第十五話「オリジンシューターC型」

 ヒーローの仕事はなにも、怪人の検挙・殲滅だけではない。


 国家公安委員会に属する治安維持組織である以上、現場の後処理もヒーローの立派な仕事のひとつである。



「どああああああ!! やっちまったーーーーーッ!!」



 太陽の目の前には、半壊した板橋区役所。

 そして崩落し寸断された首都高速が横たわっていた。


 一見すると大型地震の直撃か、絨毯じゅうたん爆撃でも受けたかのようだ。



 これをひとりの人間がやったと、誰が信じようか。



「わぁー! すごいであります隊長殿! 汚い花火もまっさおであります!」

「……面制圧……ロマン兵器……脳死安定で怪人討伐高速周回できる……!」


 はしゃぐスナオやユッキーとは裏腹に、太陽は赤いマスクの下で青を通り越し群青色の顔をしていた。


「隊長、被害状況の確認完了いたしました。幸いにも致命的な人的被害はありませんが、近隣の板橋警察署で署長が泡を吹いて卒倒したそうです」

「うぉぉんモモテツぅぅ! お前がいなきゃ今頃俺……俺はぁ……!」


 リベルタカスとの戦闘中、モモテツたちはザコ戦闘員の相手やら住民の避難誘導をしていた。

 太陽が出した指示を愚直に、それこそ脇目も振らずに成し遂げた彼らおかげで、人命だけは守られたというわけだ。


 まるで融通が効かない点は今後改善していくとして、いまは死者が出なかったことを感謝すべきなのだろう。


 問題は果たしてその“今後”があるかどうかだ。



 寸断された首都高に、半壊した市役所庁舎。

 “レッドパンチ”の影響範囲内にあったもので、原型を留めるものはなにひとつない。


 瓦礫の山と化した街並みの惨状を見て。太陽は思う。

 これは正義のヒーローというよりテロリストの所業なのではないかと。



 いつきのほうを見ると、太陽と同じく大きく肩を落としてうずくまっていた。

 まるで戦場じみたなかなかショッキングな光景だ、無理もない。



 太陽はいつきの隣に座ると、その肩をぽんと叩く。


「よう、お疲れさん」

「……ッ!? オリジンレッドさん……!」


 まるで太陽の存在にいま気づいたと言わんばかりに、いつきは身体をビクンと震わせた。

 あっという間に顔も耳も真っ赤に染まり、目にはうるうると涙が溜まっていく。


「あのっ、私っ……謝らなきゃいけないことが……! 本当に、わざと壊したわけじゃないんです……」


 オリジンシューターを壊してピンチを招いたことを言っているのだろうかと、太陽は察する。

 原因が風呂を沸かそうとして水没させたとあっては、涙目になるのも致し方ない。


 確かに意図的に壊したとあっては責を負うべきだろうが、そうは言っても整備不良は日常茶飯事だということを太陽はよく知っている。

 あまり気にするようなことではないと、フォローしてやったほうがいいだろう。


「ああ、まあ使い物にならなくなっちまったわけじゃねえ。ちょっといじりゃあすぐ直るんじゃないか?」

「そ、そういうものなんですか? 私……仕組みとかぜんぜん知らなくて……」

「それなら今度じっくり見てみりゃいい。俺のはちょっと古いけど、お前のは新しいだろ? 俺にもあとでお前のやつをじっくり見せてくれよ」

「そんなのできません!!! む、無理です!!!!!」


 いつきは真っ赤な顔を両手で覆いながら後ずさりする。


 たしかに秘密兵器というものは機密情報の塊だ。

 それも最新型となればたとえチームメンバーであってもおいそれとは見せられないということなのだろうか。


 それではいざというときに応用が利かないのではないだろうか思うものの、これも時代の変化かと太陽はひとり納得した。


 いつきはそんな太陽に、心配そうな顔を向ける。


「それよりその……本当に大丈夫なんですか? ちゃんとなおるんですよね?」

「どうだろうな。前みたいに撃てるようになるには専門家に見せてみねえことには……。素人がいじったら暴発しちまうかもしれねえしよ」

「暴発するんですか!? 出ちゃうんですか!?」

「俺の後輩でそういうやつがいたんだよ。なんにも触ってねえのにバンバン出ちまうようになっちゃってさ。ま、そうなったら廃棄だな」


 太陽は赤いマスクの下で思い出し笑いをこらえるのに必死だった。

 たしか重厚戦隊シールドバリアンのリーダーだったか、あれはじつに傑作であった。


 いっぽうのいつきはというと、なんだかもう今にも泣きだしそうな顔をしていた。


「廃棄……!? ごめんなさい。私……私のせいでそんな……」

「そう思うなら、今度からはあんまり乱暴に扱わず、優しく握ってやってくれ」

「はい……そうします……」

「どうしても欲しいって言うなら、俺のを使わせてやってもいい。まあ毎日ってわけにはいかねえけど」


 太陽はそう言っていつきの頭にぽんと手を置く。

 まるでそれが合図であったかのように、いつきは太陽の胸に顔をうずめた。


「へっ?」


 たかが支給品の光線銃のことで感極まってしまったのだろうか。

 しかし太陽には、今ひとついつきの意図が読めない。


 なにかが致命的に食い違っているような気がする。


「あの、私……オリジンレッドさんがどうしてもって言うなら……覚悟はできています」

「なにが?」

「……アレの話ですよね?」

「アレって?」


 いつきは胸に顔をうずめたままイヤイヤと首を振る。

 それがどうにもくすぐったいのだが、密着しているせいかいつきの心臓が凄まじい勢いで跳ねているのがわかる。


「悪い、いつき。はっきり口で説明してもらえるかな。お前の口から聞きたいんだ」


 太陽は両手でいつきの肩を掴み、胸から引きはがして視線を合わせる。

 いつきの顔はもう茹でダコをトマトスープで煮込んだぐらいに真っ赤っかだ。


 正面から見つめられもう逃げられないことを悟ったのか、いつきは観念したように震える唇を動かした。


「私、つい本気で蹴っちゃって……その、オリジンレッドさんの……ちん……」

「よおしわかった! それ以上言うんじゃない! 俺はもう忘れた! いつき、お前も忘れるんだ!!」


 太陽は記憶よ消えろとばかりにいつきの身体を前後に激しく振った。

 無論そんなことをしたところで致命的なすれ違いが是正されるわけなどないのだが。


「忘れたりなんかしません! 私本気です! 本気で、その……オリジンレッドさんが……本気でって言うなら!」

「はいストップ! ばか言っちゃいけません! いつきにそういうのはまだ早いの!」

「こっ……こここ、子供扱いしないでください!!!」

「あっ、おいちょっと待っ……!」


 そう早口でまくし立てるのと同時に、いつきの周囲に風が巻き起こる。

 ドンッとアスファルトを蹴り上げると、その身体は砲弾のように空へと飛びあがった。


 太陽の制止も聞かず、いつきはビルの屋上を器用に跳ねながら去っていった。



「うーん……これは後が大変そうだ……」



 遠くで救急車のサイレンが鳴っていた。




 ………………。



 …………。



 ……。




 警視庁とは皇居をはさんで真逆に位置する東京都千代田区神保町。


 半分の月に照らされ闇の中に浮かび上がるように、そのビルはそびえ立っていた。


 正式には“国家公安委員会こっかこうあんいいんかい局地的きょくちてき人的災害じんてきさいがい特務事例とくむじれい対策本部たいさくほんぶ庁舎ちょうしゃ”という長ったらしい名前がついているのだが、昭和の末期にテレビアナウンサーが舌を噛んで放送事故を起こして以来『ヒーロー庁舎』と呼ばれている。


 最上階に位置する長官室で、守國もりくに一鉄いってつは補佐官から報告を受けていた。


「以上が、先日発生した赤羽駅襲撃事件と、本日の首都高速爆破事案に関する概略です。詳細につきましては、プリントアウトしたものがこちらに」

「うむ、ご苦労。しかしこうも露骨にオリジンフォースを狙い撃ちか。ずいぶんと期待・・されているようだな」


 守國は資料に目を通しながら太く骨ばった岩のような手で白髪頭をぼりぼりとかいた。

 まくられた袖から覗く上腕は、還暦を幾分過ぎた身とは思えぬほどにたくましい。


 ヒーロー本部長官・守國一鉄はこの剛腕一本で、現役時代は千にも及ぶ怪人を打ち破ってきた文字通り“生ける伝説”であった。

 キャリアとしては現役時代も含めて半世紀にも及ぶ、まさにヒーロー本部そのものである。



「ほう、撃ったのかあのばか」

「レッドパンチによる被害で破壊された首都高速のみならず、板橋区役所ならびに警察署を含む周辺地域にも甚大な被害が出ています。衝撃波が地下まで達していたため、地下鉄三田線にも大きな影響が」

「はっはっは! そりゃあおかみが黙ってねえだろうな!」



 守國は豪快に笑い飛ばすと、資料をぺらぺらとめくった。

 口元に笑みをたたえてはいるが、その目は真剣そのものである。


「とうの怪人は欠片も残さず消し飛んだってか。こりゃあ上を説得するのは骨が折れそうだ。せめて人類絶滅団とやらの尻尾を捕まえられりゃあ、どうとでも言いくるめられるんだがな」

「情報分析室によると、二日間にわたる局人災きょくじんさいの攻勢はオリジンフォースを狙った意図的なものである可能性が高いとのことです」

「不屈戦隊オリジンフォースは重要なテストケースだ。ここで潰されるわけにはいかん」

「おっしゃる通りかと存じます」



 年季の入った長官机に広げられているのは、オリジンフォースに抜擢された五人の“精鋭たち”の人事資料である。



 彼らを選出したのは守國長官以下、副長官、作戦参謀本部長、情報分析室長、研究開発室長、人事編成室長といった最上層部、ヒーロー本部でも古参の面々であった。



「朝霞、情報を売っていそうなやつをあぶり出せ。ただし情報分析室は通さず独自に動いてもらうことになる」

「かしこまりました」


 朝霞と呼ばれた補佐官の女性は、メガネをクイッと上げると一礼して長官室を出ていった。



 ひとり残された守國は煙草に火をつけ、ゆっくりと窓際へ歩み寄る。


 静かに吐き出された紫煙が、眼下に広がる東京の夜景を覆い隠した。



「なに、俺の面目を潰したいやつなどごまんといるさ」



 現役を退いて久しい彼の眼は、老いを感じさせぬほどに鋭く闇を見つめていた。





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