第3話

「弟の友達――。じゃあ、ないよな」

百八十センチという長身に加え、トレーナーの上からでもわかる体格の良さ。その男から眼光鋭く見下ろされ、肩を組んでいた男性の喉仏が上下に動く。口元が引くついている。笑いを作るのに失敗していた。

「い、いや。暇だったら遊ぼうって、なぁ」

 肩を組んでいた方が、隣のスニーカーの男性に同意を求めた。

「あ、そうそう。お相手も来られたようなので、俺らはこの辺で……」

 怜生の肩から重みが消えると同時に、男性たちはその場から立ち去っていった。

 その素早さに、笑いが漏れる。

 クックと笑っていたら、げんこつが頭上に落ちてきた。

「てっ!」

 あまりの痛さに頭を両手で押さえながら、座り込んだ。

「知兄、もうちょっと手加減してよ」

 涙目で仰ぎ見ると、仁王立ちで睨まれ、素直に「ごめん」と謝った。

「お前、自分のことを自分で把握してないのか?」

「うっ」

 把握してるかしてないかを問われれば、もちろん、把握している。

 工事中の所は通らない。マンホールも踏まない。歩道を歩き、道にでない。そして、変質者や怪しい人には気を付ける、などなど。

 何度も両親祖父母から、そして、この兄、知幸からも言われてきたことだ。

 わかっていはいる。わかっているのだけれど――。


 情けないのだ。

 十七歳にもなるのに、なぜ子どものようなことを守らなければならないのか。人に守ってもらいたいわけではない。自分でなんとかしなくちゃならないのに、すればするほど泥沼にはまっていく。それがもどかしく情けない。

 自分自身を鍛えようとした時もあった。

 知幸と一緒に武術を習おうとすると、ケガする割合の方が増えてしまい、遭えなく断念した。悔しかった。辞める度に泣く怜生に、知幸は「逃げも一つの勝ち方だ」と言った。

 泣きながら頷いたけれど、心の奥底では納得できていなかった。それは、今も同じ。逃げるのは、負ける事なのか、勝つことなのか――、まだ、答えは出せていない。


 不満げに見上げていると、仕方ないなという顔をしていた。そして、少しかがみ、怜生の腕を取って立たせた。

「まったく、着いたら電話しろ。なんて言われなくてもして欲しいもんだよ」

 ガシガシと全体的に短い頭を掻いた。

「ごめん、ありがと」

 最後は、尻すぼみだ。謝罪よりもお礼を言う方が恥ずかしい。

 そういえば、まだ待ち合わせ時間まで一時間ぐらいあるのに、どうしてここに居るのだろう。

 怜生は疑問に思い、聞いた。

 知幸は、「ああ」と、携帯を取り出しながら、教えてくれた。

「電話をもらったんだ。怜生に似ている子がいるって、な」

「……? 誰から?」

「雪から」

「ユキ?」

「ああ。今日、会ってもらおうと思って。それもあって呼んだんだ」

「?」

 

 会ってもらいたい人?

 『ユキ』ってまさか彼女?

 そもそも、『ユキ』っていう人は、何で俺ってわかったんだ?

 あっ、写真を見せた?

 写真を見せる仲で、会ってほしいってことは……。

 はっ!もしかして、結婚報告だったり⁈

 今から知兄の家に行くんだよな?

 もう、すでに同棲してるのか?



 想像を巡らせていると、ドキドキしてきた。

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