第五話 魂操術❶

青年は必死の形相でウヤクを見つめている。


両膝と額は土まみれだ。


「関わりあいたく無いのでは」


「すまん、前言撤回だ、時間は取らせない、頼む」


青年は再び額に土を付ける。


「分かりましたから、頭を上げてください」


「ありがたい、事が終われば馬より早く崖まで連れて行くと約束しよう」


馬のリリーは青年に張り合うように前足で土を蹴り、鼻息を荒くしている。


「それで、私は一体何をすれば良いのでしょうか」


「私の姉を生き返らせてほしい」


ウヤクの視線は青年の真っ直ぐな瞳から少し逸れ土の付いた膝へと流れた。


「それは、出来ません」


「なぜだ」


「私が使う魂操術で生き返らせる事が出来るのは自分とある程度の面識がある人間だけなのです」


「、、、そうか」


「ごめんなさい」


「私がその何とか術とやらを使える様になるというのは」


「貴方は現時点で無意識に魂操術を使っているようなので不可能では無いですが、私と同じ事をするのはかなり難しいと思います」


「くっ、、、」


「それに魂の依代になる肉体が無ければいけません。お姉様の体は」


「もう無い」


「では、、、」


「成す術無しか」


二人の沈黙が続く。気づけば陽はとうに暮れ、木々は月の無い夜空と溶け合っていた。


ふとウヤクは闇の中からこちらを見つめる視線に気づいた。


「あっ」


その声に青年が顔を上げ、ウヤクの視線をなぞる。


「ああ、あれは大丈夫だ」


茂みから顔を覗かせたのは一匹の狼だった。

狼はウヤクへの警戒をしながら青年の下は擦り寄った。


主は狼の首元を慣れた手つきで摩る。途端に張りつめていた狼の顔の緊張が解け、朗らかな表情になった。


「姉さんはこいつの中だ」


「その狼の中ですか」


「ああ、姉さんはこいつの中で生きている」


「、、、なるほど」


ウヤクは星空を見上げ少しの間考え込んだ。


「どうかしたのか」


「いや、もしかするとお姉様に会えるかもしれません」


「本当か」


「本当に僅かな可能性ですが」


「何でも良い、教えてくれ」


「今日はもう真っ暗ですから、明日また話しましょう」


「いいのか、何というか、貴女はすぐにでも命を終わらせたいのかと」


「確かに私は事情があって死ななければいけません。しかし死ぬ前に命の恩人に文字通り恩返しする機会を得たのも何かの縁でしょう」


「ありがたい」


「ではリリー、行きましょうか」


その合図とともにリリーは足をたたみ、ウヤクが背中に乗りやすいよう姿勢を低くした。それでもウヤクにとって一人での乗馬は至難の技だったため青年が補助に加わりようやくリリーに乗ることが出来た。


「そう言えば、貴方のお名前は」


馬上からウヤクが青年に話しかけた。


「私の名はセイだ、貴女は」


「私はウヤクです」


二人は互いに礼をするとその場を後にした。

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