第二十話「傲慢怪人ネーヴェル」

 太陽が階段の踊り場で発見したのは、連絡の途絶えたシールドバリアンに瓜ふたつなブリキの人形であった。


「しっかし、よくできてんなあ……不気味なぐらいにリアルだ……」

「これ、何なんですかね?」

迂闊うかつにさわるなよ、いつき。こういう状況は何度かお目にかかったことがある」



 太陽は二十年という現場経験の中から、似たような状況を探り出す。



 怪人とは、千差万別の異能力を有した怪物である。

 しかしながらその能力にはおおよそのパターンというものが存在する。


 正面からの攻撃を一切受け付けないもの。

 市民やヒーローを鏡の中などの別世界に引きずり込むもの。

 恐ろしい姿とは別に、小さくてかよわい本体が存在するものなど。


 二十年も前線にいれば、怪人が有する特性というものもある程度推測すいそくができるようになってくる。

 先の漆黒怪人リベルタカス戦において敵の弱点を見破ったのも、こういった太陽の経験則によるものだ。



「シールドバリアンが消息を絶っていることから察するにこれは……」



 ベテランヒーローの勘がえ渡ろうかというまさにそのときであった。


 インカムから司令官・本子の声が響く。



『おそらく敵のいたずらに間違いないだろう。過去のデータをみても同様の手口は脅威レベルが低いと出ている』

「ええー、そうですかね? 私はなんだか違う気が……」

「いつきの言う通りだ。警戒するに越したことはない」


 太陽は本子の意見に異を唱えるも、勘という点で根拠に乏しいのも事実だ。


『いいか君たち。その人形は落ちていたんじゃない、置かれていたんだ。連中はこちらの気を引いて足止めを狙っているんだよ。敵の欺瞞ぎまん工作を馬鹿正直に受け止めてやる必要などない。それよりも子供たちの安否確認を急いでくれ』

「……わかった。校内の制圧と人質の救出を優先するが、各員警戒は怠るなよ」


 現場とデータは違う。

 そう言いかけた太陽であったが、少し考えた末に言葉をのんだ。


 十年前の太陽であれば本子に文句のひとつもぶつけたことだろう。

 しかしキャリア二十年ともなると、それが不毛な水掛け論に発展するということも十分に理解している。


 そのうえ往々おうおうにして、現場の勘よりもデータのほうが正しかったりするのだ。

 下手に食い下がったところで、時間を浪費し、自分の立場を悪くするだけなのである。



 ところが。



「お言葉ですが本子司令官。現場とデータはぜんぜん違うと思います!」

「なっ!? おい、いつきやめとけ」

「どうしてですか? 私はオリジンレッドさんの直感を信じます」

「信じるかどうかじゃなくてだな。仕事を円滑に進めるには妥協ってもんが……」


 まさかいつきが本子に食って掛かるとは、太陽にとって予想外であった。


 案の定、インカムの向こうでは本子がなにやらギャースカとわめき散らしている。


『オリジンブルー、君は部隊の指揮系統というものの重要性をまったくもって……』

「あーもしもし、こちらオリジンレッド。通信状況があまりよくないようだ。追ってかけ直す」

『ちょっと待ッ』


 太陽はインカムを操作すると、隊長権限で基地との通信を一時的にシャットアウトした。

 いまは仲間内で言い争いをしているときではない。


「いいかいつき。組織ってもんはだな……」

「……たいちょ、こっちきて」


 いつきをたしなめようとした矢先、太陽は言葉を遮られた。

 見上げると、先行して二階に上がっていたユッキーが階段の上でちょいちょいと手招きしている。


 太陽はマスク越しにいつきの頭にぽんと手を置くと、もう片方の手で旧式のオリジンシューターを構え直す。


「いつき、話は後だ。行くぞ」

「……はい」



 廊下にも点々と人形が置かれていることを除けば、校内は荒らされた様子もなく至って静かであった。



 しかしユッキーに先導されて教室のひとつに踏み込んだ太陽は、見たこともない状況に困惑した。


 小学校の教室には小さな机がずらりと並んでいる。

 太陽の時代にはなかった電子タブレットがひとつの机にひとつずつ置かれていることを除けば、これ自体はよくある風景だ。


 だがそこに座っているのは、人質となっている小学生たちではない。



「これは……ぬいぐるみか?」



 学習椅子にちょこんと座っているのは、ウサギやサルといった動物のぬいぐるみたちであった。

 それがどの机にもひとつずつ、教壇の上にもひとつ。


 まるでファンシーなおとぎの国の授業風景でも見ているかのようだ。


 だが彼らと引き換えに、本来この教室で授業を受けていたはずの生徒たちは、いったいどこへ消えてしまったのだろうか。



「……たいちょ、レーダーが変」



 ユッキーに促され、太陽はオリジンチェンジャーのレーダーを確認する。

 見ると立体地図に点在していた怪人を示す赤い点が、いつの間にか体育館に集まっているではないか。


 わずか数分の間に、怪人たちは集結を済ませていたのだ。



「どうりで校舎内が静かだと思ったら! くそっ、裏をかかれたか!」

「オリジンレッドさん、このままじゃモモテツさんとスナオちゃんが危険です! はやく合流しましょう!」

「……ちがう、よく見て」



 怪人にまんまと出し抜かれたことに焦る太陽といつきであったが、ユッキーに言われた通り改めてレーダーを確認する。

 だが無数の赤い点の他に怪しいものは映っていない。



「……怪人以外の反応が、ない」

「「あっ!」」



 ユッキーの言う通り、本来人質が取られているのであれば『人質の生体反応』もレーダーに示されるのが道理である。

 だがレーダーに表示されているのは、怪人たちを除けばオリジンフォース五人分だけである。


 そしてオリジンフォースを示す反応のうちのふたつが、体育館の中心で明滅していた。




 ………………。



 …………。



 ……。




 体育館では多数の黒タイツを相手に、黄色とピンクのヒーローが背中を預け合って戦闘を繰り広げていた。


「小官としたことがうっかり囲まれてしまったであります! アチョーッ!」

「ふんぬっ! 隊長、聞こえますか! こちらオリジンピンク、体育館にて怪人と交戦中です!」

『いまそっちに向かってる。あと30秒持ちこたえてくれ!』


 ザコ戦闘員たちとふたりのオリジンフォースの戦いは熾烈を極めていた。


 瞬発力と抜群の体幹で、ばっさばっさと敵をなぎ倒していくオリジンイエロー・スナオ。

 巨体と安定感を駆使して上手く攻撃をさばき、手堅くひとりずつ対処していくオリジンピンク・モモテツ。


 ふたりの戦闘スタイルはまるで真逆なれど、もともと彼らの持つ肉体的ポテンシャルのおかげか、戦局は比較的オリジンフォース優勢で進んでいた。



 しかし。



「なに必死になっちゃってんの? キモ~い」



 体育館の高い天井付近から少女の声がしたかと思うと、ふたりの頭上から無数の触手が降り注いだ。


「あわわわわ! これはマズいであります!」

「うぐっ……これは……リベルタカスと同じ、ネームド……!?」

「ちょっとそこのムキムキピンク! このネーヴェルちゃんとあんなザコを一緒にしないでくれる!? ほんと失礼なんだけど!」


 触手にからめとられたふたりの前に、ネームドの本体が姿をあらわす。



 貧相な身体に不釣り合いな黒いボンデージをまとい、ムチを手にした少女。


 しかし彼女の後頭部から背中にかけて、半透明の巨大な傘のようなものがひろがっていた。

 ぬるぬるした触手はすべてその傘から伸びている。



 傲慢怪人ネーヴェル、その姿はまるで宙に浮く巨大なクラゲであった。



「うっ……こ、子供……!?」

「ちんちくりんのおこちゃまであります!」

「うがーーーッ! ネーヴェルちゃんにひざまずくザコの分際で、ネーヴェルちゃんを子供あつかいするなァーーーッ!」


 ネーヴェルが怒りをあらわにすると、ほとんど水分で構成されているであろう半透明の傘がゴポポと音を立てて煮立つ。

 それと同時に黒いもやのようなものが、傘から触手を伝ってふたりのヒーローの全身を覆いつくした。


 直後、ふたりの全身を黒い電流が駆け巡る。



「あんたたちはネーヴェルちゃんより下等な存在なの! 反抗的なゴミクズらしく、ネーヴェルちゃんの人形おもちゃにしてあげるわ!」

「う、ウグワーーーーーッ!」

「あばばばばでありますぅーーーッ!」



 ふたりの悲鳴と同時に、体育館の扉が撃ち破られる。


 オリジンレッド、ブルー、ブラック。

 待ちに待った援軍の到着であった。



 しかし駆け付けた彼らが目にしたものは。



「スナオ! モモテツゥゥゥーーーッ!!」



 黄色い犬のパペットと、ピンクのブリキのロボットに変えられた仲間たちの姿であった。




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