第四話 森の民❹

ウヤクの視線の先。


盗賊達が次々と倒れて行く。ウヤクの目では青年の動きを捉えることは出来ない。


ウヤクは事の顛末を見届けず振り返りまた滝の方へと向かって歩き始めた。


途中人影が幾つか目についた。どれも地に伏している。それはつい昨日までウヤクの周りで息をし、会話をしていた者達であった。


数えると盗賊が担いでいた者と合わせて十人。


ウヤクはそれぞれの騎士に深く頭を下げまた前を向く。


しかし滝に向かうには枷のついた足では厳しく、徐々に速度は落ちていった。既に足首に血が滲み足を前に出す度刺すような痛みで目が霞んでいた。


ウヤクは近くに騎士達の馬が居ないか探して回る事にした。


ウヤクにとっては騎士達よりも馬の方が関わりが深かった。毎日のように自分の足の代わりをしてくれる馬達に感謝の言葉を述べ、それぞれの馬に勝手に愛称をつけて呼んでいた程だ。


毎日通いつめた馬舎を見回したが、一頭もいる気配は無かった。その後も思い当たる所は探してみたが見つける事は出来なかった。


腫れて枷に食い込んだ足をどうにか動かそうとするが足先の感覚は薄れうまく動かなくなって来ている。


ウヤクはやむなくその場で少し留まることにした。


草花が傷口に触れるたび激痛が走るのを堪えながら傾いていく陽を眺めていると、異形の影がウヤクの前を覆った。


「ああ、貴女か、驚かせてすまない」


声には出さなかったが表情には驚きが出ていたようだ。


声の主は青年だった。


青年は両肩に盗賊の死体を抱えて持っており、その影がウヤクの目に異形として映っていたのだ。


「その方達は」


「この者達はもう死んでいる」


「先程遠くで見ていました」


「そうか、私の村では死んだ者は他の生き物の餌にする決まりなのだ」


「そうなのですね」


「この森には人間を餌として必要とする生き物は殆どいない、だから崖から落として魚の餌にしようと思っていたところだ、では失礼」


「待って下さい、一つお聞きしたい事が」


「何か」


「近くで馬を見ませんでしたか、私の足だけでは崖までたどり着くのに時間がかかってしまいます」


「馬なら三頭程殺されていた、後の馬は自力で何処かに逃げおおせたかも知れん」


「馬も崖に落とすのですか」


「自分達で殺したもの以外はそのまま自然に還す。一頭は後で狼の餌にしようと思うが」


「一頭ここへ連れて来てはいただけませんか」


「死んでるのだぞ」


青年は怪訝そうにウヤクを見つめた。


「死んでいても構いません」


青年は首を捻り考え込むとしばらくしてうなずき、抱えた盗賊を無造作に下ろした。


「馬を持ってくる、しかし関わるのはこれで最後だ」


「分かりました」


青年はそそくさともと来た道を引き返して行った。森の木々の間からさす朱の光が青年を神々しく照らしている。


ウヤクの側に降ろされた盗賊の死体の懐から何かが見えた。


札束である。


盗賊が持つにはいささか多すぎる金額だった。


『誰かが私を殺すよう頼んだのだろうか』


『こんな山奥に偶然盗賊が通りかかるのもおかしい』


『近くに盗賊の根城があるという話も聞いた事がない』


『一体何のために、、、』


などとウヤクが考えていると青年が馬を一頭担いで戻ってきた。人間では到底持ちあげる事など叶わないであろうものを軽々と持ち上げている。


「これで良いか」


青年は息一つ乱さず、先程の盗賊とはうってかわって丁寧に馬を下ろした。


「ありがとうございます、これで急ぐ事が出来ます」


「どういう事だ」


「私の魂操術は死体を操る事が出来るのです」


「魂操術とは」


「貴方もやっていたではないですか」


「いや、そんな自覚は無いが」


青年の言葉を尻目にウヤクは目を閉じ集中し始める。場の温度が急に冷たくなった。


ウヤクは目を閉じたまま何かを探すように頭を動かし続けている。


「見つけたわ、リリーおいで」


ウヤクがそう言うと大きな球状の光が馬の死体の上に霧のようにぼんやりと現れた。


そしてそれは音も立たずするりと馬の体内に染み込むようにして消えた。


途端、馬は息を吹き返し、ぶるぶると荒く鼻息を鳴らしながら見事四本足で立ち上がって見せた。


「おかえりリリー」


ウヤクはほんの少し口角を上げた。


青年はあからさまに驚愕している。


「な、なんだこれは」


「これが私の魂操術です」


青年は突然ウヤクの前でひざまづくと地面に着くほど深く頭を下げた。


「私に力を貸してくれ!」


森中に木霊する青年の声にウヤクは飛び上がった。

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