宅天斗 @_Taku-kato

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