第七話「ブルーとの共闘」

 シュビン! シュビン! シュビン!


 寸分も違わぬ精度で放たれた光線が、人質たちを吊るし上げていたロープを焼き切る。

 捕らえられていた男女は数メートルの高さからスマキ状態のまま落下して「ぐえっ」という声をあげた。



「ようやくお出ましか……待ちくたびれたぞ。あと我の眼帯を弁償しろ!」

「ばか言わないでくださいよ気持ち悪い」

「きもっ……気持ち悪いだとぉォ!? 貴様おい貴様ゆるさんからな貴様! 囲んで袋叩きにしてやるぞ貴様! 泣いて謝っても許さんからな貴様ァ!」


 怒りで言語中枢がいかれた漆黒怪人リベルタカス、および麾下きかのザコ戦闘員およそ二十体。

 圧倒的劣勢の中、青いヒーローは正面から堂々と立ち向かっていった。


 あまりにも無謀でありながら、その立ち姿はまさに不退転のヒーローそのものである。

 突如現れた戦士・オリジンブルーに一瞬気圧された怪人たちであったが、彼女がひとりであることを悟るや否や一糸乱れぬ動きで戦闘態勢を整えた。


「我が眷属けんぞくたちよ、哀れな彷徨人ほうこうにん聖餐せいさんにえにしてやれ!」

「ほうこうにん……? せいさんの……にえ、ウィ……?」

「数で囲んで袋叩きにしろと言っているんだよお! わかりにくくてごめんなほんとお!」


 リベルタカスの号令により、十人ほどのザコ戦闘員たちがオリジンブルーに殺到する。


「「「ブッ殺ウィーーーッ!」」」

「上等です! みんなまとめてかかってきなさい!」


 ブルーは身を低く構えると、軸足で強く地面を蹴った。

 硬いブーツの靴底が、弾丸のような速さでザコ戦闘員の顔面を蹴り抜く。


「ウゲボアウィーーーッ!?」


 黒いタイツの身体が、バックフリントのようにぐるぐる回りながら吹っ飛んでいく。

 ザコ戦闘員はそのまま30メートルほど飛んで薬局の二階に突っ込んだ。


 ブルーのキックの威力は、人間の少女が放つパワーを遥かに超えている。

 ヒーロースーツによる身体能力増幅効果の賜物たまものであった。


 しかし高威力の大技は、同時に大きな隙をもたらす。



「ちくしょうウィ! かたき討ちだウィー!」



 蹴りで体勢が崩れたブルーに、他の戦闘員たちが襲い掛かる。


 だが。



「必殺レッドまきびし!」

「いてぇウィーーーッ!?」



 突如ばらまかれたまきびしを踏んで悶絶するザコ戦闘員たち。

 ブルーをカバーするように、赤いヒーローが戦場へと割り込んだ。


「オリジンレッド……さん!」

「いつ……じゃなかった、ブルー! お前は留守番してろって言っただろ。どうやってここまできた」

「一生懸命自転車をこいできました! お叱りは後ほど!」

「……来ちゃったもんは仕方ねえ……。けど、いいか! 絶対に! ぜぇったいに無茶はするなよ! ちょっとでも怪我しそうになったら一目散に逃げろ、いいな!」


 赤と青、ふたりの戦士が背中をぴったりと合わせて無数の敵と対峙する。

 ブルーは太陽の命令に背いたことに多少の負い目に感じているのか、敵に向かって啖呵たんかを切ったときとは打って変わってどこか歯切れの悪さを感じさせた。


「あ、あの……オリジンレッドさん、私……迷惑でしたか?」

「それは後で考える。今はとにかくこの場を切り抜けるぞ」


 正直なところ、ヒーローとしてはこれ以上ないぐらい完璧なタイミングだったと、太陽は思う。

 蒼馬いつき、太陽の姪には天性の素質のようなものが備わっているのかもしれない。


 だがそれとこれとは話が別だ、まだ世間話ができるような状況ではない。


「ブルー、いいか。ヒーローってのは自分の命あってこそだ。敵をよく観察しろ。殺傷力の高い武器を持ってるやつは全力で避けるんだ」


 太陽の言葉に落ち着きを取り戻したのか、オリジンブルー・蒼馬いつきは静かに闘志を燃やす。


「……了解しました。オリジンブレイドを展開します!」

「えっ、なにそれ? 俺そんなの知らないんだけど!?」


 いつきは太陽に背中を預けると、腰に装着されていた筒のようなものを手に取って軽く振った。

 ヴン……という音とともに、光の刃が展開される。


 青い戦士は光線銃と光る剣を両手に構え腰を低くすると、迫るザコ戦闘員たちに真っ向から突っ込んだ。


「必殺ブルースラッシュ!!」

「「「ウィーーーッ!?」」」


 右手に剣を、左手に銃を構え、オリジンブルーは踊るように敵を蹴散らしていく。

 想定を上回るブルーのパワーとスピードに、他のザコ戦闘員たちが一瞬たじろいだ。


 太陽は猪よろしく敵陣に斬り込むいつきに唖然としながらも、オリジンシューターの安全装置を解除する。

 長年蓄積された戦闘経験値が、太陽の身体を自然と動かしているのだ。



 ほんのわずかな隙を、太陽は見逃さない。


 一見同じように見えるザコ戦闘員たちだが、彼らも生きた怪人だ。

 すぐさま状況を頭の中で整理する者もいれば、驚きのあまり動きが固くなる者もいる。


 動揺はほんの一瞬に過ぎないが、わずかな違いは“揺らぎ”となり明確に表れる。



「そいつだ!」

「グェェウィーーーッ!」



 太陽の旧型オリジンシューターが無数の火を噴き、ザコ戦闘員のひとりが全身から火花を散らす。


 次の瞬間、それまで統率の取れていたザコ戦闘員たちの動きに乱れが生じた。



「ああっ! 強欲ごうよく隊長がやられたウィーッ!」

「なんだってウィ!? あの強欲隊長が!?」



 元人間である怪人の脅威はその社会性にある。

 だが同時に、それは彼らの急所であった。


 見た目こそかわらないザコ戦闘員たちだが、戦闘集団である以上は必ず彼らを取りまとめている者がいる。

 そして要となっている者さえ仕留めてしまえば、彼らはその最たる武器である連携を活かせなくなるのだ。


 これは太陽が20年というヒーロー生活の中で、数多の戦闘経験から見出した必勝戦術であった。



「……? 急に動きが……?」



 太陽の地味な戦術に気づくこともなく、いつきはなぜか急に統率の乱れたザコ戦闘員を次々と斬り伏せていく。

 猪突猛進に大技を連発する青い戦士と、サポートに徹する赤い戦士の見事な連携は、あっという間に怪人たちを劣勢に追いやった。



 怪人を率いるネームド、リベルタカスの頬に冷や汗が伝う。


「どどど、どうして俺たちがされているんだ!? 話が違うじゃないか!? ……くそっ! 哀しきうたを奏でる堕天使たちよ。コキュートスへと立ち還り、今しばらくその傷ついた翼を休めるのだ!」

「だてんし……? こきゅーとす……ウィ……?」

「今すぐ撤退だって言ってるんだよお! ごめんねわかりにくくてえ!!」



 リベルタカスは号令を発すると、ザコ戦闘員たちとともに倒れた仲間を担いで一目散に逃げていった。




「あ、こら! 待ちなさい!」




 逃げる怪人たちを追いかけようとしたいつきの肩を、赤いグローブが掴む。



「無理に追わなくていい!」

「でも……!」

「体勢を立て直して待ち構えられると厄介だ。それに避難が完了してない市街地で本気を出させるわけにはいかねえだろう。そんじゃ、行動終了ってことで」


 ふたりの身体を赤と青の光が包み込み、一瞬にしてスーツが収納される。

 とはいえ太陽の顔には赤いマスクが装着されたままではあるのだが。


 いつきはなおもなにか訴えようとしていたが、すぐに指を組んでうつむいた。



「ごめんなさい……」



 役に立ちたい一心からの行動だったが、既に一度命令に背いていることに違いはない。

 いつきはまるで怒られるのを待つ子供のようであった。




 一度は背を預け合ったふたりのヒーローの間を、重い沈黙が流れる。


 いつきの言う通り、追撃をかけて後顧こうこうれいを絶つべきだという考えも太陽には理解できる。

 充分な戦力があれば、太陽もいつきと同じ判断を下しただろう。


 だがいまの太陽には、それよりもはるかに気になることがあった。



「いつき! お前怪我はないか!? どこか痛むところは!?」

「えっ……あっはい! 大丈夫です!」

「頭とか打ったりしてねえだろうな? 後からくるパターンもあるんだ。むかし俺の先輩がそれでぽっくり逝っちまった。念のため今からでも本部で精密検査を……」


 そう言いながら太陽はぺたぺたといつきの瞳孔を確認し、脈をはかる。

 手首を握られたいつきは、突然のことにされるがままであった。


「いいか、いつき。三割・・だ。三割の新人が初陣で怪我をする。就任一ヶ月以内なら七割だ。中には殉職するほどの大怪我を負うやつだっている。なにかあってからじゃ遅いんだ、わかるか?」


 赤くて冷たいマスクが、いつきのおでこにゴチンと当たる。


「熱は……うん。さっぱりわからん」

「ちかっ、あの、近いですオリジンレッドさん……!」

「ずいぶんと顔が赤いな。脈もはやくなってる。ひょっとすると、毒の類をもらっちまってるかもしれねえ。毒といったら俺がまだ駆け出しのころに同僚のイエローが……」

「ほんとに、ほんとに大丈夫ですから!」


 いつきは“オリジンレッド”から慌てて距離を取り、しゃがみこんで両手で顔を覆った。


「おいやっぱり体調が悪いんじゃないのか!?」


 太陽が背を向けるいつきの肩に手を置こうとした、ちょうどそのとき。

 割れたアスファルトを踏みしめながら、特殊車両が駅前ロータリーに到着する。


 グレーの装甲に躍る“局人災”と書かれた白いゴシック体。

 車両から姿を現したのは、全身合計100キロはあろうかという重装甲を身にまとった男たちであった。


「援軍到着遅くなりました! 重厚戦隊シールドバリアン、現場を引き継ぎます」

「待ってたぞシールドバリアン。オリジンフォースに負傷者が出た。外傷はないが毒をもらってる」

「なんだって!? それは大変だ、いますぐ守護まもらなければ!」

「えっ!? あのっ!」


 重装備の男たちは手際よくいつきを担架に寝かせて軽々と持ち上げるなり、装甲車に放り込んだ。


「待ってください、私はなんともないですから!」

「安心しろ、ヒーロー本部の医療チームは優秀だ。ちぎれた腕をくっつけたことだってある。頼んだぞシールドバリアン」

守護シールド完遂コンプリート! 守護まもってみせるぜ、仲間の命!」

「オリジンレッドさぁーーーん!」


 いつきを乗せた装甲車は、サイレンを鳴らしながら猛スピードで去っていった。



「これでよし……さて……」



 太陽はやれることはやったとばかりにぐるりと肩を回すと、残された仲間たち・・・・・・・・と向かいあった。



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