第四十七話「鋼鉄の城塞、モモテツ」

 頭が“悪い”

 間が“悪い”

 要領が“悪い”

 段取りが“悪い”


 悪とはなにか。


 それは、不出来ふできで不完全なものである。




 …………。




 オリジンピンク、桃城鉄次はヒーローである。

 彼はかつて東京消防庁の消防救助機動部隊に所属する消防士であった。


 いまひとつ要領の悪い男だったが、人命救助にかける熱意はけして他に劣るものではなく。

 むしろ人一倍鍛え、学び、愚直に努力を重ねることで幾度も燃え盛る炎の中から市民の命を救ってきた。



 だが熱意をもって努力した者が必ず望んだ結果を得られるほど、この世界は甘くない。


 魂の炎を激しく燃やす者にこそ、神は試練を与える。




 ちょうど一年前の出来事であった。


 局地的人的災害、いわゆる怪人被害において、副次的な火災は頻繁に起こる。

 首尾よく怪人が倒されたならばまだ良いほうで、時としてまだヒーローと怪人が戦闘中の現場に消防隊が駆り出されることもあった。


「さがれ桃城、火の勢いが強すぎる!」

「しかし中にはまだ要救助者が!」


 燃え盛るマンションの一室には、まだ母親と幼い少女が取り残されていた。


 しかし火の勢いは衰えるどころかますます激しさを増し、古いマンションは一部が崩落しはじめていた。

 消防隊が突入するにはあまりにも危険な状況である。


 火災における人命救助は自分たち消防士の使命だということは、鉄次自身もちろん理解していた。

 だがいくら肉体を鍛え上げようとも、生身の人間が対応できる炎には限度というものがある。


「火勢が弱まり次第突入して要救助者を確保する」

「それでは間に合いません!」

「今行っても間に合わん!」


 消防隊に支給されている防火服では、この猛烈な炎の中で1分ともたないことは目に見えていた。

 目の前で救うべき命が助けを求めているというのに、彼らにはそれを救う手立てがないのだ。


 放水を続けるも為す術がない消防隊の脇を、ヒーローの一団が駆け抜けていく。


「怪人は住宅地を抜けてなおも移動中。煌輝きらめき戦隊ロミオファイブ、現場に急ぐぞ!」

「あ、あのっ……!!」


 鉄次は思わず声をかけていた。


 ヒーローが火災現場で人命救助を行うのは、けして珍しいことではない。

 むしろきわめて耐火性に優れるヒーロースーツをまとった彼らは、火災現場における最後の砦である。


 自分たちでは不可能なことでも彼らならば。

 そう藁にもすがる思いであった。



 だがしかし。



「申し訳ありません! 怪人を倒したらすぐに戻ってきますから!」


 そう言ってヒーローは風のように去っていった。


 ヒーローの使命の第一義は、怪人を倒して被害の拡大を防ぐことだ。

 人命救助を行っている間に更なる被害が生じれば元も子もない。


 この状況でヒーローが別の現場を優先すれば、始末書どころかヒーロー免許の剥奪はくだつもありえる。

 目の前で消えかけているひとつの命よりも、大勢のまだ見ぬ命を救う、それがこの国の正義なのだ。


 たとえ救える力があったとしても、それは大衆の正義のために振るわれるべき力だ。

 ならば今この場で、助けを待つ者のために力を振るえるのは、自分しかいない。


 自分の正義を貫けるのは、自分自身だけなのだ。

 たとえ不出来で不完全だったとしても、自分が救わねばならないのだ。



「おい桃城、なにをしているんだ!」

「自分が行きます! 行かせてください!」

「要救助者が増えるだけだ馬鹿者!!」

「お願いします隊長! 自分は、自分は……!」


 炎の中に無理やり突入しようとする鉄次を、他の隊員たちが引きとどめた。

 火はさらに大きくなり、ついには建物全体を、取り残された命を飲み込まんとする。




 もはやこれまでかと思われた、そのときであった。




「どけっ!」



 鉄次の巨体を押しのけ、ひとりの男が炎の中に飛び込んだ。


 赤いヒーロースーツをまとった背中が黒煙に消えた、その数十秒後。


「うおりゃああああああああああああッッッ!!!」


 男が三階の壁を突き破りながら飛び出した。


 高さにして十メートルほど落下した真っ赤なヒーローは、両足を踏ん張って地面に降り立つ。

 その背中と腕に、ふたりぶんの命を抱えて。


「あ……あっ……あっ……!」

「おいそこのでかいお前、こいつらのことを頼む」


 声をかけられた鉄次は、そこでようやく我にかえった。


「は、はいっ! あのっ、ありが……」

「礼はいいから今見たことは秘密にしておいてくれ。上がうるせえからよ」

『聞こえているよオリジンレッド。現場へ急いでくれ、君も大事な戦力だ』

「やっべ! 無線切り忘れてた!」


 母親と少女を救ったヒーローは無線の声に急かされるように、ドタドタと走り去っていった。


(ヒーロー……。オリジン……レッド……)


 救い出された者たちをストレッチャーに乗せながら、鉄次はかろうじて聞き取れたその名を、心の中で何度も繰り返していた。




 ………………。


 …………。


 ……。




「うおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!!」


 交通規制がしかれ、閑散とした首都高に男の叫び声がこだまする。


 声の主こと桃城鉄次、モモテツは一年前のことを思い出していた。


 これが走馬灯というやつなのだろうか。


 ろうそくは燃え尽きる最後の瞬間にもっとも明るい光を放つというが。

 全身にみなぎる力は、ひょっとするとその光なのかもしれない。


 モモテツはそんなことを頭によぎらせながら、拳を握りしめ、二本の脚で立ち上がった。



「死にぞこないが息を吹き返したであります」

「処理優先順位を変更するでありま……す!?」


 相対あいたいする双星戦隊スパイラルジェミニのふたりは、マスクの下で目を見開いた。


「うおああああッ! アアアアアアアアッッッ!!!!」


 雄たけびを上げながら立ち上がるオリジンピンク。

 だが彼の両腕は、さきほど確かに破壊したはずであった。


 その腕がいま、ヒーロースーツを破らんばかりに肥大化しているのだ。


 腕というよりも、まるで巨木の幹である。

 気合で筋肉をたぎらせたというにはあまりにも大きい。


「ようやく本性を現したでありますな」

「再生したならばもう一度破壊するまでであります」


 スパイラルジェミニのふたりは目にも止まらぬ速さでモモテツの両腕に取りついた。

 そして両腕に腕ひしぎ逆十字固めをきめたまま、お互いの足の裏を合わせる。


「今度は関節を折るだけでは済まさないであります!」

「このまま両腕を胴体から引きちぎってやるであります!」


 スパイラルジェミニは全身のバネとヒーロースーツのパワーをフルに使い、モモテツの両腕を同時に引っ張った。

 まるで戦国時代の“牛裂き刑”のごとく、モモテツの両腕が左右に引き伸ばされる。


「があああああ!! いだだだだだだだ!!!」

「「怪人め! 悶え苦しんでくたばれであります!」」

「が、か、怪……人……? じ、自分は、自分はァ……!!」



 太い腕から、メキメキと生木を裂くような音がしたかと思うと。



「自分はァッッ!! 人間ですッッッ!!!!」



 ズズンッッッ……!!!


 と、まるで地震のような轟音が首都高に響き渡った。


 モモテツを中心に、アスファルトが砕け散り首都高のど真ん中に巨大なクレーターが出来上がる。

 太い腕を力任せに叩きつけるだけの、技とは呼べないようなシロモノであった。


「「がふっ……!」」


 腕ごと地面にめり込んだスパイラルジェミニのふたりは、モモテツが腕を引き抜くとしおれたネギのように“へにゃん”と倒れた。



「はぁ……っ、はぁ……っ。や、やった……! でもなんでしょうこのパワー……? 特訓の成果、ですかね……?」


 当事者だというのに今ひとつ状況を飲み込めないモモテツは、ハッと気づくや否や遠くのほうで倒れている黄色いスーツの仲間に駆け寄った。


「スナオさん! しっかりしてくださいスナオさん! 申し訳ありません、巻き込んで吹っ飛ばしてしまいました! えっと、まずは頭を固定して、頸椎へのダメージは……」

「いたた……モモテツでありますか……?」

「よかった意識が……じゃなくて動かないでください! すぐにギプスで固定を……って、ああっ! 全部車の中に置いてきてしまいました!」

「小官ならば五体無事であります。こっ、このぐらいかすり傷でありますよ」


 スナオはモモテツに肩を借りると、腹をおさえながらよろよろと立ち上がった。

 だが腕をはじめとしてひと回り大きくなったモモテツの姿を見るなり首をかしげる。


「あれっ? モモテツちょっと太ったでありますか?」

「たしかに言われてみれば……。いやいやそんなことより、今すぐこの場を離れましょう! 隊長が仰るには繁華街まで逃げ込めば安全だって……」


 そこまで口にしたところで、モモテツはちらりと後ろを振り返った。

 遠くにはスパイラルジェミニのふたりが倒れている。


 本当に自分の力で、あのふたりを打ち破ったのだろうか。

 せいぜい足止めになればと思っていた手前、にわかには信じがたい。


(この力はいったいどういう仕組みなんでしょうか……?)


 己の中に湧き出た不思議な感覚に戸惑いつつも、正面に視線を戻したところでモモテツは顔をひきつらせた。



「「対象を発見であります」」



 さきほど倒したはずの、まったく同じ顔のふたりが立っているではないか。

 スナオも唖然とした様子で彼女たちを見つめている。


「あれっ!? えっ、さっき……あれェっ!?」


 モモテツはもう一度振り返ってみたが、やっぱりスパイラルジェミニのふたりはしなびたネギのようにへちょんと倒れたままだ。


 じゃあこのふたりはいった誰なのか。

 混乱しているモモテツを尻目に、目の前のふたりが同時に口を開いた。


「「大蟹おおがに戦隊ロウキャンサー。ジェミニより現場を引き継ぐであります」」

「い、五つ子だったんですか……!? まさか……!?」


 モモテツの頭の中で、嫌な予感がところ狭しと大運動会ばりに駆け巡る。

 そして結論から言うとモモテツの予感は見事に的中していた。


天秤てんびん戦隊テンパランスリブラ。同じく現着げんちゃくであります」

猛牛もうぎゅう戦隊マッシブタウラス。おうおう、ジェミニがやられたようでありますなァ!」

毒蠍どくさそり戦隊ポイズンスコルピオ。くくく、ジェミニは我ら黄道大隊の中でも最弱でありますからして」

獅子しし戦隊トワイライトレオ……。……しかり、あやつらもまた面汚し、であります……」


 首都高のフェンスを乗り越えて続々と同じ顔が集まってくる。

 それもひとりやふたりではなく、ダース単位でじゃぶじゃぶと。


「あ、あの、スナオさん? 大家族とおっしゃっていましたが……あと何人ぐらいいらっしゃるのですか?」

「小官も百から先は数えてないであります」


 気づけばふたりは、総勢百人を超える同じ顔に完全包囲されてしまっていた。


「あの、スナオさん。これ詰んでませんか……?」

「いやあ、見事に詰んでるでありますな」

「「「「「「「「「確保であります!!!」」」」」」」」」



 日は西の空に沈もうとしていた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

生涯現役おじレッド 〜新しいブルーがどう見ても同居している姪なんだけど〜 今井三太郎 @IMAIX

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ