1-10_想い泥棒

■よみがえる生徒会

放課後、帰ろうと思ったら、教室に生徒会のメンバーが何人かきた。


「あれ?みんなどうしたの?」


「実はお願いがあって……」


「それはいいけど、ウルハは知ってるの?このこと」


「それが、今日は学校にきてなくて……」


ウルハは学校を休んでいるらしい。

毎年皆勤賞取ってたから、彼女にしては珍しい。

まさか、昨日のアレが原因ってことは……


「今、色々トラブルがあって、力を貸してもらえないかと思って……」


ウルハがいない間に彼女のテリトリーを荒らすのはなんか嫌だ。

帰ってきたら、変わってましたなんて本人としたら面白くないだろう。


その不満は生徒会のみんなに行くと思われ、手を出すのが最善かは悩ましいところだ。


「とりあえず、話は聞くよ。ちょっと待ってね」


教室で帰る準備をしていたユカに近づく。


「ユカ、ごめん。長くなりそうだから、先に帰ってて」


「分かった。頑張り過ぎないでね」


一連のことを見ていてくれたみたいで、いちいち説明しなくても理解してくれているみたいだ。



「ありがと」


お互い少しだけ手を握ったりして、別れを惜しんだ。

まあ、明日また学校で会うんだけど。






仕切り直しで、生徒会室に移動して話を聞いた。


「俺らでなんとかできることと、葛西先輩にお願いした方がいいこととあって……」


「ごめん。そもそも、引き継ぎが全然出来てないからね」


引継ぎ資料はこれまでに作りためていた。

僕が卒業するときなどは、1か月前から引き継ぐことを想定して、資料は作っていたのだ。


内容さえ分かれば、資料を見ながら作業は出来て、困ることはないはずだった。

だから、今回のことは予定外だった。


ある日突然、引継ぎなしで仕事を渡してしまったら足りない部分は必ず出てくる。




こういうときは、まず、問題になっていることを箇条書きにして、優先順位を付けることから始めたほうがいい。


問題が多くてもどれくらいあるか把握できるからだ。

一番厄介なのは、『不安』じゃないだろうか。


人間漠然とした『不安』に対しては弱い。

過剰になんとかしようとしたり、行動が起こせなくなったりと、とにかく問題が解決できなくなってしまう。



僕は、生徒会メンバーと共にノートに今ある問題を書きだしていった。

そして、そこに優先順位をみんなで付けて行った。



大元の問題の原因が分かった。

あまりにも学校の方ばかりを向いていて、提出書類にばかり意識が向いていた。


現場の人たちが疎かになっていて、そのことに誰も気付けないでいた。

僕もあんまり把握してなかったけど、なんとなくトラブルに発展する前に対処してきたから事は大きくなる前に沈下され、そこに問題がある事すら分からなくなっていた。




生徒会のメンバーは基本的に優秀だ。

そこに問題があると分かってからの対処法は次々解決案が出た。


引継ぎ資料もようやく活用できた。

あとは一つ一つ試していくだけ。

次第に、僕みたいな部外者は必要なくなる。




「会計ソフトも直してもらったし、問題解決の方向性が定まったので、比較的早く収束できると思います」


「きみらは僕より優秀だから、その辺は心配してないよ」


「葛西先輩は生徒会に戻ってきてくれないんですか?」


「ウルハがいるうちは、僕の出る幕はないよ」


「そうですか。残念です」


そんな言葉を交わして、僕は生徒会を後にした。






■帰宅

「ただいま」


生徒会の仕事に付き合っていたので、思ったよりも遅くなった。


「あ、遅かったのね。ウルハちゃん待ってるわよ?」


母さんから不穏な言葉が聞こえてきた。


「え!?ウルハ!?」


嫌な予感がした。

当然、会う約束などしていない。


勝手に来て、勝手にあがっていったということ。

母さんたちにはウルハと別れたことは言っていないので、幼馴染の立場を使えば、部屋に入るのも顔パスだ。


血が頭にどんどん登っていくのがわかる。

階段を駆け上がる。






(バン!)ドアを開けたら、そこにはウルハがいた。






「おかえり、ユージ」


悪びれることなく、僕のベッドの上に座っていて、落ち着いた様子で答えるウルハ。


部屋は荒らされまくっている。

台風でも通り過ぎたかのようだ。

どういう事だ!?


一瞬そう思ったが、その答えはウルハの手の中にあった。




「これがユージの17年間の想い……」




彼女は、人差し指と親指で、僕が彼女に渡すことができなかった指輪を持っていた。


日に照らすみたいに掲げて、色んな角度から眺めて微笑んでいた。


「きれい……これがユージの想い……私のものだわ……」


「やめろ!返してくれ!」


物に必要以上に想いを込めるのは馬鹿げているかもしれない。

でも、彼女の言う通りあれは僕がこれまで好きだったウルハのために買ったもの。


もう、あれは彼女にあげるものではない。

想いを込めてしまった分、ユカに渡すこともおかしい。


ただ、捨てることもできないでいた指輪。


高校生にとっては、高価なものだからか。

はたまたウルハへの想いが残っているのか。

正確には分からない。


ただ、すぐに指輪を捨てることは出来なかった。

そして、その指輪を狙ってウルハが僕の留守中に部屋に勝手に侵入したということ。

それが事実だ。



部屋ではウルハと揉み合いになった。


「それを返すんだ!」


「嫌っ!これは私のもの!」




「あいた!」


「!」


彼女の手から指輪を取り返そうとしたときに、掴んだ手に力を込めてしまった。

『痛い』と言われて反射的に手を引いてしまった。


その隙を見て、ウルハが走って逃げた。

僕は追いかけたけど、彼女の足は速く玄関についた頃には、ドアはもう閉まっていた。


「こーら!家の中でなにバタバタしてるの!」


母さんののんきな声で、力が抜けた。

いいんだ。

別に指輪が惜しいわけじゃない。


それもよりも、今はなにが一番大事か考えるんだ。

僕は、部屋に戻り、部屋の片付けの前にスマホを取り出した。






■登校時間の遭遇

翌朝、通学路にウルハが現れた。

よりによってユカと一緒に登校している時にだ。



「あら、朝から一緒なのね」


ウルハは決めポーズで現れた。


僕は反射的にユカを僕の後ろに隠した。


「ユージ、もう言ってしまったら?その子のことは揶揄っているだけって」


ウルハは、これ見よがしに左手を口元に近づけて言った。

その左手の薬指には、あの指輪が嵌められていた。


「ユージは昨日、この指輪をくれたわ」


また左手を掲げて、表裏と掌をかえしながら指輪を眺めて言った。




僕はユカの方を見た。

ユカは、無言でコクリと頷いた。


再びウルハの方を見てゆっくりと言ってやった。


「きみのすることは、僕には予想ができる。付き合いが長いからね。ユカには指輪のことを既に昨日のうちに伝えているんだよ」


『ふんっ……』と一瞬苦い顔をしたけど、その後、冷たいような、悲しいような、無表情のような表情を見せ、長い髪を翻したかと思ったら、学校の方向に行ってしまった。


僕の予想では、もっと騒いだり、泣いたり喚いたりするものと思っていたので、彼女の行動が読めなくなったことが逆に怖いと思った。



「ユージくん……」


ユカが不安そうな顔で言った。


「大丈夫だよ。少し気になっただけだから……」


僕がしっかりしていれば問題は何も起きないはず。

これ以上ウルハに接触しなければいいだけだ。






教室に着くと、学校ではある噂でもちきりだった。

それは、光山先輩が生徒会長と肉体関係にあるというもの。

そして、寝たのでもう別れたという内容だった。


堅いイメージのウルハが、付き合って数日の光山先輩に身体を許したというのが、意外性があったみたいだ。

そのためか、噂は尾びれや背びれを生やして学校中を駆け巡った。


酷い噂は僕の教室にまで轟いていて、気分の良いものではなかった。

1日をすぐれない気分で過ごした。






帰宅中、今日はユカと一緒に帰っていると、詩織ちゃんにばったり出会った。


「あ、お兄ちゃん」


「詩織ちゃん」


「……こんにちは」


そう言えば、ユカは詩織ちゃんと初対面だ。

ウルハの妹だよと簡潔に知らせた。


それよりも、詩織ちゃんは同じ学園の中等部なので、もしかしたらあの噂は、中等部まで広まっているかもしれない。

それくらいあの噂には勢いがあったのだ。


「お兄ちゃんは大丈夫ですか?」


逆に先手を取られてしまった。


「うん、僕は大丈夫だよ。やっぱり、あの噂のこと?」


「はい……中等部にもバッチリ広まってます」


「詩織ちゃんは大丈夫なの?」


「はい……私はお姉ちゃんじゃないですから。お姉ちゃんがあんな尻軽だとは思わなかった……」


「あの噂はたぶんデマだと思うよ?」


ユカは余計に口を挟まない方向みたい。

僕たちの話をただ聞いているだけだ。


僕と詩織ちゃんの会話になっていた。


「でも、私、見たんです。家族だから逆に知ってるんです」


「何を見たの?聞いても大丈夫?」


詩織ちゃんはユカの方をちらりと見たら、顔を僕の耳に近づけ、こっそり言った。


「あの日、お姉ちゃんが泣きながら帰ってきました。多分……そういう事です」


『あの日』とは、僕とユカがデートをした日のことだろう。

デートの後、ウルハは僕のところに来て、僕に復縁を求めてきた。

僕が断ったから、ウルハは泣いていた。


きっとそのことだろう。

ただ、ユカもいるし全てを詳細に伝えるのは難しかった。


「きっと誤解だよ、泣いていたのは別のことだと思うよ」


これだけは詩織ちゃんに伝えた。


「お兄ちゃんは、あんなことされたのに……お姉ちゃんに優しいんですね……」


詩織ちゃんがきゅっと唇を嚙んだ。


そういうつもりではないけれど、そう捉えてしまったかもしれない。

完全に誤解だ。

ただ、この場で誤解を解くことはできない。


「あ、会長の妹さんってことは、もしかしてあなたが『微笑み姫』ですか!?」


急にユカが会話に入ってきた。


「そんなことを言っている人もいるみたいですね。私は一度も自分から言ったことはありませんが……」


ちょっと詩織ちゃんが不機嫌そうだった。

それよりもなんだ『微笑み姫』とか、二つ名っぽいのは。


「なにそれ?」


「あれ?ユージくん知らないの?中等部の人気者で、いつも微笑みを絶やさないから『微笑み姫』って呼ばれているの」


たった今、絶やしているように見えるのだが……


「そんな名前、全然嬉しくありません。先輩失礼します」


そう言って足早に詩織ちゃんが帰って行ってしまった。


「ありゃ?怒らせちゃったかな?」


「いや、今の会話で悪いところはなかったと思うよ?なにか詩織ちゃんの方の問題だろうね」


「そか、もう挨拶してもらえないかなぁ」


「中等部だし、そもそもあんまり会わないでしょ?」


「そか。それもそうか。でも、かわいかったね」


「そうだね」


そうは言っても、詩織ちゃんは小さい時から見ているので、かわいいとか、かわいくないとかで見たことがなかった。


僕にとって詩織ちゃんは『ウルハの妹』ということだけ。


それよりも、僕はウルハの不名誉な噂のことが気になっていた。

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