第6話 来訪

 あの事件以来、僕と水無瀬さんの距離は、少しずつだが近づいて行った。(と僕は勝手に思っている)

「おはよう」

「……おはよう」

前までは一切かわすことがなかった挨拶も出来るようになったし、

「い、いつも本読んでますよね? な、なに読んでるんですか?」

「コレ」

日常会話も、敬語だけど出来るようにはなっていた。

 僕の人生で、一番と言えるほどの輝きを見せている毎日を送り、冬休みに入った。僕は、勉強ができる方ではないのだが、水無瀬さんと同じ大学に進学するんだ! という強い目標を持って、毎日、受験勉強に明け暮れていた。ストレスと疲労感で気持ちが切れそうになった時は、水無瀬さんの可愛らしい顔と、美しい声を思い出して、必死に過去問や問題集を解き進めた。

 そんな退屈な毎日を送っていると、やはり毎日のように見ていたあの顔が無性に見たくなってきた。

「水無瀬さ~ん……」

ベッドの上で、彼女の顔を思い出して見悶えていると、一階からインターホンの音が響いてきた。僅かな時間が空いて、母のドタドタと五月蠅い足音が聞こえてきて、扉を開けた瞬間に煩わしい母の声が鼓膜を揺らした。

「あら! どうしたの!」

いつも以上に明るく聞こえる母の声。あまりに鬱陶しくて、枕で耳をふさいだ。

「そうなの! それなら早く。上がって上がって!」

それでも尚、飛び込んでくる母の声。どう頑張っても今日の母の声は防げないのだと諦め、枕から顔を離すと、扉が閉まる微かな音が聞こえてきた。

 その音に続いて、今度は母のものとは思えない柔らかな足音が聞こえてきた。その足音は、一段、一段と確かめるようにゆっくり階段を上がってきて、僕の部屋の前でピタリと足を止めた。そしてその音は、コンコンという音に変わって部屋に小さく響いた。

「は、はい……」

控えめに返事をすると、ゆっくりと木製の扉が開かれた。

「え。どうして……」

完全に思考が止まってしまった。それも当然、扉の前に立っていたのは、あんなにも会いたかった水無瀬飛鳥さんだったからだ。

「あの。入っても良いかな?」

「ど、どど、どうぞ……」

僕は視線を宙に泳がせながら返事をして、水無瀬さんを部屋に招き入れた。

「どうも……」

水無瀬さんは自分から来たにも関わらず、なにかを警戒しながら僕の部屋に足を踏み入れ、ゆっくりと後ろ手で扉を閉めた。そして、ゆったりとした足取りで、テーブルの向かい側に座った。

「ど、どうして家に?」

たどたどしく訊いてみると、水無瀬さんは何も答えず自分のカバンの中をガサゴソと漁りだした。

「どうしたんですか?」

少しして、水無瀬さんはカバンから一冊の本を取り出した。そして、それを開いて黙々と読み始めた。

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