第14話 突然の遭遇

 それから、大学の講義、バイト、明里さんの家庭教師、食事、洗濯などなど。いろんなことをしながらの生活が続き、あっという間に夏休みを迎えていた。

「ねぇ飛鳥。夏休みに入ったんだし、どっか出かけない?」

朝食で使った食器を洗いながら飛鳥に訊いてみるが、ぜんぜん聞く耳を持ってくれない彼女。

「そういえば。今日は飛鳥の大好きな作家さんの新刊の発売日じゃなかったっけ?」

そう言った途端、飛鳥のページを捲る手がピタリと止まって、ゆっくりとこちらに視線が向けられた。

「今日、何日?」

「二十五日」

「そうだった! 早く行こ!」

飛鳥は慌てた様子で本をパタンと閉じて、スッとソファーから立ち上がった。


 いつぶりかと記憶を辿ってしまうほど久しぶりの、飛鳥とのデート。目的はただ、飛鳥の好きな小説を買うというものだけだったけど、僕の心はルンルンと弾んでいて、気を抜けば音痴な僕の鼻唄が漏れてしまいそうだ。

「飛鳥、楽しそうだね」

「ずっと、楽しみにしてたから」

いつになく上機嫌な飛鳥。歩く度に、肩が楽しそうに上下する。『ずっと』の溜め方からも分かるが、飛鳥のテンションはいつになく上がっている。そんな笑顔で楽しそうな飛鳥を見ていると、こちらももっと楽しくなってくる。

 ――しあわせ!

そんな感情を噛みしめていると、

「あれ? 本田先生?」

背後から聞き覚えのある可愛らしい声が聞こえてきた。

「明里さん。こんにちは」

「ど~も。あ、お隣は彼女さんですか?」

明里さんは飛鳥を見るなり、何か含んだような不敵な笑みを浮かべ、飛鳥の顔を覗き込むような仕草をした。

「日向。この子は?」

明らかに警戒した様子で、飛鳥が小声で訊いてくる。

「えっと、家庭教師をしてる森田明里さん」

飛鳥に、簡易的ではあるが明里さんの紹介を終えた。

「あ~ぁ」

飛鳥はその紹介に納得するように首を縦に振った。

「どうも。森田明里です。本田先生の“彼女さん”のお名前は?」

「水無瀬飛鳥」

飛鳥はいつもみたく面倒くさそうに答えた。飛鳥が明里さんに抱いた第一印象は、やけにチャラチャラしていて関わりにくい人、といったところだろうか。

「飛鳥さん。すごく良い彼氏さんをもらいましたね?」

明里さんはニコニコな笑顔で飛鳥にそう言った。さっきから明里さんが口にする“彼女”とか“彼氏”という言葉に、嬉しさが込み上げてくる。けど、飛鳥はあんまり気にしてない様子で

「そうなのかな」

と、少し考えるように俯いて答えた。

「そ、それより。明里さんは今日は何しに?」

飛鳥の態度が少し心に来てしまい、話題を変えたくて目的を聞いた。

「今日はお友達と遊びに。先生は“デート”ですよね?」

「う~ん……」

本を買いに行くための付き添いというのをデートという綺麗な言葉に括っていいのか分からなくて、僕はつい考えてしまった。対して飛鳥は、

「本を買いに来ただけ」

と冷たく言った。

「あ~、そうなんですね。あ、わからない問題あったので、明日、質問しますね?」

「あ、うん。わかった。それじゃあ楽しんできてください」

「は~い」

明里さんはこんな惨めな僕に、太陽のようにキラキラの笑顔を振り撒いて去って行った。

「かわいい子だね?」

ゆっくり歩き始めたとき、飛鳥がボソッと呟くようにそう言った。

「そうだね」

何の気なしにそう返すと、飛鳥は急にスピードを上げて僕の横を通り過ぎてそそくさと書店に入って行ってしまった。

「ちょ、飛鳥?」

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