第四十三話「導き、奪い去るもの」

 トイレから戻ってきた太陽たちを待っていたのは、いつきではなかった。



「お待ちしておりました火野隊長。それと桃城隊員」



 抑揚のない、まるで氷のように冷たい声の女だった。

 ビシッときめたブラックスーツの上腕には、本部付事務官を示す腕章がかかっている。


 太陽とて長く本部直属チームを率いた身だ。

 その女の顔には見覚えがあった。


 たしか守國長官の秘書だかをやっている女だ。

 彼女はご丁寧に部下であろう屈強な男たちを数名従えていた。


「やあ、えっと。誰さんでしたっけ」

「ヒーロー本部長官麾下きか、筆頭補佐官の鮫島さめじまと申します」


 女は眼鏡をくいとあげながらそう言うと、片手でヒーロー手帳を開いてみせた。


 鮫島朝霞あさか、たしかにそんな名前だったような気がする。

 だが問題はそこではない。


 大事なのなぜこの鮫島がここにいて、いつきがいないのかということだ。



「なるほどサメジマさんね。それで、俺たちを待ってたってのは?」

「不屈戦隊オリジンフォースの隊員五名について、本部で一時的に身柄を預からせていただきます。蒼馬隊員には既に承諾をいただきました。おふたりもご同行願います」

「だそうです隊長。どうしましょう、スナオさんとユッキーさんも呼んできましょうか?」

「いや待てモモテツ」


 いつもの太陽ならば、警戒することもなく指示に従っただろう。


 だが今日は違う。


 オリジンフォースの隊員たちがヒーロー本部によって人為的に集められた、怪人覚醒しやすい者たち。

 いわば守國長官にとっての生きた時限爆弾だということを、太陽はすでに知ってしまっている。


 阿佐ヶ谷でその事実を聞かされて以来、太陽はヒーロー本部の人間との接触を極力避けるように心掛けていた。


 “裏切り者”は必ず、なんらかの接触をはかってくるだろうという読みからであった。

 守國長官の補佐官だと名乗ったこの鮫島が、ヒーロー本部内の“裏切り者”と繋がっていないとも限らない。


「あいよわかった。ちなみになんだけど鮫島さんさあ」


 だから太陽は、カマをかけてみることにした。


「それって守國さんからの命令?」

「……………………」


 ほんの数拍すうはくの沈黙のあと、鮫島はわずかに視線をそらして言った。



「はい、そうです」



 嘘だ。


 確信に至ったわけではないが、太陽は直感的にそう思った。

 この鮫島という女は自分の判断か、あるいはもっと別の誰か・・・・の指示で動いていると。


 オリジンフォースを巡る策謀の渦中にあって、きっとここは重要な分岐点だ。

 身柄を預けるということは、万が一黒幕の手に落ちた際、一切の抵抗を封じられるということだ。


「公園の外に車を待たせてあります。さあどうぞこちらへ」


 いまならまだ、選択の余地はある。

 果たして、この女を信頼してもいいものか。


「なあ鮫島さん。いつきは先にその車とやらで待ってるのかい」

「はい、もちろん。同行にはご納得いただきましたので」

「じゃあなんでここ・・で待ってねえんだよ。案内すんの二度手間だろ」

「……………………」


 信を置けるかどうかはさておき、鮫島がオリジンフォース五人・・の身柄を押さえようとしていることは間違いない。

 ならばいつきと一緒に世間話でもしながら、太陽が帰ってくるのを待っていれば済む話だ。


 だがいつきは、先に連れていかれた。

 いつきというシンボルマークがなければ、のこのこと太陽がこの場に戻ってくるかどうかもわからないのに。


「鮫島さんよ。いつきは本当に、なんの抵抗もせずあんたの指示に従ったのかい」

「…………はい」


 そのとき近場の草むらが大きく揺れた。



「嘘でありますぅーーーーーッッッ!!!!!」



 公園内の空気を一変させるような、大きな声が響き渡る。

 同時に草むらから、縄でぐるぐる巻きにされ、芋虫のようになったスナオが飛び出した。


「あっ、こら待て!!」


 草むらから鮫島が従えている男たちと同じ、黒服の男がスナオを追って転がり出る。



「隊長殿、その人は嘘つきであります! イッチは無理やり連れていかれたであります! ふんぬっ!」

「ぐえええええ!!」



 スナオは芋虫状態のまま、器用に飛び跳ねて黒服にドロップキックをきめた。


 鮫島一行がその様子に目を奪われ、一瞬生まれた空白を太陽は見逃さない。



「レッド煙幕!!」



 すぐさま向き直った鮫島の目の前で、赤い爆発が起こった。

 真っ赤な煙が一瞬で辺り一面に展開する。


「モモテツ、走るぞ!」

「了解しました! えっと、どちらへ!?」

「ついてこい、離れるなよ!」


 太陽はすぐさまぐるぐる巻きにされたスナオに駆け寄ると、その身体を肩に担ぎ上げる。

 そして鮫島たちが煙幕にまかれている隙をついて、広い公園を駆け抜けた。


「申し訳ないであります隊長殿! すぐさま追ったのでありますが、イッチを見失ってしまったであります!」

「いつきがさらわれた方角はわかるか? それにユッキーは? 一緒じゃないのか?」

「それが小官も捕まっていたのでさっぱりであります!」

「……イッチなら、東のほうに連れていかれた……たぶん、野球場があるほう……」


 かたわらを走るモモテツの陰から、小さな銀髪がひょっこりと頭を出す。

 脚をもつれさせながら走るユッキーを、驚いたモモテツが太い腕で抱え上げた。


「ユッキー、無事だったか!」

「……ずっと隠れてた……怖かった……」


 ユッキーは半分泣きそうになりながら、いつも以上に小さな声で呟く。


 太陽は確信する。

 やはりあの鮫島とかいう女は、とんだ食わせものであったと。



 石神井公園の東、野球場付近まで走ったところで、太陽たちの耳に風を切り裂く轟音が聞こえてきた。


 見ると野球場の真ん中で、赤と青の原色で彩られたヘリコプターが上昇を開始したところであった。



垂直すいちょく離着陸りちゃくりく戦隊アパッチファイブ、シックス・ツー。現場げんじょうを離脱します』



 ヘリの中から、地上にいる太陽たちに向かって窓を叩く者がいる。


 その顔を太陽が見間違えるはずもない。

 かけがえのない仲間にして、命よりも大事な姪、いつきであった。



「いつきィ!!」

「待つでありますイッチ!!」

「あわわわ、イッチさんが……!」

「……イッチ……!」



 仲間たちの叫びもむなしく、ヘリは青い空の彼方へと飛び去っていった。


 太陽たちはただ、呆然とそれを見送ることしかできなかった。




「大変であります隊長殿! イッチが連れていかれちゃったであります!」

「あわわわわ、まさか本当に誘拐されてしまうだなんて。た、隊長、どうしましょう」

「……たいちょ、やばい……うしろから、さっきのやつらがきてる……」



 迷っている暇も、嘆いている暇も、憤っている暇もない。



 太陽は赤いマスクをはずすと、仲間たちに向き直る。



 汗で少し濡れた、伸ばしっぱなしのひげ。

 正義として重ね続けた、年相応に深く刻まれたしわ。


 そして、どこまでもまっすぐな、覚悟を決めた男の目。



 はじめて目にした隊長の素顔に、三人の隊員は同時に息をのんで言葉を待つ。



 彼らの顔をはじめて生で目にした太陽は、ひとりひとりの目を見ながら言った。




「お前たち、傷を負う覚悟はあるか」




 短い言葉だったが、それは今までにない、強大な敵に立ち向かうことを意味していた。



「どんな危険が待っているかわからない以上、無理して俺と一緒に来る必要はない。降りたいなら降りてくれ」

「「「………………………………」」」

「だがもし共に来てくれるなら、俺は必ずお前たちを守る。約束する」




 仲間たちはお互いの顔を見合わせると、力強くうなづいた。





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