第9話 アルバイト ~出会い~

 月日は進み六月某日。僕は閑静な住宅街にやってきていた。

「あれ、この辺だと思うんだけどな……」

僕は新しくアルバイトを始めた。それは、高校生の家庭教師。時給千円、週三日。家計的に、正直きびしい今。悪くないバイトである。

「森田、森田……。あ、ここだ」

僕は、目的の表札を発見して、ホッと胸を撫で下ろした。が、一転。目の前に聳え立つのは、豪勢な一軒家。洋風な外観に、少し広めの庭。明らかにお金持ちのお家だ。

「ふぅ……」

小さく深呼吸をして、インターホンを鳴らした。少しの間が空いて、インターホンの奥から若そうな女性の声が聞こえてきた。

『はい?』

「え~っと、今日から家庭教師でお世話になります。本田日向です」

『あ、先生! ちょっと待ってくださいね!』

「はい」

僕は念のためネクタイの結び目を整えて、森田さんが出てくるのを待った。

「お待たせしました~」

玄関の扉の奥から現れたのは、端正な顔立ちの女子だった。

「えっと、森田、明里さん?」

「はい! お待ちしてました! どうぞ」

僕は森田さんに腕を引かれ、お宅にお邪魔した。

「あの、ご両親に挨拶を……」

礼儀的にするべきだと思い、慌てて口を開くと

「今はいないので、帰りでどうですか?」

と、キラキラした笑顔で提案された。

「そうなんですね。それじゃあ、そうさせてもらいますね」

僕は作ったような笑顔で返して、森田さんの後ろをついて歩いた。

「どうぞ」

「失礼します」

中に入ると、柔らかなピンク色が僕の目の前を覆った。ザ・女の子っていう感じのお部屋。飛鳥の寒色系の部屋とは正反対である。

「えっと、まずは自己紹介から。本田日向と言います。本日から森田さんの志望校合格に向けて、精いっぱい勉強を教えさせてもらいます。よろしくお願いします」

丁寧にお辞儀をして、自己紹介を終えた。

「森田明里です。高校三年生です。よろしくお願いします」

森田さんのお辞儀に合わせて、こちらも軽くお辞儀を返して、お互いの挨拶が終了した。

「じゃあ、早速なんですが。志望校の方、聞いてもいいですか?」

定められたマニュアル通りに淡々と話を進めて行こうとすると、

「あの、先生? 森田さん。じゃなくて、下の名前で呼んでもらえませんか?」

と、控えめにそう言ってきた。確かに、こういうものは信頼関係が大事だと思い、僕は素直に従うことにした。

「分かりました。それでは明里さん、志望校は?」

「えっと、明京大学」

「学部は?」

「文学部です」

「学科は?」

「心理学です」

「心理学、っと。わかりました。それじゃあ、志望校合格に向けて、頑張っていきましょう」

僕は手帳にしっかりと書き記して、さっそく勉強を始めた。

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