第二十一話「封じられた一撃必殺」

 怪人とは。

 ある日とつぜん超常的な“力”を身につけ、人類にとって脅威となりうる存在へと変貌へんぼうげた者たち総称である。


 正式名称においては『局地的きょくちてき人的災害じんてきさいがい』と呼ばれるように、ひとたび怪人覚醒を経た彼らの存在は、生物ではなく“事象”に分類される。


 当然のことながら怪人に人権はなく、これを鎮圧することは治安を維持する上で必要な措置である。

 それが、ヒーローが怪人を倒すための、人が人を・・・・裁くための理屈である。


 そうまでして倒さなければならない存在。

 知性ある災害、それが怪人なのだ。




 …………。




 傲慢怪人ネーヴェルは、まさに“災害”と呼ぶにふさわしい怪物であった。


 少女の背中からはぶよぶよとした水風船のようなかさ・・がひろがり、どういう原理かは不明だが宙に浮いている。

 傘の下では粘液にまみれた数十本の触手がうねり、ぬめついた攻撃が地上に向かって雨のように降り注ぐ。


 それも、ただの触手の雨ではない。



「みーんなネーヴェルちゃんの人形おもちゃになっちゃえ!!」



 巨大なクラゲ怪人、ネーヴェルの触手がオリジンフォースの三人へと襲いかかる。

 黒く染まった触手の攻撃をまともに受ければ、人形に変えられてしまったスナオやモモテツのように一巻の終わりだ。


 触手の一本一本は狙いも甘い。

 だがその驚異的な手数の多さは、さばききるので精いっぱいだ。

 背を向けて逃走をはかることはおろか、後退することさえも許されない。


「キャハハハハ! 手も足も出ない亀さんになっちゃって、ねえいまどんな気持ち?」

「待ってくださいウィ、ネーヴェルちゃん! おっ、俺たちは味方ですウィーッ!」


 地上で戦うザコ戦闘員たちさえも、次々と触手に巻き込まれていく。

 空中から無差別に放たれる触手の対地上面制圧攻撃は、もはや雨というよりも嵐だ。



 ようやく再接続されたインカムから、本子の指示が飛ぶ。


『オリジンフォース、気をつけろ! あの触手に捕まったら人形に変えられてしまうぞ!』

「んなもん見りゃわかるっての! 総員散開! 死ぬ気で避けろ!」

『データによると、弱点は、ええと……本体だ! ブルー、本体を狙って撃て!』

「了解しました、オリジンシューター精密狙撃モード!」


 屋内とはいえ広い体育館の天井付近を漂うネーヴェルには、当然のことながらパンチや剣は届かない。

 オリジンフォースに配備された光線銃『オリジンシューター』こそが、唯一の対抗手段である。



「ロックオン完了! 発砲ファイア!!」



 いつきの狙いは正確にネーヴェルの本体を捉えていた。

 ネーヴェルの本体が激しい火花を散らす。


 空中にもうもうと煙がたちこめ、すべての触手が同時にゆっくりと動きを止める。



「やった! やりましたよオリジンレッドさん!」



 確かな手応えに、いつきは太陽に向かってガッツポーズを取る。


 しかし。




「……はい、ザァコ♪」



 煙の中から何十という触手が、いつきに向かって槍衾やりぶすまのように突き出された。



「うそッ!? なんでッ!?」

「あぶねえいつき!」



 太陽に抱きかかえられ間一髪ネーヴェルの奇襲を避けたいつきであったが、まるで理解が追いつかない。


 オリジンシューターの精密狙撃モードは威力に特化した攻撃形態だ。

 それが確実に命中したにもかかわらず、ネーヴェルには通用しなかったということなのだろうか。



 煙が晴れると同時に、ネーヴェルの本体があらわになった。




「くふっ、くふふふふ。ざぁんねんでしたァ」

「なっ!?」




 ボンデージに包まれた幼い少女の身体中に、ぬらぬらとした触手がまとわりついていた。

 ネーヴェルは己の全身に触手を巻きつけることで、オリジンシューターの攻撃を完全に防いだのだ。


 まさに攻防一体の特異能力。

 彼女の触手は槍であり、同時に鎧でもあるのだ。



「キャハハハハ! オリジンフォース弱すぎ。一方的すぎてつまんな~い」

「ぜんぜん効いてませんよツルポン司令官!」

『そ、そんなバカな……! オリジンシューターの貫通力が足りないのか……? 対策はァー……ええと、ええと……!』



 対応策を打ち出す隙を与えず、再びネーヴェルの地上面制圧攻撃がはじまった。

 防戦一方のオリジンフォースに対し、ネーヴェルは触手の粘液にまみれ糸引くその幼い体をよじりながら挑発する。



「どうしたのォ? ほらほら、はやくレッドパンチ撃ってみたらァ~? まァあんたみたいなヘタレには撃てないでしょうけど。ぷぷぷ、ダッサぁ~!」

「あんなこと言われてますよオリジンレッドさん!」

「撃てるわけ、ねえだろ……!」



 ネーヴェルの言う通り、この場で、少なくとも小学校の敷地内でレッドパンチを放つことは不可能であった。

 理由はずばり、廊下や教室、そしてこの体育館にも多数配置されている“人形”だ。



「あいつ、スナオやモモテツを人形に変えるところを、わざと俺たちに見せつけやがったんだ! 人形を盾にするために!」

「……はぁ、はぁ……人形はすべて“人質”である可能性が高い。……これだけたくさん置かれていては、どこにレッドパンチを撃っても巻き込むことになる……」


 ユッキーは既に息を切らし、紙一重で触手の攻撃を避けながらスナオのパペットとモモテツのブリキロボを回収していた。


 彼らと同じように、学校中に置かれていた人形も元は“人”である可能性が高い。

 もしそうだとすれば、周囲に激甚な破壊をもたらす必殺パンチを撃つことは、人質を撃つことに他ならないのだ。



「アッハ! はいせいかァ~い。ゴミ箱やロッカーにも入ってるかもね? 全部探し出してみればいいんじゃな~い?」



 人と違って、人形は自主的に避難することもできなければ、どこに隠されているか見当もつかない。

 すべての人形を探し出して退避させることなど、少なくともネーヴェルの触手攻撃をさばきながらできることではないのだ。


 なにより先にこちらの体力が尽きる。

 ユッキーにいたってはもうヘロヘロでいつ触手に捕まってもおかしくない。



『う、撃つなよ! レッドパンチはダメだぞ! 人形なんか一瞬で灰になるぞ!』

「わかってる! とにかく、レッドパンチなしであいつの本体を叩くしかない。けど射撃も効かないとなると。くそっ、あの触手。思った以上に厄介だな」

「私に考えがあります!」



 言うが早いか、オリジンブルー・いつきの周囲に風が舞った。

 いつきは脚に力を込めると、凄まじいジャンプ力で一気に天井付近まで飛び上がる。



「下からは触手の弾幕で攻撃できない。けど上からなら!」



 いつきは鉄骨張りの天井を逆さまに駆け抜け、オリジンブレイドを片手にネーヴェルの本体へと迫る。

 地上ではいままさに、ユッキーが無数の触手に捕らえられた瞬間であった。



「ギッ……ネーヴェルちゃんの上に、立つなアアアアアアアアアアア!!!!!」

「えっ!?」



 その瞬間、全ての触手・・・・・が一斉に、ネーヴェルの頭上に達したいつきへと襲い掛かった。

 触手は束になり、巨大な太い幹となっていつきの身体を体育館の屋根ごと弾き飛ばす。


「うぐーーーっ!」

「いつきーーーーーッ!!!」


 思わず叫んだ太陽の隣で、解放されたユッキーが尻もちをつく。



「ネーヴェルちゃんが一番上なの! あんたたちザコは地べたに這いつくばってネーヴェルちゃんのことを見上げてればいいの!!!」



 剛腕のように振り回される触手のたばは体育館の外壁を、まるで豆腐でも崩すかのように容易く破砕はさいする。

 戦いの場は完全な屋外戦と化し、もはや先ほどのように天井を走って本体に接近することはできなくなった。



「…………ァァァアアアアアア!!」

「うおおおお! 間に合えええええ!!!」



 赤いヒーロースーツが閃光のように大地を駆け、落下してきた青い戦士をかろうじて受け止めた。

 そしてお姫様抱っこの体勢のまま、勢いあまって校庭に大きなわだちを描く。



「あ、ありがとうございます。オリジンレッドさん……!」

「骨は折れてないか!? どこか痛いところは!?」

「だだだ、大丈夫です、まだ動けます!」



 いつきは慌ててオリジンレッドの腕の中から飛び起きると、再びクラゲ怪人・ネーヴェルと向かい合う。

 しかし自慢の最新兵装であるオリジンブレイドもオリジンシューターも、先ほどの攻撃でどこかへ飛んで行ってしまっていた。


 どんよりとした空に、まるで凧のように浮かんだネーヴェルが、ふたりの戦士を見下ろす。


「キャハハハハ! もう遊んであーーーげない! 人形にしてからバラバラに分解して土の中に埋めてあげる!」



 万事休す、唯一の対抗手段を封じられたオリジンフォースは、絶対絶命のピンチを迎えていた。




 そのとき。




『……たいちょ、イッチ、聞こえる……?』

「ユッキー! 無事だったのか!」



 オリジンブラック・ユッキーは、ネーヴェルの遥か後方でぐったりと横たわっていた。

 死んだふりをしながら太陽にコールをかけてきたのだ。




『……怪人の弱点、わかった……。……ふたりとも、いまから言う通りにして……』




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