1-09_幼馴染と同級生

■葛西ユージ視点

家に帰ると、玄関先にウルハが立っていた。


「あれ?用事?」


「お願い!ユージ!聞いて!」



目が赤い。

泣いた跡だろうか。

ウルハにしては珍しい。


なんだか、ただ事じゃない感じだったので、いつもの庭のベンチで話を聞いた。






僕はウルハの前で立ったままだった。

ウルハはベンチに座ったけど、僕はこのベンチに座ることができなかった。


あの日、全てを失った場所。

僕にとっては苦い思い出の場所。


ただ、ウルハが困っているのならば、助けてあげたい。

話くらいは聞けるだろう。



「どうしたの?」


「……あのね、全部間違いなの!全部違うの!」


ポツリポツリとウルハが話し始めた。


何の話なのか、僕には全然ピンと来ていない。

それでも、ウルハが続けた。


「ユージ、聞いて。」


「なに?」


「光山先輩とは別れたの。今日・・・帰ってからすぐにメッセージで別れるって送ったから」


「え!?そうなの!?」


ついこの間、付き合い始めたはずなのに、もう別れてしまったんだ。

合わなかったのかな。


「やり直したいの。間違いを正したいの。ユージも、あの人と別れてくれたら・・・」


あの人とはユカのことだろう。


「ごめん、ウルハ、それはできないよ」


「なんで!?最初から間違いだったんだから!それを正していきましょう!」


「僕はもうユカと付き合い始めてしまった」


「ごめんなさい!私が悪かったの!光山先輩の話をした時のユージの顔が……悔しそうな顔が、嬉しくて……やきもち焼いてくれたのが……」


ウルハは泣き出してしまった。

幼馴染が泣くのなんて、小さいときを含めても何回かしかない。


どれだけ悪いと思っているか、どれだけ後悔しているかは伝わった。






「ごめん……」


それを分かった上でも、もう、僕にはどうしようもなかった。


「あの日……『好きじゃなくなったから別れよう』って言われたら、やり直せたかもしれない。ユカのことは別として」


ウルハが涙をボロボロと流しながら顔を上げた。


「でも、きみは、僕との過去も否定した。僕にとっては『別れの言葉』じゃなくて、『僕ときみの全てを否定する言葉』だった……」


ウルハは小刻みに首を左右に振る。

『そんなつもりじゃない』とでも言いたいのだろう。


「僕は当たり前と思っていたものが全部壊されて、何が正しくて、何が間違いなのかもわからなくなってた。当然、きみともなんて会話していいのかも……」


「『きみ』なんて他人行儀な呼び方…しないで。いつもみたいに『ウルハ』って呼んで……」


「僕にとっては、『過去と現在ひっくるめての絶縁宣言』だった……だから、当然『未来』も存在しないんだよ……」


「だから、過去からやり直したいの!お願い!私が悪かったから!もう絶対あんなこと言わないから!」


ウルハが泣きながら僕のシャツを掴んで縋った。


「ごめん……僕がどうにかなりそうなときに、助けてくれたのはクラスのみんなと、ユカだったんだ。みんながいなかったら、僕はどうしたらいいか今でも分からないままだったろう……」


「おねがいー!ユージのカノジョは私じゃないとダメなの!気づいたの!本気で好きなの!好きだったの!」


「気持ちは嬉しいけど……なんか……僕の中の『何か』はもう切れてしまって、元にはもどせないみたい」


「そんな……」


「実は、あの日……」


僕は言わないでおこうと思っていたことを言い始めた。

口が勝手にしゃべり始めていた。


「あの日……指輪を準備していたんだ。誕生日プレゼントに……ポケットに入れて……」


「え?」


「婚約指輪のつもりだった……」


「え?そん……な」


「あの時の僕は、恥ずかしくて……指輪を渡すことも、捨てることもできなかった……」


「それじゃ、私が光山先輩の話をしなかったら……」


「渡していたと思う……」


「そ、そんな……私は…私はなんてことを……」


「ごめん……じゃあ……」


踵を返して自分の家に戻る。

終わった。

僕のこれまでの恋心は完全に終わった。


僕から彼女にしてあげられる最後のことは『決別』だけ。

できるだけ、嫌われるように、言わなくていいことも言った。


「おねがい!考え直して!ユージからの手紙も写真も全部取ってるの!全部!」


彼女は一瞬立ち上がったけど、崩れて地面にへたり込んだ。

気にはなったけど、ここで引き返さないのが僕の正しい行動だと思った。


ユカのため、ウルハのため、そして、僕自身のため……

後ろで幼馴染の鳴き声が聞こえているが、振り返らず帰宅した。




帰宅後、ベッドでスマホをぼんやりいじっていたら、ユカからのメッセージが着た。




『今日、楽しかったね』

『また学校で』

『明日、きっとテレまくってるから、あんまりいじめないでね?』




かわいい文章だ。

文字だけなのに、ユカを感じられる。

不思議だ。


ユカとの楽しい1日は最後にウルハにあったことで、陰が差す結果になってしまった。

なにもないのだけど、ユカに申し訳ない気持ちが芽生えていた。






■小田島由香視点

私が葛西くんを認識したのは、まだ1年の頃……私が日直の日だった。


ペアの男子は先に帰ってしまっていた。

私は教室で黒板を消して、日誌を書いて……


普段みんながワイワイしている教室で、放課後一人で仕事をしている。


遠くでは運動部の練習の声が聞こえるけど、こことは別の空間に思えて、なんだか寂しかった。




放課後と言っても、まだ4時を過ぎたくらいだから、外も明るいし、言っても夕方くらい。

それなのに、世界に一人取り残されたかのような寂しさ。




私は卒業後、美容師になりたいと思っていた。

いつかは家の美容室を継ぎたい。

だから、部活にも入らずに家で店の手伝いをしたりしていた。


日々の手伝いは毎日毎日同じことの繰り返し。

床を履いたり、タオルを洗濯したり。

これで美容師に近づいているのか分からなくなる時もある。


クラスのみんなは、遊びに行ったり、部活したり、楽しそうなのに。

私は、ひとりで頑張って……分からなくなってきている。




(ガラッ)「あれ?小田島さんまだ残り?」


葛西くんだった。

会長と付き合っている人。

いつも走り回っている人。


「うん、日直だから……」


「確か、もう一人って畑中くんじゃなかったっけ?いつもベルダッシュで帰る……」


「そう、えへへ。仕事任されたちゃった」


できるだけ冗談っぽく言ったのに……。


「じゃあ、僕が黒板担当するから、小田島さん日誌お願い」


「え?葛西くん……」


「あれ?小田島さん、黒板の方がよかった?僕、文章考えたりするの苦手で……」


「……ぷっ」


「え?あれ?何か変だった?」


私は思わず吹き出してしまった。


「だって、葛西くん日直じゃないのに……ウケる」


『ウケる』は照れ隠し。


「だって、2人でやった方が早いでしょ?」


「それはそうだけど……」






教室では葛西くんが黒板を消していた。

私は背が低いから、上の方が消しにくくて正直助かっていた。


日誌は書くの簡単。

前の人か、その前の日に書いた人のを見て、当たり障りなく書くだけ。


教室でそれぞれ違う作業をしているのに、一緒の方向を向いている感じ……

なんか、こういうのに憧れがあった。

べたべたするだけじゃなくて、それぞれ自分を持っているけど、やっぱり一緒にいるみたいな……



「こっち終わった。黒板手伝う!」


「あ、いいよ。こっちも終わったし」


「ありがと」


そう言えば、放課後の教室になんできたんだろう。


「葛西くん、教室になんの用事だったの?」


「あー!そうだったー!教室にスマホ忘れたみたいで探しに来たんだよ!」


慌てて机の中を探す葛西くん。


「うわー、ない!どうしよう!?」


「ユカ、電話鳴らしてみようか?」


「あ、そっかお願い!」


番号を聞いて、電話してみる。


(ン゛ー、ン゛―)


バイブ音が静かな教室に響く。


「あ!あった!鞄か!しかも、ポケットの方!ここにスマホ入れることなんてないのにー!」


見つかったみたいだ。

たしかに、無意識に普段と違うところに置いたり、入れたりすることってある。


「あ、ありがと、小田島さん!スマホ見つかった」


「もう行くの?」


「うん!これから体育館の見回りと卓球部に呼ばれてるから!」


「ごめん、よかったの!?」


「大丈夫―っ!」


そう言って走って行ってしまった。


『ありがとう』はこっちだよ。

やさしいな。

なんて優しいんだろう。

自分の用事も後回しで私の仕事を手伝ってくれた。


でも、自分のことを忘れちゃってるよ。

葛西くんの方がもっと大変なのに。

それじゃあ、葛西くんが幸せになれないよ。




ここからだ。

葛西くんのことを、目で追うようになったのは……


会長に言われて忙しく働いているらしい。

私ならそんなことさせない。


葛西くんをもっと楽しくさせてみせるのに。

意図せず、電話番号もゲットしちゃったし。






■葛西ユージ視点

教室にくるのに少し戸惑っていた。

昨日、小田島さん……ユカとあんなことになったのに、どんな顔で会えばいいのか……


(ガラガラ……)結局、答えは見つからないまま、ドアを開けることになった。




「おーす、葛西」


「あ、おはよ」



近場のやつとは挨拶したけど、目線は小田島さん……じゃなくて、ユカの席を見た。

ユカは立って横の仲町さんと話をしていたみたい。


こちらの視線に気づくと、腰の高さで小さく手を振ってくれた。




「おはよ」


自分の席に荷物を置きながら、改めてユカにあいさつした。


「おはよ、ユージくん」


なんだか、はにかんでいて、かわいい。


「あれ?ゆかぽん、葛西くんを名前呼び?」


「え!?え、う、うん……」


一緒に話していた仲町さんが、ユカの変化にいち早く気づいた。


「え!?ゆかぽん顔真っ赤!え!?え?!そういうこと!?」


「えへへ・・・」


「まじ~!?きゃー!おめでとう!!」


俯くユカを仲町さんが横らか肩を抱いて一緒に喜んでくれていた。


なんかいいな、あんな女子同士の友情みたいなの。

ただ、僕もすごくテレくさいんだけど、どんな顔して立っていればいいのか。




「え?なになに?どったん?」


高田がいつもの調子で会話に入ってきた。


「葛西くんとゆかぽんが……付き合い始めたん……だよねぇ!?」


「(コクリ……)」


仲町さんは、ユカの顔を覗き込んでリアクションも見ながら、声高らかに宣言した。


「なにー!?マジかー!?」


何故か、高田が頭を抱えて叫んだ。


「お前どうなってるんだよ!?会長の次は小田島さんとか!?恵まれすぎだろ!?チートなの!?どんなチートなの!?」


高田が僕の肩を掴んでぶるぶる前後に振る。


「やめてよぉ!ユージくんに乱暴しないで!」


ユカが僕の腕を組んで、高田から奪取した。


「ああぁ……俺の心のアイドル小田島さんが、葛西に取られていく……」


「べぇ、ユカは、葛西くんだけのユカになりましたぁ」


ユカが、僕の腕を組んだまま高田の魔の手から保護してくれた。


「ああああああああ……マジかよぉ~!!終わった!俺の青春が今、終わったぁ!」


頭を抱えたまま、膝から崩れる高田。

もしかして、高田はユカのことが好きだったとか?

そんな話とか聞いたことないけど。




「ゆかぽん!いつから!?いつからなの!?」


「えへへ……実は、昨日から……」


「その割に、腕なんか組んじゃって!もしかして、もうキスとかしちゃった感じ~?」


仲町さんに揶揄われて、はっと気づいて、パッと離れるユカ。


顔を真っ赤にしてうつむいてしまったので、全てが答えになってした。


「マジマジマジマジ~!?葛西くん、ゆかぽんちょっと借りるわ」


「え、うん……」


ユカが窓際に連れていかれて、二人カーテンにくるまり、ユカと仲町さんだけの空間が出来た。


時々『きゃー!』とか『マ!?』とか仲町さんの声が聞こえるんだけど……


しばらくして二人が帰ってきた。


ユカはうつむいて、頭のてっぺんからぷしゅーっと蒸気が抜ける様な状態で真っ赤になっていた。

仲町さんは『いいもん聞かせてもらたわ』と何故か顔がニマニマしていた。


「いやー、葛西くん、ゆかぽんとお幸せに!そして、爆発しろ!」


なんか不穏なことを言われたが、応援してくれていることだけは伝わった。






昼休み、昨日までたくさん机を付けてきたクラスメイトはそれぞれ別でお弁当を食べるみたいだった。

僕の席には、横に椅子だけ持ってきてユカがきた。


「あのね、ユージくん、実はお弁当作ってきちゃったの……一緒に食べられる?」


大小2個の包みがあるということは、僕の分も作ってくれたということか。

確かに、昨日『明日はお弁当なしでお願い』と言われていたので、薄々そうかとは思っていたんだ。


でも、実際こうして見せられると……

ヤバい、なんか、走りだしたくなる衝動に駆られる!

押さえられない感情が……


ゆっくりと包みを開ける。

ユカも心配そうに注目している。


ふたを開けると……




色とりどりの弁当がそこにあった。




俵形のおにぎりは初めての経験だった。

うちはいつも三角おにぎりだったし。


からあげと焼き鮭が入っている。

どっちも好きだ。


ウインナーは入っているだけで安心感がある。

玉子焼きは、どんな風にするのか分からないけれど、ハート型になっていて、ブロッコリーやプチトマトまで入っていて、かなり豪華で手の込んだ弁当だった。


「すごい!ユカ、料理上手なんだね!」


「その……今日は、いつもより頑張ったと言いますか……」


なぜ敬語!?

ユカが髪の毛をもじもじしながら言った。


「ユージくん、どれくらい食べるか分からなかったから、少なかったら言って!ユカのもあげる」


いや、これを食べて更にユカのも取るとか、そんなのできる訳ない。

品数が多いので、量も十分だし、僕のために色々考えて作ってくれたのだと思うと、なにか感動してきた。


「ありがとう……いただくね」


「うん……」


とりあえず、玉子焼きを一口……

そう、じーっと見られていると食べにくいのですが……


(ぱくっ)「うん、美味しい!」


「ホント!?よかった!」


不安な顔は一転、輝くような笑顔になった。


うわー、これは相当嬉しいや。

ちょっと、僕、今、幸せなんだけど、この後死なないよね!?

自分の中の『幸せゲージ』がカンストしていて、自分の考えもバグってきていた。

幸せのバッファーオーバーフロー攻撃だ。

もう、自分でも何を言っているのか分からないくらいに嬉しかった。

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