第25話 影

 周りから聞こえてくる声がまばらになった気がして顔を上げると、さっきまでほぼ真上にあった太陽が西の空に傾いて赤々と輝いていた。

「そろそろ帰るか……」

僕は課題をカバンにしまってベンチから立ち上がり、一人で家路についた。


「ただいま」

いつもの癖で、つい口にしてしまう。もちろんリビングからの返事はない。

 誰もいないリビングに明かりを灯して、空所になっているソファーの上に乱雑にカバンを放る。誰の気配も感じないこの部屋。僕はこの静寂を断ち切るようにテレビの電源を点けた。

「この後は予定もないし。買い物でも行くか」

自分に言い聞かせるように独り言を零してから、僕は部屋を出た。


「ごちそうさまでした……」

部屋に響くこの声は僕のものだけ。昨日まで。いや、今朝まで目の前にあった小さな影も、聞こえていた柔らかい声も、もうない。

「これで良いんだ……」

心に湧く虚無感を隠すようにそう言って、僕は一人分の食器を洗い始めた。

 一人分の食器を洗い終わって、お風呂の湯を沸かす。一人分の洗濯物を畳んで、自分の部屋のタンスにだけモノをしまう。

 いつもの半分の仕事量。とても、楽だ。

 つけっぱなしになっているテレビからは、いつもより大きい音が流れてきていて、お笑い芸人さんの面白いネタと笑い声が楽し気に聞こえてくる。楽園だ。

『お風呂が沸きました』

機械的な女性の声が聞こえてきて、僕はすぐに風呂に向かった。

 汗ばんだ身体を洗い流して、湯船に浸かる。

「いい湯だぁ~」

自分で発した声が壁に反響して、寂し気に消えた。

「あいつ。今頃だいじょうぶかな……」

心配する必要はないけど、彼女の様子が頭に浮かぶ。

「いいんだ、気にすんな……」

僕は彼女への想いと共に、髪についた水滴を振り払って浴室を出た。

「あったかかったぁ」

火照った身体を適度に冷やしてくれる室温。僕は無人のソファーにどっさりと座って、さっきから放送しているネタ番組をぼんやり見た。その後は、いつも通り歯を磨いて、手持ち無沙汰になった僕は自室に入った。

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