「41」正義の足止め

 さすがに自転車に漕ぎっぱなしというわけにもいかない。体力的にも厳しいので時折、公園などで休憩を挟みつつヒマワリ畑を目指した。

 ここまで順調──。

 とある自動販売機の前で自転車を停め、水分補給のためにペットボトルのジュースを買った。

 周りはいっそう夜が濃くなり、人通りも減っていた。


──ん?


 ふと、俺は視線を感じて振り向いたものだ。

 ジーッとこちらに不審の目を向ける人物が居た。麦わら帽子に花がらの派手なシャツを着たおじさんだ。

 まるでビーチから迷い込んだような格好をしていて、足元はビーチサンダルである。

 そんなおじさんから見られたが、こちらからすればそっちの方が不審人物だ。

 面倒事に巻き込まれては御免と、俺は飲みかけのペットボトルをバッグに入れて自転車に跨った。


「なぁ、ボク……」

 近付いてきたおじさんに、声を掛けられた。

 ねっとりとした声が悍ましく聞こえた。

「どこに行くんだい? まだ中学生くらいだろう? いや、小学生かなぁ……」

 舐めるようにおじさんは俺の全身を見回してきた。


──寒気がした。

 早く此処から去ろう。

 おじさんを無視してペダルに足を置く。

「子どもが一人で、夜に危ないよ。お父さんか、お母さんはいないのかい?」

 俺はおじさんを睨み付けた。

「あぁ……」

 すると、おじさんは何事かを思い付いたように頷いた。そして懐に手を入れると、黒革の手帳を取り出して俺に見せてきた。

「警部補の与沢吾平だよ。驚かせて、悪かったね。こんな格好なのは、非番だからさ」

「なんだ、警察の人か……」

 相手の身元が分かったので、ホッとしたものだ。

 俺を拐ったり、危害を加えたりするつもりはないらしい。

「それで、君の名前は?」

「俺は……太蔵です……」

 それだけしか、自分の情報は分からない。

 素直に答えると、与沢警部補はニコリと笑って満足そうに頷いた。

 次に、与沢警部補は携帯電話を操作して耳に当てた。

「そうかい、ありがとね。……あっ、俺だが。悪いが、パトカーを一台こちらに回してくれないか。……うん。子どもを一人保護したから、署まで連れていきたい」

 他の警察官にでも、電話を入れているのだろう。

 聞こえてきた言葉が気になった。


──保護。

──署まで連れて行く。


 このまま大人しく、パトカーが到着するのを待っていたら警察署に連れて行かれるのではないか?

 そうなれば、時間までにヒマワリ畑に行って戻るどころじゃない。解放されるまで警察署の中に閉じ込められてしまう。


 それじゃあ、駄目だ──。


「……あぁ。子どもを夜に一人で出歩かせるなんて……親にもキチンと話しをつけなきゃな……って、おい!」

 俺が自転車を走らせたので、与沢警部補が慌てて声を上げた。


 ──構っている場合ではない。

 俺は全力でペダルを漕いで、その場から退避したものである。




 ◇◇◇




──ウゥウゥウウゥゥッ!

 その一件のせいなのか、町中でやたらとパトカーを目にするようになった。

 その都度、物陰に隠れてやり過ごした。

 別件捜査中かも知れないが、捕まって足止めを食らうのは御免だ。


 休憩も兼ねて、足を止めながら俺は前へと進んで行った。




 ◇◇◇




 そうして、ひたすらに進んで行ったところ、ようやく目的のヒマワリ畑へと到着することができた。

 もう夜遅く深夜で、辺りは真っ暗だった。

 それに、残念ながら少しシーズンが過ぎてしまったようでヒマワリは花を枯らしつつあった。

 元気なものはなく、どれも萎れてしまっている。

──それでも手近なヒマワリを一本拝借して、お土産用に手に取った。

 プレゼントされて喜ばれるような代物ではないが、これのために此処まで来たのだから仕方がない。


 それから俺は、リュックサックに詰めてきたポラロイドカメラを出した。レンズを元ヒマワリ畑へと向け、シャッターを押す。

 少しでも思い出を共有できればと、ヒマワリ畑を写真に収めた。


──これが今の俺にできる精一杯のことである。

 不安もあったが、帰りのことも考えると此処で長居をしている場合ではない。折り返し地点──果たして、ハズィリーが目覚めるまでに帰れるのか。


 自転車を漕いで外灯の下へと移動する。

 一応、ポラロイドカメラで撮影した写真を確認してみる。

 徐々に画像が浮き出てきて、シワシワの萎れた花ばかりのヒマワリ畑が写る。

 おまけに夜なので全体的に画面は暗く、後方の景色は闇に染まって見えない。

 良い写真とは言えないが、ヒマワリ畑を撮ったということだけは分かる。

──でも、仕方がない。目的は達成したのだ。


 ここまで頑張ってきたのに、不思議と達成感や高揚感はなかった。それよりもむしろ不安や疑念の方が大きかった。

 これで本当に、大丈夫なのだろうか。

 ハズィリーを救えるのだろうか──。


「上手く行ってくれよ!」

 全力で挑むことしか俺には出来ない。

 後はペダルを漕ぎつつ、祈ることくらいしか俺に出来ることはなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る