番外編「あつまれ若手ヒーローの会 ~栗山遭難編~」

 ご存知の通り、ヒーローにはひとりひとりに対し固有のカラーが割り振られている。

 だがこの識別色パーソナルカラーは、なにも目立つためだけのものではない。


 ヒーローたちはこの識別色により、正体を明かすことなく個人を認識できるのだ。

 ようするに個人名を伏せつつも『あのチームの何色の人』と問い合わせれば、あーあの人ね、と伝わるという寸法だ。


 住所で例えると、オリジンレッドならばオリジンがあざ、レッドが番地というわけである。

 まったくもってよくできた合理的なシステムであるといえよう。



 原則として識別色はヒーロー個人の経歴や技能に基づき割り振られるのだが、その中でも特別な意味を持つ識別色パーソナルカラーが存在する。



 ――“レッド”――。



 一部例外を除き、赤とはチームを率いる隊長を示す識別色だ。

 初代ヒーロー『正義戦隊ジャスティスファイブ』からの慣習として、ヒーロー本部ではこの伝統が脈々と受け継がれているのである。


 赤を背負う彼らはまさにヒーロー本部の権威の象徴であり、ヒーローという職業全般を通じて絶対的な存在なのだ。




 かたや彼らとは正反対に、とても肩身のせまい識別色もあったりする。



 そうたとえば。


 緑、とか。




 ………………。



 …………。



 ……。




 東京都板橋の某居酒屋店内。

 店の最奥に位置する四人掛けのテーブルは異様な熱気に包まれていた。


 泥沼のような目をした眼鏡の男、泣き叫ぶ角刈りマッチョ、肩にでかい鳥を乗せた忍者、そして褐色の半袖半ズボン男。


 眼鏡の男・栗山くりやまは、マッチョに頭を抱え込まれながら心の中で「はやく終わってくれ」と呪詛のように唱え続けていた。



「うおおおおおおおッ!! 栗山くん聞いてくれェ! 僕はァ! 情けない男だッッッ!!!」

盾無たてなし先輩、もうそのぐらいで……。他のお客さんにも迷惑ですし……」

「栗山くん! 守護まもるつもりが守護まもられてしまった俺の悔恨くやしさが、君には理解わからないというのかッ!! ほら君も飲めッ!」

「いや俺このあとも仕事なんで……」


 はやくも三杯目のジョッキをあけ漢涙おとこなみだを流しながら震えているのは、重厚戦隊シールドバリアンの隊長、シールドレッド・盾無たてなしである。

 暑苦しい顔と角刈りのせいでずいぶんと老けて見えるが、こうみえて実は去年ヒーローデビューしたばかりの25歳だ。


 小学校解放作戦においてあわや犬死にという大失態を演じた盾無は、はたから見てもわかるほど荒れに荒れていた。


 それを見かねたバックアップチームの同僚たちが、彼をこの居酒屋に連れ出したのであった。



「僕はなァ栗山くん! 自分が無様に敗北まけたことも悔しい! だがなによりオリジンフォースの……火野先輩の資質ししつに疑念を抱いたおのれの浅ましさをなによりも恥じているんだッッ!!! 」

「えぇよくわかりますよ盾無先輩。その話もう十回ぐらい聞いたんで、えぇ」

「仲間を信じられないという思い上がり! 増上慢ぞうじょうまん! 僕は僕を許容ゆるせない! この猛烈たける想いを肝臓にぶつけて自戒いましめるしかないんだッ!! ……ねえきみさ、なんで飲まないの?」

「いや俺このあとも仕事なんで……」



 栗山が酔っぱらったマッチョのおもりをさせられているのには理由があった。


 それは栗山が“緑”だからだ。


 チームにおける緑の役割はチームのバックアップである。


 つまるところ、いついかなる時も緊急出動スクランブルに備えていなければならないのだ。

 “バックアップのバックアップ”はいないのだから、当然オフであろうが飲酒などもってのほかである。


 必然的に居酒屋でたったひとりシラフを貫き通す羽目になり、酔っぱらいの相手をさせられるのは“緑”の役目ということになる。

 重ねて間の悪いことに、今日集まった他のメンバーはみんな“赤”であった。



「これもう火野先輩呼んでくるしか収集つかないですよ服部はっとりさん」

しかり。されど先ほどからふみを送ってござるが、どうにも返事がないのでござるよ。仕方あるまい、もう一度行ってきてくれいハヤブサまる

「ケーン! ピーヒョロロロ!」

「俺、鳥に巻物持たせて飛ばす人はじめて見ましたよ。スマホとかないんですか?」



 明らかに居酒屋店内で浮きまくっている忍者装束の男、服部もまたヒーローである。

 情報分析じょうほうぶんせきしつ直属の偵察部隊、風魔ふうま戦隊ニンジャジャンのリーダーとして三年のキャリアを持つ若手忍者ヒーローだ。


 ただ真っ赤な忍者装束にどれほどの隠密性能があるのか、栗山にはよくわからないが。

 服部もまた、飲めない栗山を尻目にジョッキを三杯あけていた。



 最後に残ったのは、褐色の肌に半袖半ズボンという、春とはいえまだ少し肌寒さが残るこの季節とは思えない狂ったで立ちの男であった。


「盾無先輩! 悩んだときは山籠やまごもりが一番ですよ! 俺いいところ知ってます!」


 拳を握り全身に暑苦しいほど熱き血をたぎらせるのは、栗山と同じチームの“赤”、勝利戦隊ビクトレンジャーのリーダー・暮内くれないであった。

 バックアップの栗山にはばかることなく既にジョッキを三杯あけ、すっかり出来上がっている。


「おおう、暮内くん! 君はわかってくれるか! この僕の決壊あふれんばかりの情熱パッションが!」

「パッションはよくわかんないですけど、身体からだを動かせばもやもやした気持ちも吹っ飛びますよ、たぶん!」

「そうだな! 君の言うとおりだ! くよくよしていても始まらないよな! ようしこもってやろうじゃあないか、山! 一段と強くなってまた守護まもってみせるぜ、この世界の未来あしたを!」



 迷いを振り切った盾無は、栗山と暮内の頭を両脇に抱えると居酒屋のテーブルの上に立って雄たけびをあげた。

 当然のことながら店内のすべての人間が盾無の奇行に注目する。



「盾無先輩、降りましょう、ね。みんな見てるから」

「なにを言ってるんだ栗山くん! 僕たちはいまから登るんだよ!」




 ………………。



 …………。



 ……。




 数時間後、栃木県男体山なんたいさん

 もう日が落ちて真っ暗な登山道入り口に、男四人の影があった。


 ここまで車を運転してきたのは、たったひとりシラフだった栗山である。

 盾無、服部、暮内の赤三人は車内でも酒盛りを続け、すでにぐでんぐでんだ。



「本当にきちゃったよ……」



 識別色パーソナルカラーの差とはかくも理不尽なものなのかと、栗山はもはや流れもしない空涙からなみだをぬぐった。


 多少便利に扱われようとも、これならまだオリジンレッド・火野太陽のほうが遥かにマシである。

 あのおじさんなら周囲を巻き込むほど酔っぱらうこともなければ、迷惑料としてあとでカレーも奢ってくれる。



「うぃぃ、ようし! じゃあみんなで山頂まで競走ら! 追従いてこぉい栗山くん、暮内くん、あと忍者!」

「ひっく……先輩だからってぇ、勝ちを譲る気はありませんよぉ!」

「……御意ぎょい

「ここまで来ておいてなんですけど、やっぱりやめときませんか盾無先輩? ほらもう足元だって見えませんし。そこまでべろんべろんじゃ怪我しますって」



 なんとか三人を押し留めようとする栗山に、酔っぱらいたちはジトッとした目を向ける。


「なるほど、君はあれか、負ける勝負はしない主義か。残念だが仕方ないな、栗山くんは“緑”だものな」

「いいじゃあないかクリリン! “緑”なんだから赤に勝てなくても気にするな! 勝負は勝ち負けじゃあない、楽しんだもの勝ちだ!」

「まあ、恥をかきたくないという気持ちはわからなくもないでござるよ。拙者たちと違って栗山殿は“緑”でござるゆえ……くくっ」

「…………………………………………」



 緑、緑、緑。


 絶対的権威の象徴である“赤”に対し、これまで黙って付き従っていたが。

 そのとき、栗山の中でなにかがプツンと音を立てて切れた。


 栗山は車の中から最も強い酒スピリタス(※アルコール度数96%)を持ち出すと、それをビンごとあおり一口で飲み干す。



「……やってやろうじゃねえかクソ赤ちゃんズがよぉ……」



 どろりとよどむ瞳の奥で、緑の炎が燃え上がる。


 栗山とて、けして望んで“緑”を背負わされているわけではない。

 普段から積もり積もった“赤”への不満がスピリタスの気化したアルコールに触れて爆発した瞬間であった。



「よーいドン!」



 言うがはやいか栗山は三人のきょをつき、先手必勝とばかりにひとり登山道へと駆け出した。



「あっコラ! 卑怯だぞクリリン! ってか、はえええェ!?」

「うけけけけ! ついてこれるもんならついてこいよォ! こちとらヒーロー学校時代の登攀とうはん実地試験で2位だったんだよボケが! うしゃしゃしゃしゃ!!」



 慌てて追いかける三人に大きくリードを取った栗山は、すいすいとまるで平坦な道を走るように暗闇の登山道を駆け上がっていく。

 スパルタ教育をとするヒーロー学校では、夜目をきたえるための夜間無灯火むとうか訓練などは日常茶飯事なのである。


 もちろん同じヒーロー学校出身の酔っぱらい三人組も、負けじと追いすがる。



「くくくっ、夜の山道で忍者たる拙者に脚で勝とうとは笑止千万!」



 そのとき、赤い忍者・服部の足元がカッときらめいた。



 ズドムッ!!!!!



「アバーーーーーーーッ!!!」



 真っ赤な忍者装束が、真っ黒に焦げ散らしながら男体山の急勾配きゅうこうばいを転がり落ちる。


 先行する栗山が仕掛けた即席の地雷・・であった。



「うぎゃあ今度はマキビシだ! あの野郎、ブービートラップをバラまきながら逃走げてやがる!!」

「コラッ卑怯だぞクリリン! ヒーローの誇りはどうした!」

「ぎゃーっはははは! 勝ちゃあいいんだよ勝ちゃあ!! チリもホコリもありゃしねえ! ヒーローってのは結果がすべて、積み上げた検挙の数が正義なんだよお! ビクトリーチェンジ!!」

「嘘だろあいつこのにおよんで変身しやがった!」




 …………。




 さらに数時間後、男体山の頂上には勝ち誇った“緑”の姿があった。



「俺の勝ちだああああ!!! なあにが“赤”だ、いつもいつもでかい顔しやがって! ざまあみやがれェェェ!! うきょきょきょきょーーーーーッッッ!!!!!」



 “赤”を討ち破った“緑”のマスクが月光を浴びてにぶく輝く。

 もはやはるか後方となった登山道中腹には、赤き誇りを背負った戦士たちが死屍累々ししるいるいと横たわっていることであろう。



 もはや帰り道もわからないが、ふたつ確かなことがある。

 ひとつは、栗山が緑の矜持きょうじを示したこと。


 そしてもうひとつは。



「……ひゃはは……ひゃは……は。……ここどこ?」



 深夜の男体山で道を見失い孤立しているということだ。

 一般的にはこの状況を『遭難』と呼ぶ。




 栗山が無事下山を果たしたのは、それから3日後のことであった。




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