第六話 魂操術❷

リリーから半ば落ちる様にして降りたウヤクは、自室に戻ると混沌とした一日をしばらく思い返していた。


『生きる理由が出来たのなんて何百年ぶりだろうか』


リリーの鼻息が、薄い部屋の壁を超えて物思いに耽るウヤクを現実へと戻す。


喧しいはずのふんふんと荒い鼻息は、不思議とウヤクの心に平穏をもたらし、気づくとウヤクは眠りに落ちていた。


その日ウヤクは夢を見た。


黒鉄の城壁に囲まれた重厚で無骨な巨城。

そこに似つかわしく無い華やかな刺繍の入った服を着た少女。


少女は黒く重たい門を抜け出すと城下に広がる街へと駆けて行く。


左手には花籠。右手にその花籠から取りだした花を持ち、すれ違う人々にその花を満面の笑みとともに渡して行く。


「ふんっ」


愛馬の鼻息によってまたも現実へと引き戻された。


今日に限って長い赤毛が風を受けた炎の如く暴れている。

人と会うのだから手櫛で多少髪を梳かしたいと思ったが出来るわけはない。両腕は遠い昔に無くしている。


毎日のように手足が使えない不便さを痛感していたはずが、いつからか気にならなくなっていた。


それ程粗雑だったとは言え騎士達は自分の手足のかわりになってくれていたのだと感じたウヤクであった。


というわけで髪を梳かせないとわかったウヤクはセイと会う前に急いで水浴びをして来ようと考えた。


扉を開けて、そそくさと外に出るとリリーに目配せをした。


全てを察したリリーはウヤクの前で座り込みウヤクの軽い体が全て自分に預けられたと分かるとゆっくりと姿勢を起こし馴染みの水場へと顔を向けた。


「どこへ行く」


ウヤクの背後からこのタイミングで一番聞きたくなかった、聞き覚えのある声がした。


「あ、ああセイさん」


「どこか用事でもあるのか」


素直に水浴びをしてきたいと言っても何も問題は無かったが、隠れて事を成し遂げたいと思っていたウヤクは咄嗟に


「なんでもないです」


と言った。


リリーはざりざりと前掻きをしていたが全てを察してゆっくりとその場に腰を下ろした。


申し訳ないとばかりにウヤクはリリーの背中をぽんぽんと叩く。


「あはは、おはようございますセイさん」


「おはよう、話をする前に少しいいか」


セイはウヤクの答えを待たず腰のベルトから何かを引き抜いた。それは鉄板に枝が生えたようななんとも荒々しい手製の鉈のような物だった。


「少し足を開いてくれ」


ウヤクは驚きつつセイに言われるがまま足を開いた。


「動くなよ」


セイは待っていた鉈を振り上げ、それを雷の如く地面に叩き下ろした。


ウヤクはその場に尻もちをつく。瞬時に何かが変わった事に気づく。足が少し軽くなった。


「道具が無くこれくらいしか出来ないが」


見ると足枷の鎖は見事に両断されている。


「ありがとうございます」


「いや、大して変わらんかもしれないが、馬には跨がれるだろう」


「十分過ぎるくらいです。これからしばらくの付き合いになると思いますから、貴方と少しでも歩幅を合わせたいですし」


「ん、どう言う事だ」


ウヤクは本題に入ろうとセイの顔を見つめた。


「その前に水浴びをして来ていいですか」

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