1-11_幼馴染の顛末

■幼馴染を助けてあげて

とりえず、平穏な日常が戻った。

『僕たちは』、と言うべきか。


ただ、ウルハの悪い噂は止まらない。

一言で言えば、光山先輩にヤリ逃げされたという噂。


かなり具体的な、下世話な話も出てきていることから、噂の元は光山先輩である可能性が高いと思われた。

当事者以外知り得ないような事まで言われているから。


あの日、ウルハは光山先輩と別れたと言っていた。

しかもメール一本で。

今回のことが、光山先輩の『嫌がらせ』だとしても十分その動機があると思えた。


そして、その効果は抜群だったと言えるんじゃないだろうか。






なにより、ウルハがあの日から学校に来なくなった。






それが、あの噂に信憑性を持たせ、さらに噂の拡大に一役買っていた。


昼休み、ユカと弁当を食べたあと、僕は机についてぼんやり考え事をしていた。

ウルハのこと、このままでいいのか……


僕が今、優先すべきはユカとのこと。

ウルハは優先すべきじゃない……


指輪も結局取られたままだ。

単なる『モノ』と考えれば、別に取られても惜しくない。

でも、あのウルハがあんなことをするなんて……


なにが起こっているのか、分からないでいた。


「暗い顔……」


気づいたら、ユカが僕の耳元で囁いてた。

ユカの笑顔にふと我に返る。


「びっくりしたー」


「ふふ、一応、声はかけたんだよ?」


「ごめん」


目が合ったら、笑ってくれた。

それだけで僕の心はいくらか救われた。


ぼんやりしすぎていたのだろう……

ユカに心配をかけてしまっている。

これじゃダメだ。


「ユージくん、会長の事考えてるでしょ?」


ギクリとした。

好きとか嫌いとかそんなことてはないけれど、確かにウルハのことを考えていた。

ユカのことを最優先にしないといけないのに。


ユカが僕を押しのけて僕の座っている椅子に半分だけ座ってきた。

1個の椅子に二人で座っている状態。


僕の手にユカが手を重ねた。


「会長のために、なにかしてあげたいんでしょ?」


「う……」


「ユージくんは、なにか知ってるんでしょ?あの噂の誤解をといてあげたいんでしょ?」


「うう……」


「全部、顔に書いてあるよ?」


どうやら僕は、自分で思っているより単純で、分かり易い性格らしい……


横に座ったユカがこっちを見ながら続けた。


「ユカは、頑張ってるユージくんが好き」


「……」


こういう時、なんて言っていいか分からないし、どんな顔をしたらいいのか分からないから僕はモテないんだろう……


「会長を助けてあげて。ユージくんならできるんでしょ?」


意外な発言にユカの顔を見たけど、笑顔だった。


「行ってあげて。でも、ちゃんと帰ってきてね?」


僕の手に重ねられたユカの手に力が入った。


「帰ってこないと、噛みついちゃうからね?」


ど、どこに!?


ユカの顔は、いたずらをした子供の様に笑っていた。




「必ず帰ってくるよ。そして、この噂止めてみせる」


ちゃんとユカの顔を見ながら伝えた。




「あー!葛西くんとゆかぽんんが教室でラブラブしてるー!」


仲町さんがクラスに遠慮なく大声で指摘した。


慌てる僕。

ユカは僕の腕にしがみついて叫んだ。


「ユージくん!もう、誤魔化せないよっ!おとなしく自首して!!」


「僕、なにしたのっ!?」


「うおーーー!昨日までの親友が俺のライフポイントをバリバリ削っていくぜーーー!」


何故か、高田が大騒ぎし始めた。


クラス中が大爆笑に包まれているから……これでいいのか!?


「もう、行くんでしょ?」


「うん!」


やると決めたらすぐ動き出したい!

行き先は光山先輩のところだ。






■光山先輩との直接対決

3年の教室というのは、どうしてこう敷居が高いのか。

歩いている人たちみんなが3年生だから、歩いているだけで罪悪感がある。

そこで光山先輩のクラスに来て、呼びだしてもらった。





「なんだ、お前は!?ん!?この間のやつかぁ!?」






光山先輩は、訝しげな表情をしながら出てきた。

多分、デートの日に会ったことを言っているのだろう。


「ウルハのよくない噂を流すのをやめてください!」


「なんだと!?俺が噂を流してるっていうのか!?」


ドンと突き飛ばされた。

そのまま、その場で尻もちをついてしまった。

我ながら情けない。


「先輩の噂のせいでウルハは学校に来れなくなりました!このことを学校に知らせます!」


僕は立ち上がる前に、光山先輩に『口撃(こうげき)』した。


「単なる噂だろ!?俺とは限んねーしっ!」


もう半分自白してるよね!?

割と単純な人らしい。

じゃあ……。




「先輩の推薦先の大学もそう思いますかね?」


「あーん!?」


眉を段違いにして睨んできた。


よし、反応した!

弱点はここか!


僕はゆっくりと立ち上がりながら、続けた。


「先輩の噂も聞きましたよ?先輩をよく思っていない女子の意見も含めて送ったらどうなるんでしょう?」


完全にブラフだ。

そんな女子は知らない。

見つける方法も思いつかない。

僕も単に聞いた噂だ。


「ちっ、分かったよ。お前も余計なことすんなよ!」


そういって光山先輩は苦い顔をして行ってしまった。

思い当たる節があったのか、『覚えてろよ』的な捨て台詞と共に行ってしまった。



数日後、ウルハの噂は急速に下火になっていった。

噂が広まる元となる燃料の供給がなくなったのだと思われる。

後は時間が解決してくれるはずだ。


ただ、ウルハはまだ学校に来ない。

あれから一度も学校にきていない。






■ウルハの自宅

そう言えば、しばらくウルハを見ていない。

僕は、敷居が高いと感じていた中村家(ウルハの家)に行くことにした。




中村家の前でちょうど詩織ちゃんと会った。

この子とはよく玄関先で会う気がする。


「こんにちは、詩織ちゃん」


「あ、お兄ちゃん、こんにちは」


「お母さん、今いるかな?」


お母さんとは、『ウルハのお母さん』のこと。


昔から家族ぐるみの付き合いなので、中村家の人を『お父さん』『お母さん』と呼び、うちの両親は『父さん』『母さん』と呼び分けていた。


「お母さん?うん……いるけど……」


なんだか歯切れが悪かった。


「なにかあったの?」


「ちょっと……お姉ちゃんが……」


噂のことだろうか。

とにかく、お母さんにも話をしておかなければと思った。


「大丈夫なの?」


「お兄ちゃんは会わない方がいいと思うよ」


「え?」


「(ぼそっ)お姉ちゃんはズルい……なんでも持ってるくせに、まだ……」


「え?」


「あ、なんでもない。なんでもない。私、友達と用事があるから行くね!」


詩織ちゃんは、行ってしまった。


どちらにしても、ウルハの件、このままにはできない。

行くしかないか。


僕は中村家のチャイムを押した。


(ピンポーン)『はい……』







「ちょうどよかった。相談に行こうと思ってたの」


お母さんには、リビングに通された。


「どうしたんですか?」


「あの子……部屋で引きこもっちゃって……」


「え?」


「ユージくんなにか知らない?」


「あ、多分、知っています」






お母さんの様子から、これまでの事情を全部話した。


僕がウルハにフラれたこと。


ウルハは光山先輩と付き合うことにしたけど、もう別れたこと。

そして、悪い噂を流されていることも。


ただ、ウルハの名誉も考えて、光山先輩の噂の件は『ウルハはあくまで被害者』という点を強調した。


あと、その日は僕のところに会いに来ていたので、光山先輩の家には行っていないだろうことも付け加えて説明した。


できるだけ『単なるうわさ』ということと、『既に噂は下火』ということは何度か言った。


「そう……そんなことが……」


お母さんは渋い顔をした。

それはそうだろう。


自分の娘の不名誉な噂……

嬉しいわけがない。


「でも、恐らく噂の方はあんまり関係ないかもね……」


「え?なんでですか?」


「あの子、もうしばらく学校を休んでるし、そんな噂は耳に入っていないと思うわ」


確かに、数日ウルハを見ていないけど、そんなことがあるのだろうか。


「多分……ユージくんと別れてしまったことが原因じゃないかしら……」


「そうですかね?僕がフラれたんですけど……」


「あの子、ひねくれてるから……」


親が言っちゃうんだ。

ひねくれてるって……


「ずっと部屋ですか?」


「時々、ふらりと出かけたと思ったら、すぐに帰ってきてたから……引きこもりじゃないと思うけど……」


「あの……会えますか?」


「私たちが行ってもドアを開けてくれないの。鍵をかけてて……」


手を口に当てて『困ったわぁ』という表情のお母さん。


「でも、そういう話なら、ユージくんなら開けるかもしれないわね」


とりあえず、お母さんと一緒に部屋に行くことにした。





「ウルハ!ユージくん来てくれたわよ!ここを開けて!」


(ドカン!)


部屋の中で何か大きな音がしたと思ったら、次はドタドタと走って扉の方に来る音がして、バンとドアが開いた。


「ユージ!ユージが来たの!?」




その速さにお母さん引く。


「ゆ、ユージくん、あと任せていいかしら?」


「あ、いや、こまっ、困ります」


指輪を泥棒しに部屋に入ってきたことなどを伝えていなかったことが災いした。

単なるケンカと思われてしまったみたいだ。


「きて!ユージ!見せたいものがあるの!」


強引に僕の手を取りウルハが部屋に引き入れる。


室内ではウルハが両手を広げて満面の笑顔で言った。


「ユージ!見て!ユージとの写真なの!ほら!全部あるの!全部!」


部屋中の壁に僕とウルハが写った写真が貼られていた。

どれくらいあるのだろう。

100枚や200枚ではきかないくらい。


僕がまだ幼稚園の時の写真もある。

気づけば、ベッドの上にはアルバムがあり、そこから剥がした写真らしい。


ただ、あのアルバムの表紙には見覚えがあり、僕の部屋に置いてあったものだろうと思った。

もしかしたら、僕が学校に行っている間に忍び込んで盗み出したものかもしれない。



軽く眩暈がした。

頭を抱えていると、ウルハがベッドに座って、右手を出し、普通に話しかけてきた。


「私はね、二番目でもいいの。私も悪かったから!反省してるの。だから、私たちやり直しましょう?」


「ウルハ……僕たちはやり直すとか、そういうのはもう無理なんだよ」


「まだそんなことを言っているの?大丈夫。許すわ、ユージ」


ダメだ。

話にならない……


「ウルハ、その指輪……返してくれ」


「ダメよ。これは私のものだもの。ユージの心……17年間のユージの気持ち……」


取り返そうと思ったけれど、相手の指に嵌った物を取るなんて、相手をどうにかしようと思うくらいなんとかしないと無理だ。


掴まえたり、押さえつけたりしたいわけじゃないので、僕には無理だった。


仕舞には僕まで監禁されてしまうのではないかと思い始めたので、指輪のことも、アルバムのことも諦めて部屋を出た。


後ろからウルハがなにか言っていたが、無視した。

意外だったのは、ウルハは部屋からは出てこなかったことだ。






1階に降りるとお母さんがリビングにいた。


「なんだかドスンバタン聞こえたわ」


多分、お母さんは、単なる『痴話げんか』程度にしかとらえていないのだと思う。


取りあえず、指輪の件は伝えた。

現状がどれだけ異常な状態か理解してもらうために。


僕には既に別に彼女がいることも併せて話した。






「……ごめんなさい。ウルハとユージくんがケンカなんて珍しいと持っていたけど、そんなことになっていたなんて」


漸く少し理解してもらえたかもしれない。


アルバムの件は、ここでその話をすると、お母さんも心配になるだろうから言わなかった。

後で自分の部屋を確認したら、やっぱり、アルバムはなくなっていた。


あれからまた僕の部屋に忍び込んだのだろうか……

もう、確かめるのも怖かった。




自分の両親にもウルハとは既に分かれていること、ウルハが忍び込んで家のものを盗んでいることなどを伝え、ウルハを僕の部屋に入れないこと、戸締りはいつも以上にしっかり確認することを伝えた。






その後も、ウルハが学校に来ることはなかった。


専門の機関に相談したらしく、僕はウルハと会わない方がいいと止められてしまった。

僕の方から会いに行くことはないのだけど……


ウルハはその後、親せきの家で療養しつつ治療を続けるらしい。




結局、指輪は返ってこなかった。

外そうとすると不安定になって暴れるらしい。

中野家には弁償すると言われたが、丁重にお断りした。


幼馴染がこんな風になるのを見るのは本当に心が痛かった。






■時がたてば

学校では、ウルハのことは話題にも上らなくなった。

結局あれから一度も学校に来なかった。


詩織ちゃんに聞いたら、転校したのだという。




僕とユカはその後、特に大きな問題もなく付き合いを継続している。

若干、ユカの立場が強くなり、僕の立場が弱くなっているような気もするけど、僕はそれを嫌だとは思っていない。


それどころか、心地よいとすら思っている。

お互いのことを知って、新しい関係を構築しているから。




この間、ユカとのデートの時に思い出したように言われた。


「幼馴染のウルハさんいたでしょ?」


「うん……僕は今、彼女がどこにいるかも知らないけどね」


ウルハの両親は僕にも、僕の家族にもウルハの場所を知らせていない。

聞いたら、会いに行くと思っているのだろうか。


僕は、彼女の居場所を聞いても会いに行かないだろう。

ただ、彼女は僕の居場所を知っている。


いつか、彼女は戻ってくるかもしれない。

半年後か、1年後か、3年後、5年後かもしれない。

例え、僕がどこにいても彼女は、ふらりと僕の前に現れるのではないかと思っている。


「ウルハさんね……帰ってきたとき、素敵な女性になってると思うの」


ユカが上目遣いで言った。

ウルハのことだから、それもあり得るかもしれない。


「だから、私、その時に負けない素敵な女性になっておきたいと思うの。ユージくんを取られちゃわないようにね♪」


少しいたずらな感じ、少し本気な感じ。


ユカはいつも僕を見てくれていた。

僕には過ぎた彼女だと思う。


僕は、ウルハとは全く違う価値観に出会って、ユカのことが好きになった。

これからも、ユカを見て、一緒に過ごしていきたいと思う。


もしも、ウルハがまた僕の前に現れた時、僕はなんて言うのだろう。

今は全く想像もできなかった。

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