第四十四話「鋼のような協力者」

 東京千代田区神田神保町。

 ヒーロー本部庁舎の最上階に位置する長官室。


 戦士たちを統べるこの部屋の主・守國一鉄は、部下からの報告に最近めっきり遠くなった耳を傾けていた。


「思わぬ抵抗に遭い、残りの四名は取り逃がしました。報告は以上となります」

「……そうか、ご苦労だったな朝霞」

「お気遣い、痛み入ります」


 守國直属の部下、鮫島朝霞は微動だにすることなく目を伏せた。

 鮫島のかたわらには、青みがかった髪の少女が、肩をびくびくさせながら座っている。


 対面のソファに守國が腰をかけると、少女のポニーテールが生き物のようにびよんと跳ねた。


「そう怯えるな。なにも取って食ったりはしない」

「あっ、はい、きょきょきょ、恐縮でしゅ」


 いきなりヒーロー本部のトップの前に連れてこられたいつきは、完全に委縮していた。

 そんなすくみきったいつきの様子を見て、守國がふたたび鮫島に問いかける。


「おい朝霞、本当にこいつを連れてくる必要があったのか?」

「早急な保護・・が必要だと判断しました。それともうひとり、栗山という男を捕えてあります」

「栗山というと、ビクトレンジャーの緑のあれか」

「はい、緑のあれです」


 ビクトレンジャーは押しも押されぬヒーロー本部の現エースチーム。

 いわば守國、ひいてはヒーロー全体にとって最終兵器とも呼べる存在だ。


 それが今回の一件に関わっているとなれば、穏やかではない。

 守國は還暦を超えたとは思えない鋭い目を鮫島に向けた。


「そいつも保護したのか」

「いえ、情報分析室に忍び込んでオリジンフォース関連の資料を漁っていたところを確保しました。おそらく“裏切り者”の手先かと思われますので独房に監禁しています」

「ふむ。まあお前の手にかかれば、口を割るのも時間の問題だろう」

「それよりも彼が処分しようとしていた・・・・・・・・・・資料のほうが、オリジンフォースにとっては急を要するかと存じます」


 鮫島はそう言うと、守國の前に資料の束を差し出す。

 守國はいつきに見せないよう資料に目を通すと、眉間に深いしわを作った。



 そこに書かれていたのはオリジンフォースの人選と、彼らが怪人として覚醒する危険性をはらんでいるというデータであった。

 ヒーロー本部上層部の何者かによる恣意的な力が働いたという、動かぬ証拠である。


 同時にそれはオリジンフォースに迫る危機を、明確に示すものでもあった。



「なるほど、保護・・が必要なわけだ」



 守國は手元の資料と、緊張で真っ青になったいつきの顔を見比べる。



「蒼馬……そうか、あいつの娘か。すまんな嬢ちゃん。俺がもっとはやくに気づいてやるべきだった」



 いつきには守國の言葉の意味はわからなかった。

 ただ目を合わせたくない一心で、長官室の壁のしみを数えることに必死であった。




 ………………。



 …………。



 ……。




 いっぽうそのころ。

 太陽たちオリジンフォースの面々は逃避行を続けていた。


 急いで借りたレンタカーの助手席で、モモテツが大きな体を縮こまらせながらおそるおそる太陽に問いかける。


「あの、隊長。これからどうするんですか? その、一度支部に戻ったほうがいいような……」


 ハンドルを握る太陽は道の先を見つめながらこたえる。


「さっき本子ちゃんに連絡したら絶対に戻ってくるなって言われたよ。相手はヒーロー本部の人間だ。おそらく“裏切り者”の手が回ったとみるべきだろう」


 それもあるが、本子には支部を守ってもらわなければならない。

 地下に軟禁している怪人、シャリオンのこともある。


 彼女から情報を引き出せればベストなのだが、そこは本子に任せる他ない。


「じゃあ、この車はいったいどこに向かっているんでしょうか……? なんか本部とは逆の方角に向かっているような……」

「相模原だ、そこに現役ヒーローの教練施設がある」

「教練施設……ですか?」

「さっきも言ったが、俺たちはヒーロー本部内に潜む“裏切り者”に追われる身だ。いまは誰が味方で誰が敵かわからない」


 太陽はアクセルを踏む足に力を込めた。

 それに合わせて、車はぐんと加速する。


「だがいつきを救い出すためにはひとりでも多くの戦力が必要だ。だから確実に味方をしてくれる人に会いに行く」

「その人のことは信じてもいいんですか?」


 モモテツは、すでにマスクを脱いだ太陽の横顔を不安そうに見つめていた。


 太陽はそんなモモテツを安心させるため、口元に軽く笑みを浮かべる。


「ああ、間違いなく信頼できる。不正、汚職、賄賂。とにかく曲がったことはなにがなんでも許さない、鋼みたいな人だよ。俺の憧れのヒーロー・・・・・・・だ」



 車はほどなくして、相模原の山間部を抜ける県道に入った。


 どの道をどう曲がったのか、もはや太陽以外にはわからなくなったころ。

 その施設は唐突に彼らの目の前に現れた。


 山中に不釣り合いな鉄筋の建物群は、まるでちょっとした山岳要塞だ。

 ただあまり使われていないのか、それともただ古いだけなのか、全体的にすすけていた。


 “相模原さがみはら局地的きょくちてき人的災害じんてきさいがい特務事例とくむじれい対策実地たいさくじっち教練きょうれんセンターせんたあ


「なんだか早口言葉みたいであります。ちょっとユッキー読んでみてほしいであります」

「……しゃがみはら……」


 スナオとユッキーが入口の前でそんなやりとりをしていると、施設の扉が開かれた。



「太陽くん? 太陽くんじゃないか。久しぶりだね。どうしたんだいこんなところに」

「ご無沙汰してます、剛さん」



 中から出てきたのは、もじゃもじゃの前髪が印象的な中年男であった。

 剛さんなどといかつい名前で呼ばれた割に、物腰もずいぶんと穏やかで、正直なところ戦力になるかどうか怪しく思える。


「いやあ本当によく来てくれたよ、ここほんと誰も来ないから寂しくってさ。そっちはお連れさんかい? みんなゆっくりしていってねぇ」

「それが剛さん。ちょっとのんびりしてられねえんですよ」


 剛さんは四人の顔を見比べると、顔に柔和な笑みを貼り付けたまま、もじゃもじゃの前髪をがしがしとかいた。


「あー、はは。ちょっと中で話そっか」




 …………。




 四人が通されたのはやたらと広い食堂であった。


 全盛期にはここで何十人というヒーローたちが一斉に食事を摂ったのであろう。

 だがいまはひどく閑散としており、ちょっと肌寒さを感じるぐらいだ。


 ぽつんとひとつだけ置かれた灰皿には、ものすごい量の吸殻で山が築かれていた。


「安い紅茶でごめんねぇ。スーパーで安く売ってるやつなんだけどさ、意外と美味しいんだこれが。僕最近これにはまっちゃっててさ」

「ありがとうございます」


 剛さんの淹れたミルクティーを一口飲むと、太陽は身体中の緊張がすっとほぐれるような感じがした。

 どうやら自分が思っている以上に気を張っていたらしい。


「怖い顔してると子供たちまで怖がっちゃうからねぇ。僕教えたよね。ヒーローたるもの、いついかなるときもリラックスが大事だよって」

「すいません剛さん。それで本題なんですが……」


 仲間たちが見守る中、太陽は剛さんにこれまでの経緯を話した。


 オリジンフォースを利用しようという動きがヒーロー本部内にあること。

 そして裏で糸を引く何者かに仲間をさらわれ、自分たちもまた追われる身であるということを。


 ただ当事者たちの目があるということもあり、怪人覚醒の部分については多少言葉を濁した。



 しばらく黙って聞いていた剛さんであったが。

 太陽がひと通り話し終えると、柔和な笑みを浮かべたままゆっくりと口を開いた。


「うんうん、それは大変だったねぇ。じゃあかかってくるやつは、全員けちょんけちょんにしちゃうってことでいいのかな?」


 剛さんは柔らかい口調とは裏腹に、なかなか剛毅なことを言い放った。

 まるで晴れた日に河原で釣りでもするかのように言うものだから、太陽以外の三人は少し面を食らう。


 その中で最初に声をあげたのはスナオであった。


「失礼でありますが、剛さんはほんとうに戦えるんでありますか? 小官のおばあちゃんのほうがまだ強そうであります!」

「おいスナオ!」


 頼む側の立場で本当に失礼なのだが、剛さんはにこにこと笑いながらスナオを咎めようとする太陽を制止した。


「うーん、そうだねぇ。じゃあきみでいいや。ちょっと僕のことを本気で殴ってみてくれるかい?」

「じ、自分がですか!? そんな、無理ですよ人を殴るなんて」


 指名されたモモテツはおっかなびっくり太陽に救いを求めるが、太陽は黙ってうなずくだけだ。

 その目は『いいからやれ。全力でな』と言っているようだ。


 たしかに剛さんの体つきはかなりがっしりしているように見える。

 太陽と比べてもそれほど遜色はない。


 だがひと回り大きなモモテツの拳を受けたらひとたまりもないのではなかろうか。


「どどど、どうなっても知りませんからねほんとに!」


 みんなから期待の視線を注がれたモモテツは、崖から飛び降りるような気持ちで腕を大きく振りかぶった。

 はち切れんばかりの筋肉が大木のように隆起し、大砲じみた拳が中年どころか壮年に片足を突っ込んでいそうな剛さんに迫る。


 そしてあろうことか、うなるパンチは剛さんの顔面を正確にとらえた。



 だが。



「あはは、軽いねぇ。本気で殴れって僕言ったよね」

「~~~~~~~~ッッッ!!!!???」



 ビクともしない、とはまさにこのことだ。


 いや、直撃はしていない。

 そのことに気づいたのは太陽と、パンチを放ったモモテツ本人だけであった。


 モモテツの拳はインパクトの直前で、わずかに逸らされていた。

 その剛腕にそわされた、中年男性のてのひらによって。


「こういうこともできちゃうわけ」


 剛さんが腕に少しばかり力を加えると、目を見開くモモテツの巨体が空中で一回転した。


「ひやあああああああああっ!」

「あはは、かわいい声だすねきみ」


 ぐるりと回ったモモテツは、どしんと足の裏から床に着地し、また直立の姿勢に戻った。


 いや、戻された・・・・



 それを見ていたスナオやユッキー、技をかけられたモモテツにすら原理は理解できないが。

 これまでの一連の動きだけをみれば、合気道、なのだろうか。



 趨勢を黙って見守っていた太陽が口を開く。



「言い忘れていたが、この人は緋垣ひがき剛四郎ごうしろう。常勝戦隊ムテキレンジャーの元隊長。“無敗のエース”ムテキレッドにして、俺の師匠だ」




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