第52話 僕の想い

 ガチャン!

 その音が聞こえてきてすぐに、僕は目の前の扉を開けた。目の前に確かにある、僕の大好きで、大切な人の顔を見て、涙が溢れるよりも早く彼女の身体を抱きしめた。

「日向。どうして?」

彼女の声は動揺したように震えている。

「僕、気づいた。僕は、飛鳥が大好きだってことに!」

飛鳥を強く抱きしめて、頭に浮かぶ素直な文字をそのまま純粋な言葉にする。

「飛鳥が部屋からいなくなったあの日。すごく淋しかった。リビングから『おかえり』って声も聞こえなくて、いつもいてくれたはずの影がそこになくて。こころにぽっかり穴が空いたみたいになった。そんな大きな穴を埋めてくれるのが明里なんだって思った。でも、明里と付き合っても空いた穴はぜんぜん塞がらなくて。飛鳥としてこなかったデートとか、自撮りのツーショットとか、手を繋ぐとか……。してみたけど何も変わらなくて。むしろ日に日にその穴は広がって。そんな穴を埋めてくれたのは、記憶に小さく残ってる飛鳥との何気ない日常だったり、飛鳥の写真だったり。とにかく、飛鳥の事だった。飛鳥のことを考えてる時だけは、不思議なくらいに心が落ち着いた」

言葉を紡ぐために、飛鳥を抱きしめる力が強くなる。

「飛鳥のこと本気で忘れようと思って。大嫌いになろうとして、飛鳥の嫌なところいっぱい言ってみた。不愛想だし、こっちがどんだけ疲れて帰ってきてもナマケモノみたいにダラダラしてるし。料理もちゃんとできないし。洗濯機の使い方すらわからないし――。思いつくだけたくさん言った。でも、口に出した全部が大好きだった。どんなに悪口を叫んでみても、飛鳥のこと全然きらいになれなかった。むしろどんどん好きになった。今日、明里とイルミネーションを見た。あの時。僕が初めて飛鳥とデートした時の記憶が鮮明に蘇ってきた。もうわかってたんだ、そんなところも含めて飛鳥のことが好きなんだって。でもそんなとき、飛鳥と正反対の明里に逢って、勝手に変な妄想して、飛鳥の大好きなところ忘れて……」

自分でも何が言いたいのか分からなくなってくる。胸に溜まる文字が、言葉となってただただ口から溢れてくる。

「あぁ~! 僕、なんでこんなに喋ってんだろう! 伝えたいのはそんなことじゃなくて……」

飛鳥を抱きしめる力が少し緩まる。僕の胸から離れた飛鳥の顔を見たとき、胸の中にめちゃくちゃに湧いていた言葉がどこかに蒸発していって、大切な一つの文だけがぽつんと浮かんでいた。

「あのときは本当にごめんなさい……。すぐに許してほしいなんて言わない。言える立場じゃない……。それでも、飛鳥がこんな僕にもう一度チャンスをくれるなら。僕と。こんなにダメダメな僕と、付き合ってくれませんか……」

飛鳥の潤んだ瞳をまっすぐ見つめて、まっしろな言葉を彼女に伝えた。

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