第八話「頼れる仲間たち」

 怪人たちによる赤羽駅襲撃事件の事後処理も終わり、すっかり夕暮れ色に染まった北東京多摩川沿いの物流倉庫街。

 その一角にひっそりとそびえる廃墟、もとい局人災北東京支部には四人の男女が集まっていた。


 オリジンフォース・リーダー、オリジンレッドこと火野ひの太陽たいよう

 そして悪しき怪人の魔の手により人質となっていた、三人の仲間たちだ。



「いやあー、初日から大ピンチでありました! 隊長殿たちがいらっしゃらなければ、小官しょうかんぽっくりちーんと殉職していたところであります!」

「隊長、うっ……自分は、自分は自分が不甲斐ないです……! このご恩は必ずお返しします!」

「…………ありがと、たいちょ」



 命の危機であったというのに、あっけらかんと明るい金髪のバンダナ少女。

 ピンク色のポロシャツを筋肉でパツパツにしながら、むせび泣く若い男。

 そしてボロボロのソファでぐったりする、黒いパーカーの少年、いや少女だろうか。



「あー、礼なら……」



 あとでいつきに言ってやってくれ。

 そう言いかけたところで太陽は思いとどまった。


 いまいつきは怪人の毒を受けて治療中だ。

 さきほど医療班から『命に別状はない』との通信を受けたところである。


 なぜか通話相手の医務官は半笑いであったが。


「いや……、仲間に限らず、市民を守るのがヒーローの仕事だ。礼は気にすんな」

「ひゅおーぅ! かっこいいーであります隊長殿!」


 なんにせよ太陽は、姪であるいつきをこの局人災北東京支部に再び連れてくるつもりはなかった。

 ヒーロー本部肝入りの“精鋭部隊”に、いつきが選抜されるなんてなにかの間違いに決まっているのだから。


 精鋭たる彼らとまともに話す機会も、きっともう巡ってはこないだろう。


「こんど小官も真似するであります!」

「おう、どんどん真似しろ」


 太陽は金髪少女に向かって親指を立てながら、残りのふたりにちらりと目をやる。


 本当に人質として捕らえられていたのか疑いたくなるほど底抜けに明るい金髪少女とは対照的に、彼らの面持ちは暗い。

 いや本来はこうあるべきなのだろうが。


 少しでも場を和ませようと、太陽は特に落ち込みが激しいピンクシャツの男に話を振った。


「それにしても今日は災難だったな。とんだ顔合わせになっちまった。まだお互いまともに自己紹介もできてないってのに、な!」

「恐縮です、隊長。……お気遣い感謝いたします」

「はっはっは、そんなに落ち込むなよ。えっとモモシロくんだっけ?」


 筋骨隆々の男はすぐさま立ち上がると、ビシッという音が聞こえてきそうなほどに綺麗な敬礼する。


「はっ! 改めまして、自分は桃城ももしろ鉄次てつじと申します! 不肖ながら、このたびオリジンピンクとして北東京地区の治安維持任務を拝命いたしました!」


 気合いが入りすぎたせいか、ピンクのポロシャツの一番上のボタンがはじけ飛んで赤いマスクのおでこに当たった。


「自分のことはお気兼ねなく“モモテツ”とお呼びください!」

「ああ、うん。よろしく」

「恐縮です、オリジンレッド隊長! 御高名ごこうめいはかねがね伺っておりました! 自分は感無量です!」

「御高名ってのはありがたいんだけど、それいつの話?」


 さすがに今日から同じチームのメンバーとして背中を預ける相手だ。

 少しはオリジンレッドとしての活躍やら評判を耳に入れてきたということだろう。


 最近の評価はさっぱりなので、なにもそこまでガッチガチに緊張することはないと太陽としては思うところなのだが。



 モモテツに続けとばかりに、金髪少女も元気よく敬礼する。


小官しょうかんはオリジンイエロー、山吹やまぶき素直すなおであります! 素麺そうめんの素に、直線番長の直と書いて“スナオ”であります! よろしくお願いします隊長殿!」

「ああよろしく。……頭にホコリついてるぞ」

「向こう傷はほまれであります! それとこっちがユッキーであります!」



 黒いパーカーの“ユッキー”はホコリまみれのボロソファに突っ伏していた。

 今日はよほど疲れたのか、スナオからの呼びかけに対しかろうじて顔を上げながらこたえる。


「……オリジンブラック……雪見ゆきみ……」

「おう……ユッキーはもう帰って休んだほうがいいんじゃないか?」


 健康を絵に描いたような金髪少女・スナオとは対照的に、ユッキー……雪見はあまり外に出ないタイプなのだろう。


 ぐったりとソファに預けられた華奢な体は、いかにも力仕事に向いてなさそうにみえる。


 そして相変わらず少年だか少女だかよくわからないが、こういうときは直接聞いていいものだろうか。

 昨今いうところのパワハラセクハラになりかねないため、太陽はそれ以上の言及を避けた。



「あの……隊長」



 ずっと神妙な面持ちをしていたモモテツが、大きな体を見るからに委縮させながら太陽に話しかける。


「どうしたモモテツ」

「いえ、なにか飲み物をれようかと思ったのですが、隊長はコーヒーと紅茶のどちらがお好みかお伺いできればと思いまして」

「……コーヒーでいい」

「了解しました!」


 モモテツが力いっぱい敬礼すると、厚い胸板に押し上げられたピンクのポロシャツの第二ボタンがはじけ飛ぶ。

 まるで意識の高い防災訓練のように機敏な動作で回れ右をすると、モモテツは駆け足で給湯室へと向かった。


「なにはともあれ、不屈戦隊オリジンフォースは今日から……」

「隊長! 緑茶のティーバッグを発見いたしました! いかがいたしましょう!」

「ようしモモテツ、落ち着いてくれ。今後M●LOが発見されようが蛇口からポ●ジュースが出ようが俺はコーヒーで構わない。砂糖もミルクもいらない」

「了解しました!」



 太陽はマスクの下で思わず苦笑いを浮かべた。


 しかし随分とこう、天然というか応用が利かないというか、スナオやモモテツを見てもあまり“精鋭”という感じがしないのは何故だろうか。

 ユッキーに至ってはもう立ち上がる気力も残っていないように見えるのだが。



 いや、少なくともその実力は折り紙つきのはずだ。

 なにせ他ならぬヒーロー本部がそれを保証しているのだから。


 どう見ても戦えなさそうなユッキーだって、きっとこう見えて強力な念動力が使えちゃったりするのかもしれない。

 太陽は自分の中に芽生えた疑問を握りつぶして無理やりに納得した。



 イエロー、ピンク、ブラック。



 彼らこそオリジンフォースの新たなメンバーであり、ヒーロー本部に選抜された精鋭なのだ。

 今日は怪人たちの卑劣な待ち伏せにより不覚を取ったが、きっと各々が凄まじい実力を秘めているに違いない。




 …………。




 赤いマスクを半分ずらし、運ばれてきたコーヒーを口にしながら、あたりさわりのない会話を弾ませる。

 とはいえほとんど太陽が質問攻めにあっているような形だが、時間はあっという間に過ぎて気づけば日も沈んでいた。


 いたずらに時間を浪費したわけではなく、本日合流予定の最後のひとり“司令官”を待っていたのだが。

 どうやら初日からアクシデントが発生したため、本部で書類仕事に追われているらしい。


 こうなると怪人が出現しない限りは特にやることもないため、一同解散という流れになった。


「それじゃ明日もよろしく頼むぞみんな!」

「了解であります! 小官、明日こそいいところを見せるであります!」

「はっ! 末永くよろしくお願いいたします!」

「……定時回ってる……もう動きたくない……今日はここで寝る……」

「いいから帰ってお布団で寝なさい」


 スナオ、モモテツ、ユッキーの順に見送ると、太陽は明かりの漏れるボロ倉庫の前で大きく伸びをした。

 周囲に民家や商業施設がないせいか、一応都内だというのに星がずいぶんと綺麗に見える。



 太陽がゆっくりとマスクを外すと、冷たい夜風が頬をなでた。

 こうして夜空を見上げるのは、いったい何年ぶりだろうか。


 星々をたたえた空の真ん中には、半分欠けた月が浮かんでいた。



「さてと、報告書だけまとめて帰るか。今日はいつきも帰ってこねえだろうしな。しっかし……なんか忘れてるような……」



 太陽にはひとつ、気がかりなことがあった。



 それは怪人たちが、どうやって顔合わせ前の“オリジンフォース”を襲撃したかというものだ。


 ヒーロー本部主導のもとで行われたオリジンフォースの再結成。

 それに際して、怪人たちが待ち伏せを敢行し仲間たちを襲ったのは“顔合わせの前”である。


 仲間たちは北東京支部に向かうべく、赤羽駅で集合していたところを奇襲されたのだ。

 リベルタカス率いる怪人たちは、いったいどこで彼らの動向に関する情報を仕入れたのか、それだけが疑問であった。



 問題となるのは、怪人たちがどこまで情報を得ているかという点だ。

 隊員しか知りえない動きを把握しているとなると、ひょっとするとこの北東京支部の場所も知られているかもしれない。



「へっぷし! おぉ、さむ…………っ!?」



 そのとき、太陽の背筋にぞくりと悪寒が走った。


 長年の勘が告げている、これはけして寒さからくるものではないと。

 肉体が本能的に警戒心を高めているのだ。


 秘密基地の位置を知られた結果、怪人による襲撃を受けて壊滅した支部も少なくない。

 だからこそ、きっとこの北東京支部もあえてボロ倉庫に偽装しているのだ。



 警戒心を一瞬で最大にまで引き上げた太陽は、いつでも奇襲に対応できるよう身構える。



「おい、そこにいるのは誰だ! 出てこい!」



 太陽は脇のホルスターからオリジンシューターを引き抜くと、倉庫街の塀に向かって叫んだ。


 動物的な勘であったが、間違いない。

 闇の中から何者かがこちらに視線を向けている。



 その人物は、まるで警戒もせずに、ゆっくりと塀の陰から姿を現した。


 倉庫から漏れる頼りない蛍光灯の光が、男の顔を照らす。

 男の顔を見るなり、太陽は思わず『あ』と声を発した。




「……先輩、俺はいつまでここで待ってりゃいいんですかね」



 恨めしそうな顔をした、後輩の栗山であった。





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