第二十三話「光臨正法友人会とふたりの囚人」

 怪人本体を倒すと、影響下にあったすべての被害者が元に戻るという謎のメカニズムについては諸説ある。

 現在最も有力なのは、怪人の能力によって及ぼされる現象そのものが、本体が有する怪人細胞と支配・隷属の関係にあるという説だ。


 なにはともあれネーヴェル本体が倒されたことにより、校舎内では人形にされていた人質や重厚戦隊シールドバリアンの隊員が続々と元の姿へと戻り始めていた。


「うっ……ここは……教室……?」

「いったいなにが……? ってオアアア!? 体育館がなくなってる!!」


 どうやら彼らには人形にされていたときの記憶はないらしく、多少の混乱はあるものの大きなパニックにまで至っていないのは不幸中の幸いであった。

 あとはヒーロー本部のバックアップチームが収拾してくれるだろう。



「隊長殿ご無事でありますかーッ!! お気を確かに持つでありますーッ!!!」

「ああ、スナオさんそんなに揺らさないで……。今すぐ応急手当を致します。さあ脱いでください隊長はやく! はやく!」



 スナオとモモテツも無事人形から元に戻れたようだ。

 いつきが慌てふためく中、ズタボロの太陽の身体をふたりがかりで右へ左へと振り回す。


 太陽とていつきのてまえ強がりはしたが、もちろん無傷というわけではないのだが。

 いまは痛みも忘れて、ただ今回も生き残れたことだけを感謝したい、そんな気分だった。



 けして誰も自分の上に立たせたくない。

 そんな傲慢怪人ネーヴェルの弱点を看破した、オリジンブラック・ユッキーはというと。


「…………ぐぅ……すぅ……」


 全体力を使い果たしたのか、更地と化した体育館でひとり、ぐっすりと眠りについていた。


「……ったく。モモテツ、ユッキーをおぶってやってくれ」

「はっ! 了解いたしました! ……むんッ!」


 モモテツはユッキーの手首と大腿を掴むと、まるで風呂敷でも背負うかのように持ち上げた。

 ファイヤーマンズキャリーと呼ばれるスピードを重視した搬送法だ。


「負傷者確保!」

「モモテツ、普通に背負ってやれ」


 こんな新人ばかりのチームでよくあの難局を乗り切ったものだとつくづく思う。

 太陽は仲間たちにバレないよう、こっそりと胸をなで下ろした。


 引き継ぎを済ませ、オリジンフォースの面々が学校を後にしようとしたそのとき。

 太陽のマスクと一体化したインカムが、けたたましく鳴った。


『こここコラァーーーッ! あれほどレッドパンチは撃つなって言ったのに! 言ったのにィ!! オリジンレッド、君はアレか! 結果良ければすべて良しとでも言うつもりなのか!? 冷蔵庫の残り物はとりあえずカレーで煮込むタイプなのか!?』


 今回の作戦では、これといってまったく役に立っていなかった司令官の本子であった。

 後始末を担当する彼女からしてみれば、言いたいことは山ほどあるのだろう。


 空に向かって放ったとはいえ、衝撃波で周辺家屋の窓ガラスは割れ、戦闘によって小学校自体も少なからぬ損壊を受けているのだから。


「あー、まあいいじゃない本子ちゃん。人的損害は認められず、被害も最小限。我ながらよくやったほうだと思うよ、うん」

『そういう問題ではなァい! うぅ……どうして昨日ダメって言ったばかりなのに……うぅぅ……。いいか、私はなにも君が憎いわけじゃあない。上官として褒めるべきところは褒めるべきだと私は思う。だが昨日の今日で命令を覆されては私の存在意義が……うっ……』

「……だぁもう、悪かったよ。泣くなって本子ちゃん。お詫びにケーキ買って帰るからさ……」

『ぐすっ、優しくするなァ……! とにかく、現場を引き継いだならさっさと帰ってこい!』


 戦略面ではあまりアテにはならなかったが、本子には今後とも苦労をかけることになるかもしれない。

 いつきを辞めさせたいなどと相談しようものならば、そろそろ本格的に胃をやりかねないのではなかろうか。


 とはいえ今回の命令違反に関しては大きな損害も出ていないので、ショートケーキ3つぐらいあれば本子も納得してくれるかな。

 などと考えながら、太陽は通話を切り上げた。



 ひょっとしたら、あずかり知らぬところでレッドパンチの余波が出ているかもしれないが。

 せいぜい天気予報がはずれたぐらいのものだろう。



「よし撤収だ! ……って、いつき。どうした? なんでそんなに距離を取ってるんだ?」


 さあ帰ろうと声をかけたところで。

 いつきは何故か太陽から妙に離れた位置でひとり、ポツンとしていた。


「い、いえ! なんでもありません! ほんとに! あっ、ダメです近づいちゃ……!」

「ハハァ、さてはイッチ。ぬるぬるが気になるでありますな。小官も早く基地に帰ってシャワー浴びたいであります。触手のぬるぬるがスーツの中までみて気持ち悪いであります」


 よく見れば全員ネーヴェルとの戦闘で身体中粘液まみれであった。

 しかもこのぬるぬるした汁のにおいがまたよくない。


 めちゃくちゃくさいというわけではないのだが、ポン酢とハチミツを混ぜて焦がしたような香りがする。


「いわれてみれば……これは……」

「隊長……大変言いにくいのですが、その、自分も……」


 一刻もはやく帰りたいという隊員たちの視線を受け、太陽は仲間たちに向かって号令をかける。



「よぉし。オリジンフォース、行動を終了する! お疲れさん!」



 こうして不屈戦隊オリジンフォースは漆黒怪人リベルタカスに引き続き、傲慢怪人ネーヴェルの撃滅に成功したのだった。


 しかしこの華々しい戦果を、わずか数日で書き改めねばならなくなるとは。

 このときは誰も、想像すらしていなかったのである。





 ………………。



 …………。



 ……。





 東京都豊島区、巣鴨。

 駅前から続く地蔵通り商店街を中心に、連日多くの高齢者で賑わう通称『おばあちゃんの原宿』である。


 だがそんな穏やかな風景は、観光地としての昼の顔にすぎない。


 ひとたび日が落ちれば、巣鴨の街は怪しげなピンクの看板が立ち並ぶ歓楽街へと姿を変える。

 昼間にはアジフライをもそもそと頬張っていたお爺ちゃんたちが、若者には負けぬとばかりに浮かれはしゃぎ、馴染みの性風俗店へと繰り出すのだ。



 そんな巣鴨歓楽街の中心に、昼夜どちらの顔にもまるで似つかわしくない異質な建物があった。



 “教会”である。



 正しくは、教会を中心とした宗教団体の施設群だ。

 屋根も壁も真っ白な教会を取り囲むように、これまた真っ白な構造物が立ち並ぶさまは、神聖さを通り越して不気味さを覚えるほどであった。


 宗教法人『光臨正法こうりんせいほう友人会ゆうじんかい』は、日本国内第三位の規模を誇る巨大カルト組織である。

 ここはヒーローの中にも多数の信者をようし、政界にまで議席を持つ彼らの本拠地なのだ。



「「「「「ガンジャンホーラム! ガンジャンホーラム!」」」」」



 併設教会の中は信者たちの一心不乱な熱気で満ちあふれていた。

 今日は週に一回の集会ミサが執り行われる日なのだ。


 読経の時間が終わると、祭壇の前で誰よりも熱心に祈りを捧げていた修道服の女が信者たちに向き直る。


 日本ではあまり見かけない金髪碧眼に、穏やかな笑みを浮かべた女。

 光臨正法友人会代表・光円寺こうえんじシャリオンは、祭壇に背を向け信者たちに語りかける。


「みなさ~ん、こんばんは~」

「「「「「こんばんは!!!」」」」」

「とても愛のこもったよいご挨拶ですね。今週もまたこうしてシャリオンキッズのみなさんと無事お会いできたことを、天におわす絆と愛の神、デスモス・アガッピ・アグリオパッパ様に感謝いたしましょう」

「「「「「ララナ! ムサニンギス! モニュエール!! ペレ!!!」」」」」


 よどんだ毒沼のような目をした信者たちの口から、何百何千回と繰り返されたであろう感謝の祝詞のりとがつむがれる。

 シャリオンははたから見ればまるで意味のわからない彼らの言葉を受け止めると、ふたたび春の陽だまりのようににっこりと笑った。



「はい、よくできました」



 それから小一時間ほど“おはなし”の時間が続き、シャリオンが説教台をおりる頃には、教会内は嗚咽と歓喜が入り混じる一種のトランス状態となっていた。

 中にはシャリオンの言葉に感極まってフロアを水浸しにするほど号泣する者、感動のあまり失神する者、果ては自我を喪失する者もいた。



 ひかえ室に戻ったシャリオンは、お抱えの信者たちからタオルとミネラルウォーターを受け取る。


「今日もお疲れさまでしたウィ、シャリオン様」

「ありがとうございます。あなたにもデスモス・アガッピ・アグリオパッパ様の寵愛ちょうあいがあらんことを」

「ああ、なんと身に余る光栄ウィ! ガンジャンホーラム!」


 黒い全身タイツ姿・・・・・・・・の信者たち、ひとりひとりに祝福の言葉を贈ったのち、シャリオンは教会の地下へと足を運んだ。



 石造りの地下室は意外にも広々としているものの、暗く、そして寒い。



 カツン、カツン。


 シャリオンの足音が響き渡るのに合わせて、ジャラリと鎖の音が鳴り響いた。


 鎖で両手両足を地下室の石壁に繋がれた“男女”が、同時にシャリオンの顔を睨みつける。



「おい貴様ァ! 我を深淵の闇にこんなかせで縛りつけるとは何事だ! せめて魔法陣か結界をだな……おい聞いているのかメギドーラ!」

「くっ! なんなのよコレぇ! ちょっとこれ外しなさいよメギドーラ! ネーヴェルちゃんにこんなことしてただで済むと思ってんの!?」



 血色の悪い男のほうは、漆黒怪人リベルタカス。

 身体中に包帯を巻かれた少女は、傲慢怪人ネーヴェル。


 不屈戦隊オリジンフォースに敗れた人類絶滅団の幹部たちであった。

 記録上はレッドパンチによって欠片も残さず消滅した・・・・ことになっている彼らに対し、光円寺シャリオン……メギドーラは慈母のように微笑みかける。



「あらあら。私が手を回さなければおふたりとも今ごろ死後の世界ダドゥレムガンニャ悪魔ヒュレキトゥラスピリュタリを食べられているころだというのに、酷い言い草ですわ」

煉獄の闇プルガトリオへ堕ちし我がネメシスを浄罪し、貴様が我が身にリヒトをもたらしたとでもほざくつもりか! 恩着せがましいにもほどがあるぞ!」

「あんたたちが言ってることの意味がなにひとつわかんないんだけど!?」



 ネーヴェルに先駆け数日前から鎖で繋がれていたリベルタカスは、憔悴しきった顔でメギドーラに問いかける。


「貴様とて人類絶滅団の幹部。我とネーヴェルをなんの下心もなく救い出したわけではあるまい。そろそろ話したらどうだメギドーラ。貴様の目的はなんだ?」

「それは追々お話ししますわ。ああ、そうそう。おふたりとも喉が渇いているのではと思いまして。我が光臨正法友人会のバイオ科学工場で製造されているアルティメット濃縮還元水をお持ちしました」


 リベルタカスの言葉をさらりと受け流し、メギドーラは手にしたペットボトルの蓋をあけ、自分で飲んだ・・・・・・


 そしてその、ぞっとするほどに美しく整った顔をリベルタカスに近づける。



「おい、やめろ……またそれをするのか貴様……! ちょっ、メギドーラさん、我が悪かった、調子に乗りました、ほんとに待っ……むぐぐぅーーーッ!」

「んっ……、んくっ……」



 メギドーラは湿り気を帯びた薄い唇を、鎖で繋がれたリベルタカスの唇へと強引に押し付けた。


 唐突な異常事態を前に、顔を真っ赤にしながら絶句するネーヴェルの眼前で。

 メギドーラの唇からリベルタカスの唇へ、口腔から口腔へと、アルティメットなんたら水が流れ込んでいく。


「んっ……はふ……」


 リベルタカスの喉がゴクリと鳴ったのを確認すると、メギドーラはゆっくりと唇を離した。

 唾液で粘性を帯びた水分が、ふたつの唇の間につうと糸を引く。



 ようやく我に返ったネーヴェルが、己の鎖をジャラジャラと鳴らしながら声をあげる。


「ちょ……ちょちょ、ちょっとメギドーラ、あんた! なにやってんの!?」

「ごめんなさいネーヴェルちゃん、お待たせしてしまいましたね」



 そう言うと、メギドーラはまたひと口、アルティメット濃縮還元水を自分の口に含む。



「ちょっと待ちなさいって、ねえ聞いてるの? ネーヴェルちゃんは未成年だからそういうことしたら国家権力の大きいお友達が黙ってな……はむむぅーーーッ!!」

「……んっ……ちゅる……」



 リベルタカス同様、メギドーラに水を飲まされた・・・・・ネーヴェルの体が、びくんびくんと可愛く跳ねる。


「んむーーーッ! んむむむむーーーゥ!!」

「……んはぁ……むちゅ……れろ……」


 頑として拒む唇をこじあけるように、長い舌がネーヴェルの歯茎の上をいまわる。

 思いのほか冷たい水が、ネーヴェルの口の中を満たしていった。


 当然のことながらこれまで一度も味わったことのない感触に、ネーヴェルは歯を食いしばり目を強く閉じて無駄な抵抗の意を示す。

 だがどれほど頭で拒絶しようとも、戦いに敗れた傷だらけの肉体は水分を求め、最後には観念したかのように小さな喉がコクリと鳴った。



「はぷあ……! げっほ! うぇっほ!」

「……ん。よく飲めました」



 ようやく解放されたネーヴェルが薄く目を開くと、メギドーラの美しい顔が離れていくところだった。


「ふふ……この最先端技術の粋を結集したアルティメット濃縮還元水には、たちどころに傷を癒す効能がありますの。ネーヴェルちゃんはあと3回ゴクゴクしましょうね」

「う、うそでしょ……? ちょっと待っ、はむむむゥーーーッ!!!」



 まるで意図の読めないメギドーラの行動に、肉体の回復や性的な興奮よりも、彼女に対する恐怖がネーヴェルの身体全体を支配していく。

 結局ネーヴェルは、アルティメットなんたら水を7回飲んだ。



 ぐったりとしたふたりの怪人を前にして。

 “水分補給”を終えたメギドーラの真っ赤な舌が、さきほどまでネーヴェルに吸い付いていた己の薄い唇をぺろりと舐める。



「……愛は、他のなによりも優先されますの」



 けして崩れない微笑みの奥で、メギドーラの瞳は闇の群青ぐんじょうたたえていた。





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