第三十二話「狂った愛の終着点」

「“烈風れっぷう尖刃せんじん”オリジンブルー。行動を……開始します!」


 吹き抜ける風を彷彿とさせる、ブルーのマスクとスーツ。

 右手にオリジンブレイド、左手にオリジンシューターを構える独特な戦闘スタイル。


 青き戦士オリジンブルー・蒼馬そうまいつきは、狂愛怪人メギドーラと対峙する。



 相手はこれまでの怪人たちとは一線を画す怪物、体長十メートル超の巨大な黒龍だ。

 それも生半可な攻撃はことごとく弾き返すほどの高い防御力と、巨体から繰り出される必殺級の攻撃力を有している。


 本来であれば準エース級のヒーローが複数人投入されるべき状況であったが、いつきの目は勝利の自信に満ち溢れていた。


 なぜなら彼女の隣にはいま、オリジンレッドがいる。



「いつき、体は大丈夫か? どこか傷めたりとか……?」

「問題ありません。それに、この感じ……」



 憧れの戦士と並び立つ、ただそれだけで背中に翼が生えたように感じる。

 熱い身体の奥底から、戦う勇気が湧いてくる。


 微塵みじんも、負ける気がしない。



「いまの私は最強に絶好調です!」



 教会の床板を踏み割り、青い身体がふっと消えたかと思うと。



「オリジンシューター、連射モード!」



 一瞬のうちに天井まで達したいつきの左手から、無数の光線がメギドーラに向かって降り注いだ。



「ああ、まるで愛の流星群のよう……なんて美しい……」



 メギドーラは光線のことごとくを黒いウロコで弾くと、長い尾を天井に向かって槍のように突き出す。

 だがそこにはもう、オリジンブルーの影すら残ってはいない。


 天井を蹴った・・・いつきはピンボールのように身体を跳ね飛ばすと、今度はステンドグラスにひびを入れながら壁を駆ける。



「いつき、俺も援護射撃をする。弾をばらまいてやつの足を止めろ!」

「了解しました。散弾モード!」

「あら? あらららら……? 愛が回っていますわ……?」



 赤と青、ふたりの戦士は広い教会の中を、床を壁を天井をまるで旋風つむじかぜの如く縦横無尽に駆け回る。

 上下左右あらゆる方向から放たれる光線が、巨体ゆえに動きが緩慢なメギドーラを翻弄する。



「ああ、良い、とても良いです。なんて情熱的なのでしょう。情熱的な愛を全身に感じますわ」

「最初から思っていましたが、やっぱりあなたはド変態です!!」

「愛と憎しみは表裏一体とは申せども、ド変態はよろしくありませんわ。汚い言葉はノット愛です」

「アイアイアイアイうるさいなあ、もう!」



 オリジンシューターのエネルギー残量が、互いに残り20パーセントを切った。

 だがふたりがかりでどれほど撃ち込もうとも、彼らの攻撃は黒いウロコに阻まれ有効打ゆうこうだたりえない。


 むしろ太陽が持つ旧式オリジンシューターに至っては元の精度の悪さもあるが。

 なにより太陽自身が受けたダメージの影響か、先ほどから狙いすら定まっていない始末であった。


「ちっ……まだ視界がぼやけていやがる……!」

「やはりレッドパンチでしかこの身は砕けないのではありませんか? ウロコ人命のことならばお気になさらず。必要な犠牲コラテラルダメージというものですよ。ふふ、愛に犠牲はつきものです」

「俺の拳は守るべき人々に向けるものじゃあねえ。てめえの狙い通りになんか、させてたまるかってんだ!」


 狙うべきはただ一点、メギドーラの額にウロコ一枚分あいたわずかな隙間である。

 しかしメギドーラもそれを十分に理解しているのか、頭を振って狙いをつけさせないのだ。


 しかし攻めあぐねているうちにも残弾数は容赦なく減り続けている。

 オリジンフォースのふたりにとって、この戦いが長引けば長引くほど不利になることはもはや言うまでもない。


 いつきとて今はまだ巨木のようなメギドーラの一撃をひらりとかわせているが、それだっていつまでも続けられるものではない。


「ふふ、やはりあなたたちに目をつけたのは正解でした。わたくしが知らない愛を、こんなにもたくさん……。もっと、もっと続けましょう。さあ!」

「はぁ、はぁ……お生憎あいにくさまですが、私とオリジンレッドさんの愛の間にあなたが入り込む余地なんて、これっぽっちもないんです!」

「では残念ですが、片割れさんにはそろそろご退場願いましょうか」

「はっ、しまっ……!」


 飛び回っていたいつきが天井を蹴った、そのわずかな隙を狙いすましたかのように。

 メギドーラは体を伸ばし、いつきに向かって突進した。


 大蛇のような巨体は一本の巨大な剛槍ごうそうとなり、空中で姿勢の制御もままならないいつきに襲いかかる。


 頑丈な太陽ですら、芯をずらしてなお失神するほどの一撃だ。

 いつきが直撃を受けようものならば、どうなるかは想像に難くない。



 まさに文字通り、絶体絶命かと思われたその瞬間であった。



「いまだ、いつき! 撃て!」

「はいっ!! 精密狙撃モード!!」



 新旧二丁のオリジンシューター、その最後の一発が同時に火を噴いた。



「ふふ、そんなことだろうと思いましたよ」


 だがメギドーラは読めていたとばかりに、突進の体勢から弱点をかばうよう、わずかに身をよじる。



 しかし。


 ふたつの銃口が狙った先は、メギドーラではなかった・・・・・・



 ズズン!



 赤と青、ふた筋の光線は教会の柱・・・・へと、まったくの同時に着弾した。



 高い天井を支えていたのは、太い大理石の柱である。

 いくらオリジンシューターが高威力とはいえ、撃ち込んだところでびくともしないだろう。



 一発や二発であったならば。



「なっ……!?」



 驚いたのはメギドーラだ。


 何発、何十発もの光線を撃ち込まれた柱は、とどめの一撃により臨界点を突破する。


 太陽のオリジンシューターの狙いは、ぶれてなどいなかったのだ。

 狙いを外すふりをして、柱にダメージを蓄積ちくせきさせていたのだ。



 オリジンフォースのふたりは、最初からこれ・・を狙っていた。


 そう気づいたときには、もう遅い。



 教会の高い天井を支える太い柱は、ふたりの放った光線の着弾により、粉々に砕け散った。

 支えを失った重い天井が、メギドーラの巨体の上に瓦礫となって降り注ぐ。



「ああああああああッ!!」



 悲鳴とともにし潰される、体長十メートルの黒き龍。

 たとえ強靭な肉体を有していようが、面となっておおかぶさる質量攻撃にはそう簡単にあらがえるものではない。


 長く伸びた身体は八割がた瓦礫に埋もれ、メギドーラの頭は大地に縛りつけられた。



「うっ、ぐぐぐ……お、重い、ですう……」

「だから言ったろ。お前さんにはレッドパンチをくれてやるまでもねえ。チェックメイトだ、覚悟しろ」


 身動きひとつ取れなくなったメギドーラを、赤と青のマスクが見下ろす。


 太陽はいつきから、高出力レーザーソード『オリジンブレイド』を受け取ると、逆手に構えて振りかぶった。


 その切っ先が狙うのは当然、メギドーラの額にあるウロコの隙間。

 無防備にさらけだされた、黒龍のたったひとつの弱点である。



「あ、ああ……どうか。どうかご慈悲を……真の愛レッドパンチを……わたくしに……」

わりいなシャリオン。お断りだ」



 振り下ろされたオリジンブレイドが、メギドーラの額に深々と突き刺さる。



「ぎいやああああああああああああああッッッ!!!!!」



 断末魔の叫びとともに、メギドーラの身体が光を放ち四散する。

 同時にメギドーラを覆っていた瓦礫の山がはじけ飛び、彼女の身体から解放された黒いウロコたちがバラバラと雹のように散らばった。



「はうあっ! 小官はいまのいままでなにを……!?」

「うぅ……た、隊長? ここはいったい……?」

「……………………けほっ……」



 ウロコにされていた者たちも、メギドーラの呪縛から解き放たれ次々と元の姿を取り戻していく。


 廃墟と化した教会の外では、まるで戦いの終わりを見計らったかのようにバックアップチームの車両のサイレンが響いていた。



 いつも以上にズタボロのオリジンレッドに、変身を解除したいつきが駆け寄る。



「あ、あの、オリジンレッドさん……」

「おう。頑張ったないつき」

「あああ、あい、あいあい、愛してるっていうのはそのあれがあれしてあのあのあの」

「お、おう! 怪我はしてねえな! いやほんと、一時はどうなることかと思ったけど元気そうでなによりだ! あはッ、あはははは……」



 グローブに包まれた太陽の大きな手が、バツの悪さを誤魔化すようにいつきの青い髪をなでる。


 いつきの無事を確認すると、太陽はインカムに向かってお決まりの台詞をつぶやいた。



「オリジンフォース、行動を終了する。お疲れさん!」





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