第三十三話「生きていた女」
すっかり日も落ちた巣鴨の歓楽街。
バックアップチームに連れられ、倒壊した教会からぞろぞろと信者たちが連れ出されていく。
「国家権力の犬どもめ! デスモス・アガッピ・アグリオパッパ様の名において神罰が下されるであろう!」
「シャリオン様バンザーイ! 光臨正法友人会バンザーイ!」
「ガンジャンホーラム! ガンジャンホーラム!」
「あーはいはい。もっと奥に詰めて乗ってねー、カボチャの馬車のドアが閉まらないからねー」
護送車に詰め込まれた彼らが向かう先は、病院ではなく留置場だ。
怪人に対し積極的に手を貸した彼らはこれから、
とはいえ彼らを扇動した狂愛怪人メギドーラ……
廃墟と化した教会前では、赤いマスクを被ったヒーローが瓦礫の山を見上げていた。
「また始末書だなこりゃ……」
ヒーローの名は、オリジンレッド・火野太陽。
不屈戦隊オリジンフォースの隊長である。
ちなみに他の四人のメンバーは怪人の能力による影響を検査するため、医療チームによってに運ばれていった。
いま太陽は、バックアップチームと共同で
怪人であるシャリオンを
アトガサとは、そういった施設を
「お疲れさまです、火野先輩」
「おん?」
不意に声をかけられ、太陽は振り向く。
ペンライトを片手に立っていたのは、後輩ヒーローの栗山であった。
栗山は相変わらず泥沼のような腐った目をしているが、これでも東京本部直属のエリートヒーローである。
彼が所属する勝利戦隊ビクトレンジャーは、今期に入ってすでにみっつもの組織を壊滅せしめてた、まさに“
「おう栗山。なんだよ、お前らビクトレンジャーはバックアップチームじゃねえだろ」
「たまたま近くにいたんで、俺も
「はー、お仕事熱心なことでまあ」
「ひとつでも多く怪人組織をブッ潰せるなら、それに越したことはないですから」
そう言うと栗山は指先で眼鏡をクイとあげる。
口ではたまたまと言ってはいるが、おそらくアトガサと聞いてすっ飛んできたのだろう。
ほんの少しの手がかりさえつかめば、蛇のような執着心でもって徹底的に怪人たちを追い詰める。
たとえそれが他人の手柄であってもお構いなしに、ただ目の前の狩れる怪人を狩り尽くす公僕の権化。
ついたあだ名が『緑の猟犬』。
栗山とはそういう男だ。
「それで、
「爆発しちまったよ。本体はたぶん、瓦礫の下だろう」
「そりゃあ時間がかかりそうだ。先に本部施設のほうから当たりますかね」
「これだけ広けりゃ朝までかかるかもな」
外でふたりがそんな会話を繰り広げていた、ちょうどそのころ。
教会の中では若手のヒーローたちが瓦礫の撤去作業に追われていた。
そのうちのひとりが、瓦礫の下から“あるもの”を発見する。
「ん? なあ、これなんだと思う?」
「床下収納……いや、隠し扉でござるかな? 開けてみるでござるよ」
「うんヌッ! 重いな、おいちょっと手伝ってくれ。せーのッ!」
ヒーローたちが地下へと続く隠し扉を無理やりこじ開けた、次の瞬間。
カチリ。
ズズンッッッ!!!
巨大な火柱が、施設全体を包み込んだ。
夜の巣鴨の街並みは、まるで昼間のように明るく照らし出される。
「どわあああああああああッッ!!? なんだ!? おい大丈夫かみんな!」
「ああああッ!? 重要な証拠品があああああッッ!!」
「んなこと言ってる場合じゃねえだろ! おい栗山、救護班を呼び戻せ!」
教会のみならず、教団本部施設全体が紅蓮の炎に包まれる。
一切の痕跡を燃やし尽くすために仕掛けられた、ブービートラップであった。
施設内には、シャリオンの手によって事前に大量の爆薬が仕掛けられていた。
自分が敗れた後のことまで抜け目がない、というよりも、最初から計画のうちだったのだろう。
なにせ彼女の目的は、レッドパンチをその身に受けることだったのだから。
「ちくしょう……やられたッ……!」
このところ不屈戦隊オリジンフォースをつけ狙う、怪人たちの組織的な動き。
またしてもその尻尾をつかむには至らなかったことに、太陽は赤いマスクの下で静かに唇を噛みしめた。
………………。
…………。
……。
炎が収まったのはそれから4時間後。
後処理を済ませた太陽が北東京支部に帰還したころには、時計の針はとっくにてっぺんを回っていた。
ドルルルルル……。
支部に戻った太陽は、愛用の大型バイクを野ざらしの駐車場に停める。
ふと見ると、裏口から明かりが漏れているのがわかった。
「ん……? 本子ちゃんまだ帰ってないのか……?」
そう思いながら薄いアルミの扉を開くなり、太陽は目を見開いた。
ボロボロのソファに座ったブロンド髪の
「遅くまでお疲れ様です、オリジンレッドさん」
「
太陽の口からは、それ以上の言葉が出てこなかった。
倒したはずの女怪人が、なぜ目の前にいるのか。
そもそもどうして彼女が北東京支部の場所を知っているのか。
あらゆる疑問が頭の中で渦を巻いた。
太陽が言葉を失っていたそのとき、給湯室から司令官の本子が顔を出す。
「おお戻ってきたかオリジンレッド。聞いてくれ、このアルティメット濃縮還元水というのはなかなかにスゴいぞ。眼精疲労、肩こり、不眠症、それに近眼も治って宝くじにも当たるらしい。私も最初はただの水なんじゃないかと半信半疑だったのだが、実際に飲んでみると喉がなんだかスッキリしたというか、血の巡りが良くなったような気がするよ」
「落ち着け本子ちゃん、そりゃただの水の効能だ。しっかりしろ!」
「ハッ……! 私は今までいったいなにを……!? たしか怪人と話しているうちにだんだん……」
本子に正気を取り戻させると、太陽はオリジンチェンジャーを構えてシャリオンに向き直る。
シャリオンは逃げ出す様子もなく、ふたりの様子を見てただケラケラと笑っていた。
「シャリオンてめえ、生きてやがったのか。しかしお礼参りにしちゃあずいぶんと早いじゃねえか。ことと次第によっちゃあ、この場でもう一度ブッ倒させてもらうぞ」
「ふふ、あはは。そういきり立たないでください。今日はもうお腹いっぱいですわ」
拳を構える太陽に向かってシャリオンはまたにこりと微笑みかけると、湯呑を置いてゆっくりと両手を持ち上げる。
その白く細い手首には、無骨な手錠がかけられていた。
「
シャリオンはわざとらしく眉毛を“ハの字”にすると、手錠の鎖をこれ見よがしにジャラジャラと鳴らしてみせる。
太陽は本子を自分の背にかばいつつ、怪しさ満点の修道女の言葉を繰り返す。
「……自首、だあ?」
「ええ、あなたたちに保護していただこうかと思いまして」
「だったらヒーロー本部の拘置所に行ったほうがよくねえか」
「そういうわけにも参りませんの。私これでも組織の幹部なので、口を封じられてしまいますわ」
口を封じる、という言葉に、マスクの下で太陽の眉がぴくりと動く。
ヒーロー本部には彼女に情報を吐かせこそすれ、シャリオンごと情報を闇に葬り去る理由などありはしないのだから。
だとすれば、考えられることはただひとつ。
「……………………」
シャリオンは太陽の反応に満足したのか。
にいと口角を吊り上げると、今までとはまるで違う、どこか妖艶な笑みを浮かべた。
「ヒーロー本部内に
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