第10話 新しいカンジョウ

「ふぅ、疲れた!」

「お疲れさまでした。今日はこの辺りで終わりましょうか」

明里さんは、僕の指導なんか必要ないのではと思うくらいハイペースで問題を解いていき、だいたいのみなさんが間違えてしまう問題以外は、ほとんど全問正解というとても優秀な成績だった。

「時間、少し余っちゃいましたね」

腕時計を見てぼそりと呟くと、

「じゃあ、お話しませんか? 雑談」

明里さんは手をパンと叩いて、柔らかい笑顔をしながら楽しそうに提案してきた。

「そうですね。少しお話ししましょうか」

信頼関係を築くには絶対に必要な時間だと判断して、僕は快く承諾した。

「先生に質問してもいいですか?」

「まぁ、答えられる範囲であれば。何でも答えますよ」

近頃の女子のノリは少しだけ怖かったので、あらかじめ予防線を張りながら返事をした。

「じゃあ、いきなりなんですけど。先生って、彼女さんいるんですか?」

明里さんはグイッと身を乗り出して、不敵な笑みを浮かべながら本当にいきなり聞いてきた。

「その手の質問は……」

お茶を濁そうとすると、

「居ないんだぁ」

明里さんは、僕をからかうように見つめてそう言った。さすがの僕も、その言葉に腹が立って

「居ますよ」

と、少し強めに言った。完全に挑発に乗ってしまった。冷静になった時、しめたという顔をした明里さんを見てそう思った。

「いるんですね。ふ~ん。どんな人なんですか? 写真とか、あります?」

写真……。飛鳥と付き合い始めてから。いや、それ以前から一枚もまともな写真をとったことがない気がしてきて、僕は慌ててカメラのフォルダを漁った。数十枚に一度、飛鳥が写った写真が見えるが、どこか盗撮のように見えてしまい、見せるのを躊躇ってしまう。

「せんせ~い。まだですか?」

急かすようにだらけた声で訊いてくる。

「ち、ちょっと待ってね」

必死に探した結果、見た中でいちばん盗撮っぽくない写真を明里さんに見せた。

「え。めっちゃ美人な彼女さんですね!」

僕が見せたのは、去年のクリスマスの日に撮った、飛鳥がイルミネーションの前でこちらを振り返った瞬間を写した一枚だ。寒さで頬が赤らんでいて、イルミネーションで美しく照らされている横顔がとても美しく見えて、僕の大好きな写真の一枚である。

「ホント。僕には勿体ないくらいの彼女だよ」

少し自嘲気味に笑うと

「そんなことないですよ。私は、先生かっこいいと思いますよ?」

明里さんは少し大人っぽい笑顔を浮かべて、そっとそう言った。

 生まれてこのかた、初めて言われた『かっこいい』という言葉に、胸が少し弾んだ気がした。

「先生、いま少し照れましたね?」

僕の心を見透かしたようなタイミングで、小悪魔のような笑みを浮かべて明里さんがそう言った。飛鳥からは絶対に見ることが出来ないその表情に身体がカァーッと熱くなるのを感じた。

「はいはい。先生をからかわない。ってもう時間ですね。今日出した課題、次回までにしっかりやってくださいね」

「は~い」

「僕はご両親に挨拶があるので。それでは」

「先生。ありがとうございました」

明里さんの無垢な笑顔に見送られ、僕は部屋を出た。

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