第四十六話「スパイラルジェミニの強襲」

 首都高でオリジンフォースを追ってきた、双星戦隊スパイラルジェミニ。

 ふたり組の追跡者が、モモテツとスナオの前に立ちはだかる。


局地的きょくちてき人的災害じんてきさいがい対策法第十三条四項にのっとり」

「不屈戦隊オリジンフォース隊員・桃城鉄次、ならびに同・山吹素直」

「「お前たちを逮捕するであります」」


 モモテツは驚きのあまり目を見開く。


「ふたご……!? いや、みつごなんですか……!?」


 事情を知らぬモモテツが思わず腰を抜かしそうになるのも無理からぬ話だ。

 なぜならば声をハモらせるふたりのヒーローは、仲間であるスナオとまったく同じ顔をしていたのだから。


「な、なぜ……!?」

「モモテツには黙っていたでありますが。実は小官、こう見えて大家族であります」

「そんな、でもどうして……」


 家族や親族という言葉では片づけられないほど、スパイラルジェミニの背格好までまるっきりスナオそのものだ。

 モモテツは身構えながらも、抱いた疑問をそのまま口にする。



「なぜひとりで言えばいいことを、わざわざふたりで言うんですかッ!?」


「「「………………」」」



 果たしていま指摘すべきところはそこであっただろうか。


 なんともいえない沈黙が夕闇に染まる首都高を駆け抜けた。

 モモテツのあまりの間の悪さに、一瞬絶句していたスナオが我に返って口を開く。


「それはつっこんじゃダメなやつでありますよモモテツ」

「しかし……理由がわからないんです! 自分はとても効率が悪いと思います!」

「ヒーローにはああいう“キャラ付け”が必要なのでありますよう」


 新人ヒーローであるモモテツにはいまひとつピンとこない話であった。

 常に人材不足に悩まされているヒーロー本部にとっては、これも重要な広報戦略の一環なのだ。


「そ、そうなんですね。申し訳ございません、自分はキャラというものにあまり詳しくないもので……。しかしあれにはどういった意図があるのでしょうか……?」

「たぶんかっこいいからやってるだけでありますな!」

「え!? じゃあ戦略的には無駄ってことですか!? あ、しかしなるほど言われてみればたしかに! 自分もかっこいいと思います、かっこいいです!」

「「…………」」


 スパイラルジェミニのふたりは黙って顔を見合わせると、苦々しい表情で両手に変身用のガジェット“ゾディアック・サイン”を構えた。


「「サイン承認、変身であります」」


 黄色い光がふたりの身体を包み込み、デザインはおろか色まで同じヒーロースーツが装着される。

 一挙手一投足まで完璧にそろった変身は、まるで同じ映像を鏡写しにふたつ並べて再生しているかのようだ。


「タイミングからポージングまでまったく一緒じゃないですか!」

「いかしてるでありますぅ! きっとめちゃくちゃ練習したんでありましょうなあ」

「はい! 自分もすごいと思います!」


 ヒーローショーで歓声をあげる子供のように、モモテツとスナオはパチパチと手を鳴らす。

 それは純粋無垢な心ゆえの純然たる煽り行為であった。


「「……………………」」

「はっ、いやその、申し訳ございません。他のヒーローの方々と交流する機会があまりないもので、つい」

「避けるでありますモモテツゥ!」

「えっ?」


 スナオが叫ぶのとほぼ同時に、モモテツの両腕にふたりのヒーローが取りつく。


 右にひとり、左にひとり。

 スパイラルジェミニのふたりは息を合わせ、目にも止まらぬ早業でモモテツの肘関節を決めにかかったのだ。


「「対象確保、鎮圧するであります」」

「ひぃーーーッ! いたたたたたた!!!」


 空中腕ひしぎ逆十字固め、それがふたり分である。

 関節を取られたモモテツはなんとか二本の脚で踏みとどまるも、体を“大”の字にひらかれた姿勢でもだえ苦しむ。


「あだだだだだ! 腕がちぎれるぅーーッ!」

「これが鍛錬の賜物たまものであります」

「貴様には謙虚さが足りないであります」


 ヒーロースーツは刃物や銃弾に対しては強い耐衝撃性を誇る無敵の鎧だが、ただひとつ弱点が存在する。

 それは中身が人間であるという点だ。


 たとえスーツをまとったヒーローとて、関節が逆方向に曲がったりはしない。



「モモテツをはなすでありまァす!」



 囚われたモモテツを救うべく、スナオが渾身のドロップキックを放つ。


 だがしかし、ふたりの刺客はそれを見計らったかのように重心を移動させた。

 ふたりがかりで両腕を取ったまま、モモテツの体勢を崩しにかかる。


「うわっ、うわわわ!」


 いくらモモテツが巨漢とはいえ、こうなっては姿勢を保つことは不可能だ。


 そこへ。



 メシャコッ……!


 モモテツのピンクのマスクに、スナオの全力キックが直撃した。


「へぶうッ!」

「はわっ! ごめんでありますモモテツゥ!」


 ドロップキックの衝撃でモモテツの身体が大きくると、スパイラルジェミニのふたりは同時にするりと手を放した。

 そして味方の顔に蹴りを入れてひるんだスナオを、前後から挟み込むように囲む。


「「殲滅であります」」


 1秒のずれもなく放たれたミドルキックが、スナオの身体の前後から同時に襲い掛かった。


「ふぎゃアでありますーーッ!!」


 同威力で放たれた腹と背中への同時攻撃により、スナオの背骨と内臓に逃げ場を失った衝撃がほとばしる。

 ヒーロースーツの特性を熟知した上での、的確に“中身”を狙った攻撃であった。


「ぐぁぁぁぁ……」

「うぐぅぅぅぅ……」


 わずか数秒でアスファルトに転がされたモモテツとスナオは、腕とおなかを抱えて悶絶する。


 ふたりはけしてスパイラルジェミニをあなどっていたわけではない。

 しかし単純な話、対人戦の経験値に差がありすぎるのだ。


「「我ら双星戦隊スパイラルジェミニは、人型怪人狩りマンハント専門の特殊部隊であります。新米のペーペーごときが舐めてもらっては困るであります」」


 格が違うとはまさにこのことである。


 彼女たちの速さ、技術、連携力。

 どれをとってもオリジンフォースの新人ふたりとは桁違いであった。


(ちゃんと訓練もしたのに……体も毎日鍛えているのに……、こんなにも差があるなんて……。でも、隊長のためにも……イッチさんのためにもここで倒れるわけには……!)


 立ち上がろうとしたモモテツは、そのままバランスを崩して再びアスファルトにマスクをぶつける。


 体を支えようと両腕に力をこめるたびに、激痛が走るのだ。

 あろうことか、たった一度の戦闘でモモテツの両肘関節は完全に破壊されていた。


「「抵抗は無意味であります」」


 そう言うとスパイラルジェミニは“怪人拘束用”の手錠を取り出し、ゆっくりとモモテツに歩み寄る。

 “黒幕”がどういった指示を飛ばしたのかは不明だが、彼女たちの中でオリジンフォースはもう怪人と同義なのだ。


 破壊してでも拘束する、かなわないのであれば殲滅やむなし。

 それが怪人に対抗する唯一の力、ヒーローが掲げる使命であり責任だ。


 しかし狩られる側に立たされることが、これほどまでに恐ろしいとは。



 刺客は容赦なくモモテツの壊れた腕を掴んでひねり上げる。

 両腕を強引に後ろ手に回されると、モモテツの肘関節に再び激痛が走った。


「がああああああああッ!!」

「「おとなしく捕まっていれば痛い思いをせずに済んだであります」」


 ついに手錠がかけられようとしたそのとき。

 スパイラルジェミニの片割れが、ぐらりとバランスを崩す。


「むっ?」

「はぁーっ、はぁーっ……やらせないでありますよぅ……」


 片割れの足に、スナオがまるで体を引きずるような格好でしがみついていた。


 スナオが受けたダメージは、モモテツよりもさらに深刻であるはずだ。

 なにせ頑丈なモモテツさえも打ち倒した容赦ない攻撃を、胴体きゅうしょに食らっているのだから。


 だがそれでもなお追いすがる手を振り払うと、スパイラルジェミニの片割れはスナオの黄色いマスクを割らんばかりの勢いで蹴り飛ばした。


「ふぎゃーーっ!」

「手加減をしてやったらこれであります。やはり初撃で胴体を真っ二つにすべきでありましたな」

「ならばお望み通り、この無能から始末してやるであります」


 もはや痛みで抵抗できないモモテツを尻目に、スパイラルジェミニのふたりは顔を蹴り飛ばされて昏倒するスナオに向き直る。


「あああ……す、スナオさん……!」


 モモテツは突っ伏したまま目に涙を浮かべる。


 すでに気を失ったのか、スナオはぐったりとしていた。

 この上攻撃を受けようものならば本当に命を落としかねない。


 だがそれでも、スパイラルジェミニのふたりはやるつもりだ。


「我ら山吹一門は江戸開闢かいびゃくより続く怪人ばらいの名家。出来損ないにヒーローを名乗る資格はないのであります」

「山吹の者として、怪人覚醒の汚辱にまみれるぐらいならば潔く腹を切るべきでありましたな」


 怪人覚醒とはいったいなんのことか、モモテツには彼女たちの言葉の意味はよくわからなかった。

 しかしスパイラルジェミニがスナオを“怪人として始末”しようとしていることは理解できた。


 それだけはなんとしても止めねばならないと、モモテツは両腕に力を込める。

 しかし痛めつけられたモモテツの身体は、起き上がれという脳からの命令を受け付けない。


「ジェミニツー、今度は手加減無用であります」

「了解であります、ジェミニワン」


 動けずにいるスナオの顔を挟むように、ふたりの刺客が並び立つ。

 同時キックを放つつもりだ、今度は頭に。


 その先に待つのは間違いなく、死である。



「うぅ……うぁぁ……!」



 目の前で仲間の命が奪われようというのに、なぜ自分は動けないのか。

 力がないからか、不出来だからか、不完全だからなのか。


 自分自身の無力さに対する耐え難い絶望感が、モモテツの心と全身を満たし尽くす。




 ――ピキッ――。




「…………う……えっ?」



 そのときモモテツは自身の肉体が、絶望とは別の不思議な力で満たされていることに気づいた。




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