第十六話「ポンコツ三人、地獄の反省会」

 翌朝。


 空は澄み渡り、春の風に桜が舞っていた。

 太陽は日課の早朝トレーニングを終えると、そのままランニングがてら秘密基地へと向かう。


 もちろん、顔を隠す赤いマスクを装着することも忘れない。

 どういう意図があってのことかはわからないが、これもヒーロー本部上層部からの命令だ。


 太陽は赤いマスクの下で大きなあくびをした。


 昨夜はあまりにも気まずかったので、家でもいつきと顔を合わせないよう必死あった。

 まるでいつきを避けるように深夜に帰り、早朝に出てきたせいでとても眠い。


 浮気で朝帰りをする夫というのは、存外こんな気分なのかもしれない。

 職場ではいやでも顔を合わせることになるのだが。



「おはようであります隊長殿!」

「隊長、おはようございます!」

「…………(ぺこっ)」



 秘密基地の扉を開くと、いつき以外の三人が既に顔をそろえていた。

 多少の不安が残るとはいえ、ついに念願の仲間ができたという安心感を太陽はしみじみと噛みしめる。


 ただ昨日と違う点は、四者四様にハロウィンじみた仮装をしているという点だろう。



「あー、おはよう。えっと今日はなにかのお祭りなのかな?」



 正直なところ声をかけるのも少しはばかられるのだが、太陽は順番に尋ねてみることにした。



 一番手は頭に『必勝☆合格』と書かれたハチマキを巻き、全身のあちこちに『30キロ』と書かれたギプスをくくりつけたオリジンイエロー・山吹やまぶき素直すなおだ。


「スナオ、その格好はなに?」

「はっ! 小官に足りなかったものは、“根性”でありますからして!」

「それ動けるの?」

「一歩も動けないであります!」


 それもそうだろう、全身にまとったギプスに書かれた通りの重量があるとすれば、総重量は200キロ近くに及ぶ。

 スナオの体格からすると、正直なところ立っているだけで不思議なぐらいだ。




 続いて太陽が気になったのは、まるで戦国時代の武士のように甲冑をまとった巨躯の男。

 オリジンピンク・桃城ももしろ鉄次てつじである。


「モモテツ。関ヶ原は終わったんだぞ、四百年前に」

「隊長、昨日の自分は“準備”不足であったと痛感しております。ご安心ください、自分はこの状態でもご覧の通り機敏に動けます!」


 そう言ってモモテツがビシッと敬礼を決めるのと同時に、鎧をくくりつけていた紐がはちきれ、胴丸がごろんと床に転がった。


「取れちゃったけど」

「こういった不測の事態に備え、下に防弾チョッキを着込んでおります! バックアップも用意しました!」


 モモテツが取り出したのは機動隊などが用いる“ライオットシールド”であった。

 いったいどこで用意してきたのかは謎だが、ヒーロースーツの防刃・防弾・耐衝撃性能はこれらの防具を上回っていると教えたほうがいいかもしれない。




 最後は、芋虫のように寝袋から眠そうな顔だけを出しているオリジンブラック・烏氷からすが雪見ゆきみであった。


「ユッキー、まずは意図を教えてほしい」

「……足りなかったのは……十分な“休息”……」

「うん、なるほどね。それで戦える?」

「……機動性能は問題ない……」


 そう言うとユッキーは寝袋にくるまれたまま立ち上がる。


 どうやら脚にあたる部分がふたつにわかれているタイプの寝袋らしく、ユッキーはもこもこした寝袋姿のまま秘密基地内を歩きまわってみせた。

 なんだかディ●カバリーチャンネルの宇宙空想生物特集で紹介される火星の生き物みたいだ。


 ただ、これを機動性能と言い張るのは無理があるように思う。


「おおーっ! すごいでありますユッキー! 小官もほしいであります!」

「……九千円……色も選べる……」

「ほほう、意外と安いんですね。けど自分は体が大きいのでサイズが……」

「……安心してほしい。サイズは十種類から選べる……一番上はなんと……6Lろくえぇーる……」

「「わーっ! すごーい!」」


 反省会がただの便利グッズを紹介するショッピング番組と化したところで、太陽はおもむろに口を開いた。



「君たちさ。どうやって変身するの?」

「「「あっ」」」



 彼らに足りないのは、根性でも準備でも休息でもない。

 だがそれを口に出す前に、太陽にはどうしても確かめておきたいことがあった。


 本当に彼らはヒーロー本部がいうところの“精鋭”なのだろうかという疑問だ。



「ちょっと聞かせてもらいたいんだけどさ。君ら今までどんなチームにいたの?」



 昨日の体たらくと今日の様子を見るに、彼らが“精鋭”であるという話はにわかに信じがたい。


 三人はお互いに顔を見合わせると、待ってましたと言わんばかりに敬礼をしながら答えた。



「小官、恥ずかしながら今年の頭にゲームセンターをクビになったであります!」

「自分は先月まで東京消防庁第六消防方面本部消防救助機動部隊に所属しておりました」

「……職業は機械魔導士メカニック・キャスター、スキルツリーはシャドスナからのキルバコンボ特化……」

「待て待て待て、ユッキー。なんだそのなんたらスターってのは」


 ユッキーは眉をぎゅむっとひそめると、今までになく饒舌じょうぜつに語り始めた。


「……メカニック・キャスター。魔導ガジェットによる前衛バフと後方からの火力サポートを専門とするジョブ。ちなみにレベル189で世界ランキング1位」

「隊長殿! ゲームの話であります!」

「そっかなるほどな。よしユッキー、ゲームの中の話は一旦置いておこうか」

「……家で、毎日、ゲームしてた……仕事は……してない……」

「なるほどね……なるほど……」



 太陽は赤いマスクの下で、仲間たちに悟られないよう下唇を噛んだ。


(消防士はまだいいとして、ゲーセンの店員に引きこもり……ヒーローどころか一般人もいいところじゃねえか!!!)


 衝撃の事実を突きつけられ黙り込んだ太陽に、スナオがフォローを入れる。


「ご安心くださいであります隊長殿! 小官たちはあの『ヒーロー試験』を突破した正真正銘の精鋭であります!」




 ――ヒーロー試験――。




 その一言で、太陽はようやくすべてを察するに至った。


 公務員であるヒーローとして活動するには、原則として二年制のヒーロー学校を卒業して資格を得る必要がある。


 それ以外の場合だと、外部委託契約を結び特例としてヒーロー活動を行っているパターンが存在していた。

 というより、全国五万人のヒーローのうち半数近くが後者である。



 だが正規職員と外部職員の就業格差を是正するという名目で、今年度から取り入れられることになったのが『ヒーロー試験』であった。


 受験資格は日本国籍を有していることと、満26歳以下であることのみ。

 合格判定基準はヒーローとしての素養、この一点のみである。



 毎年人材不足に悩まされているヒーロー本部が、ヒーローの質低下を懸念する反対意見を押し切り。

 守國一鉄長官主導のもと実施にこぎつけた、いわば一芸で誰でもヒーローになれてしまうという特別制度だ。


 もちろん倍率はとてつもなく高く、合格者はひとチームにつきひとりまで配属可能という規則になっていたはずなのだが……。



(それが三人もオリジンフォースに!? いったいなんの手違いだ!?)



 つまりヒーロー本部がいうところの精鋭とは、実戦経験豊富なヒーローという意味ではなく、突出した一芸を持つ新兵のことだったのだ。


 ヒーロー本部から“精鋭たち”としてオリジンフォースに送り込まれたメンバーは、誰ひとりヒーローとしての実戦経験を持ち合わせていない“ズブの素人集団”なのであった。



 太陽はふらつく足下でなんとか踏みとどまると、頭の中で対策を巡らせる。


 オリジンフォースの復活は嬉しいが、実の姪に加えて素人三人を抱えているとなれば話は別だ。

 殉職者が出てからでは遅いと、今すぐにでも本部に問い合わせるべきだろう。



 だがもし彼らを本部に突き返したとしたら、オリジンフォースはいったいどうなる。

 そもそもオリジンフォースの復活は、長官直々に推薦状を書くような特殊人事だ。


 上層部に顔が立たないどころか、下手すれば左遷どころの話ではすまない。

 最悪、クビが飛ぶことも覚悟せねばならないだろう。



「よし、俺は決めたぞ」



 自分のことはまだいい。

 しかし彼らが弱いといつきの身に危険が及ぶのだ。


 太陽はマスクの下で静かに瞳を燃やす。

 やるしかないのだ、このメンバーで。



「俺がお前たちを一人前のヒーローにしてやる!」



 太陽は拳を握りしめて大きく突き上げた。


「覚悟はいいかお前たち!」

「「「おおーーーっ!」」」



 ボロ倉庫に隊員たちの掛け声が響いた。



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