第六話「漆黒の怪人」

 “赤羽駅”

 東京23区の東西を駆ける埼京線と京浜東北線を接続し、首都圏を南北に貫く大動脈の主幹に位置する北東京の玄関口である。


 太陽が現場に駆けつけたとき、赤羽駅前はすでに阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。


「「「ウィー! ウィッウィッウィッ!」」」


 飛び交う悲鳴と砕け散る窓ガラス。

 ところどころで車が爆発炎上し、ロータリーは濃い煙に包まれている。


 そんな大混乱の中、黒いタイツの集団が逃げ惑う一般市民たちを追い掛け回していた。


「ウィヒヒヒー! かよわい人間を追いかけ回すのは気持ちが良いウィー!」

「うおおおザコ怪人どもめ神妙にしろ! 全国に十万人の門下生をかかえるプロ総合実戦格闘家・万重森まんじゅうもり濁山だくさんが相手だ!」

「素人はひっこんでろウィーーーッ!」

「んあああァーーーッ!?」


 果敢にも立ち向かった自称プロ格闘家は、あっという間に素っ裸に剥かれて信号機に吊るされてしまった。


 ザコ戦闘員などと銘打ってはいるが、彼ら一体一体が人類とは比べ物にならないほど強靭な肉体を誇る怪人である。


 名のある怪人からすれば劣るが、けしてザコと侮るなかれ。

 彼らの戦闘力は生身の人間など遥かに凌駕する。



 そしてなにより警戒すべきは、彼らが元人間であるということだ。

 それがどういう因果か、ある日突然“怪人への覚醒”を経て人外へと至る。


 しかし重要なのは経緯ではなく、元人間だからこそ成し得る社会性コミュニティである。

 つまり怪人たちはただ闇雲に暴力を振りまいているわけではない、知性を持ち合わせた野獣なのだ。


 ゆえに彼らは結託し、組織的に、ゲリラ的に、理性的に破壊活動を行う。


 いつどこで発生するかわからない上に、人の身ではけして抗えない存在による災害。

 怪人たちが“局地的人的災害”と呼ばれ、公安の駆逐対象となっているゆえんである。



「ちょいと出遅れたか……」



 太陽はビルの隙間に身をひそめながら周囲の様子を窺っていた。

 既に赤羽駅周辺は完全に制圧されており、市民のみならず建物にも大きな被害が出ている。


 しかし頼れる仲間たちを人質として取られてしまっている以上、迂闊に身を晒す行動は避けねばならない。



「オリジンレッドより情報分析室。敵の数が報告よりも多い。まずは市民と人質の救出を優先する。詳細な座標を求む」

『こちら情報分析室。当該座標を君の端末に送信した。また人質数名のほか、周辺局人災きょくじんさい戦力に“ネームド”の存在を確認している』

「だろうな」


 ヒーロー本部では怪人の中でもザコ戦闘員とは一線を画す強力な固有個体を、ネームドと呼称する。

 怪人といえば、多くの者はこちらを想像するだろう。



「あいつか……」



 幸か不幸か、太陽が探すまでもなく標的はすぐに見つかった。



「クハハハハァーッ! ずいぶんと楽な仕事だな。我が神殺しの邪眼バロル・ウア・ネトを使うまでもないとは」


 廃墟と化した赤羽駅前で、ネームドはまるで自分の居場所を誇示するかの如く高笑いを響かせる。

 悲鳴が飛び交う中でこれだけ笑い声をあげていれば、見つけられないほうがおかしいというものだろう。



 それは趣味の悪い紫色のロングコートを羽織った、信じられないぐらい顔色の悪い男であった。


 やつこそが局地的人的災害の指揮官、すなわち怪人を相手取るヒーローにとって最も警戒すべき敵。

 ザコ戦闘員たちとは一線を画すオーラをまとった、奇怪なる者。


 片目を隠す黒く長い前髪といい、指のところだけ穴の空いたグローブといい、どの角度から見てもおよそ一般的な人間の感性を逸脱した姿はまさしく怪人の将である。


 将のかたわらにはロープでぐるぐる巻きにされ、ミノムシのように吊るされている三人の男女の姿があった。

 そのうちのひとり、金髪の少女がブランブランと揺れながら叫ぶ。


「ぐぬぬー! 待ち伏せとは卑怯であります! 放すでありますーッ!」

「笑止。命乞いならば冥府でハデスにするのだな」


 怪人の将は勝ち誇ったように両腕を開き、余裕たっぷりに口角を吊り上げる。


「我は『人類絶滅団』の四頭目がひとり。虚ろなる凶星ジェノサイドスター、真名は漆黒しっこく怪人リベルタカス。闇に捧げられし愚かな仔羊たちよ、我が森羅滅生の暗黒呪縛アビスに狂い堕ちるがいい!」


 呪文のような名乗りを上げながら、リベルタカスは前髪に隠された眼帯をなでた。

 まるで秘められた闇の力を、いっさい秘めることなく誇示するかのように。


「ぜんぜんなに言ってるかわかんないであります!」

「うるさい! こういうのがかっこいいんだ! 貴様らはそこで民草たみくさ蹂躙じゅうりんされるさまを、指をくわえて見ているがいい! クハハハハ!」

「指くわえられないであります! ロープをほどいてほしいであります!」

「ああ、うん。そうだね……ってなるかァ!! お前たちは闇に捧げられし供物くもつなの! おそなえものがわめくんじゃァない!」


 縛り上げられた仲間たちの周囲を、リベルタカスのほかに十数名のザコ戦闘員が取り巻いていた。

 とてもではないが太陽ひとりの手に負える数ではない。


 太陽は舌打ちすると、再びオペレーターに通信を繋ぐ。


彼我ひがの戦力差が大きい、援軍の要請は可能か」

『既に予備戦力として重厚じゅうこう戦隊シールドバリアンと、煌輝きらめき戦隊ロミオファイブがそちらに向かっている。到着予定までおよそ1800秒』

「30分後だって!? 赤羽が更地になっちまうぞ。ちくしょう、やるっきゃねえか……」



 太陽はベストの下に仕込んだホルスターから、年季の入った“オリジンシューター”を引き抜いた。

 いかにも古臭いデザインの丸いフォルムはまるでおもちゃのようだが、精度はともかく威力は申し分ない。


 この銃で指揮官を素早く襲撃して拘束すれば、暴れているザコ戦闘員たちは総崩れになるだろう。

 むしろ単騎で集団の敵を撃退するには、他に手段が無い。


 やるしかないのだ、暗殺者じみた急襲作戦が正義の味方としてかっこいいかどうかは別として。



 太陽がビルの陰から漆黒怪人リベルタカスの将に狙いを定めた。

 しかし、トリガーにかかった指がゆっくりと離れる。



「………………っ」



 太陽は照準の先の光景に目を見開く。

 ザコ戦闘員に腕を掴まれ、人質となったオリジンフォースたちの前に引きずり出されたのは。


 逃げ遅れたのであろう、まだ小学校低学年と思しきひとりの少女であった。


「いやー! やめてよぉー!」

「フゥーハハハァ! 大人しくするがいい小娘! そうすれば命は取らないしおやつもくれてやろう!」

「痛いよママぁー!」

「おいガキ、お前にはまだなにもしてないだろうが! 痛いとか言うんじゃない! 我が右腕に封印されし暗黒邪竜ル・デューラに生贄として奉じてやろうか!」


 怪人の将リベルタカスは少女に向かってその邪悪な手を伸ばす。



(くそっ、ダメだ。近すぎる……!)


 オリジンシューターを構えながら、もういっぽうの手で拳を強く握りしめる。


 旧式のオリジンシューターで精密狙撃は不可能だ。

 怪人を狙った弾が万が一にも少女に当たれば、当然ケガ程度では済まない。


「クハハハハ、貴様らオリジンフォースのうち、誰かが身代わりになるというならこの娘を解放してやろう。だが貴様らが己の命を惜しむならば……」

「やめるであります! くさがってるであります!」

「臭がってるってなんだよ! 嫌がってるとかだろそこは! 我は断じて臭くない、ほら嗅いでみろ!」

「うぇぇぇん、イタい上に香水くさいよぉーぅ」


 リベルタカスは紫色のコートの袖を少女に押しつける。


 なんと卑劣かつ凶悪な仕打ちか。

 このままでは少女の心に一生消えないトラウマが植え付けられるのも時間の問題である。


「くさいとはなんだ! 我はこれでも結構気を遣ってるほうなんだぞ!」

「飴の工場みたいなにおいがするよぉーぅ」


 かくなる上は袋叩きにあうのを覚悟で接近戦を挑み、隙を見て少女を救出する他ないだろう。


 だがたったひとりで上手く成し遂げられる可能性は限りなく低い。

 太陽にそれができるならば、何年もくすぶるものか。



「クソガキにはしつけが必要だな。ククク、貴様に俺のデッキを貸してやろう。今夜は我ら人類絶滅団の秘密基地で朝までカードバトルをするのだ」

「わーん! いやだー! 誰か助けてーーーッ!」



 もう一刻の猶予もない。

 

 怪人たちの目的は破壊ではなく、明確に“オリジンフォース”である。


 もはやこれ以外に、少女を救うため残された道はない。

 太陽は意を決し飛び出そうとした。




 ――まさに、その瞬間――。





 シュビン! シュビン! シュビン!



 ビルの死角から放たれた三発の光線が、少女を手にかけようとする怪人の顔面に命中して激しい火花を散らした。

 リベルタカスの片目を隠す前髪が焦げ、彼自身が徹夜で刺繍を施した眼帯がはじけ飛んで炭になる。


「ぐわーーーッ! 痛ってぇーーーーーッ!」

「「「ウィーッ!? リベルタカスさーーーん!?」」」


 極めて頑丈かつ驚異的な再生力を誇る怪人でなければ、一発で頭が吹き飛ぶほどの衝撃だ、それを三発。

 不意打ちをまともに食らったリベルタカスは、顔を押さえながらアスファルトの上をゴロゴロと転がる。



 しかしさすがは怪人なだけあって、リベルタカスは半泣きになりながらもすぐによろよろと立ち上がった。



「ぐうううっ! よくも我のお気に入りの……ではなかった、我が邪眼の枷となりし怠惰なる大鷲の眼帯を……! 貴様いったい何者だ!?」



 激昂するリベルタカスとは対照的に、太陽は呆然と自分の手元のオリジンシューターと頭から煙をあげる怪人を見比べた。


 オリジンシューターの残り弾数は“フル”を示している。

 太陽自身がよくわかっていることだが、当然彼は一発も撃ってなどいない。



 では、いったい誰が。



 漆黒怪人リベルタカス以下、怪人たちが睨みをきかせるその先。

 たちこめる煙の向こうに銀色の銃口が見えた。


 青いグローブが、怪人の腕の中から放り出された少女の頭を優しくなでる。



 その人物は少女が走り去るのを確認すると、ゆっくりと怪人たちに向かって歩きだす。



 一迅の風が吹き抜け煙が晴れると、炎にあおられた青いマスクが目に入った。



 太陽のものと同じデザインだが、ほつれひとつない新品同様の青いスーツの戦士が、砕けたアスファルトを踏みしめ一歩進み出る。



「……ヒーローってのはつくづく、“助けて”って言葉に弱いんですよ」



 マスク越しに聞こえてきたのは、静かな怒りに燃える少女の声だ。

 青い戦士は大勢のザコ戦闘員が取り囲む中、太陽が持つオリジンシューターより何世代も新しい最新型の光線銃を堂々と構えた。




「“烈風の尖刃”オリジンブルー。行動を開始します」



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