「25」悪友たちの目

 駐車場に貴美子は居る──そう俺に教えたガラの悪い男は、ショッピングモールの建物の正面口から表に出て行った。立体駐車場が隣接しているのでそこを利用するのが主であるが、確かに僅かながら表にも車を停めるスペースがないわけではない。

──ところが、ガラの悪い男はそちらに向かうわけでもなく、建物自体から離れて行った。


 俺は物陰に隠れながらこっそりとその後をつけた。


 勘が鋭いのか──何度か足を止めて振り向く姿があったが、その都度、身を隠してやり過ごした。


 どうやら俺の存在は最後までバレなかったらしい。

 しばらく歩いた後、ガラの悪い男は路肩に停めてある仲間が乗ったワゴン車へと俺を案内してくれた。

 確かに車だが、既にショッピングモールの敷地内から出ていたらしい。ガラの悪い男の言葉を素直に信じて駐車場に向かっていたなら、間違いなく見失っていただろう。

 俺を欺いてその隙に逃げようという魂胆だったようである。


 ガラの悪い男はワゴン車のドアを開け、中に入り込んだ。


 エンジンが掛かったので、俺は慌てたものだ。

──ここで逃してはならない。

 急いでワゴン車に駆け寄ると俺は窓をトントンとノックした。


「あぁん?」

 ガラの悪い男がこちらを向いたので、俺は笑い掛けてやった。すると、ガラの悪い男はギョッとした顔になり、驚いているようだ。

「案内ありがとう。お陰で助かったよ」


「はぁ? どういう事だ?」

 ガラの悪い男は、ハンドルを握ったサングラスの男──仲間から疑うような目を向けられた。

 ガラの悪い男は慌ててパタパタと手を振った。

「いや、どうもこうもねぇよ! こいつが、勝手についてきただけだって!」


「いや。そんなことないよ。裏切ってくれて有難う。じゃなけりゃ、俺が此処まで来れるわけがないだろう? 考えれば分かることだ」

 さらに、疑心を生む言葉を発する。

 ますますガラの悪い男の立場が危うくなる。

 なんとかガラの悪い男は弁明しようとするが仲間からの冷ややかな視線にしどろもどろになるばかりである。逆にそれが動揺しているかのように見え、疑わしさが増してしまっていた。


 その間に、険悪なムードになっている車内に目を向けた俺は、あることに気が付いた。

──車内には三人しかいない。

 確か、こいつらは四人組であったはずだ。

 もう一人の仲間はどこに行ったのだろう?

 それに拐われたはずの貴美子の姿もない。

 何だか胸騒ぎがした。


 それに、車内の男たちも俺に意表を突かれたにしては随分と余裕そうではないか。慌てて逃げ出すわけでもなく、こちらのペースにまんまと踊らされている。


 まさか──!?


「……騙しやがったな!」

 俺は開いた窓の中に手を突っ込んで、ガラの悪い男の胸倉を掴んで引き寄せた。

 ガラの悪い男はヘラヘラと笑う。俺が勘付いたことを察したらしく、「おいおい……」と手を振った。

「お前が勝手に此処へ来ただけだろう? 俺は確かに、駐車場に行けって教えてやったぜ」


 確かに、それはその通りだが──俺は唇を噛んだ。

──どうせ駐車場に向かったとしても無駄足になってきたのだろう。

 最初から貴美子は別の場所からショッピングモール外に連れ出され、俺も謀られたのだ。


 俺の脳裏に、かつての娘の姿が浮かんだ。

──あの時、俺は娘を助けることは出来なかった。

 それが未来の娘にどんな影響を与えているのかは分からないし、確かめようもない。

 でも、あんな辛い思いはもうしたくはない。


 今回だってそうである。

 俺の頑張り一つで未来は変わる。

 貴美子に──妻に辛い思いなどして欲しくはない。


「どうせ、お前にはなんにもできねーさ」

 車の中で笑いが起こる。

 ぶん殴ってやって問い詰めてやろうかと思ったが、グッと堪えた。

「五十嵐と貴美子は何処に居る!?」

 俺はガラの悪い俺の体を揺さぶった。

 そして──これが意味のないことであるということをすぐに悟った。どうせ先程の二の舞いだ。

 居場所を聞き出せたとして、それが確かであるという保証も無い。

 俺はガラの悪い男から手を離した。


「お? なんだぁ? いいのか?」

 ガラの悪い男は意外そうな顔になった。


 相手をするだけ無駄である。こんなところで時間を取られている場合ではない。


──森でのあなたもカッコ良かったわ……。


 ふと、そんな女性の声が頭の中に響いてきた。

 そう言えば、臨終間際に貴美子はそんなことを言っていた──これまですっかり忘れていたが。


 森か──。


 俺はバッグからパンフレットを取り出してページを捲った。『青原の森』に──『五十嵐のアジト』と赤字で書きなぐっていた。

 過去の俺も、貴美子を救出しているはずだ。

 当然、当たりがあったのだろう。それがここであったに違いない。

 むしろ他に考えられる候補がない。


 今すぐにでも向かいたかったが──。

 俺は、車内の男たちに目を向けた。

 俺を弄んで楽しんでいるように、ニヤニヤと笑っていた。


 俺が此処を離れれば、すぐさま貴美子の側に居る五十嵐に連絡が行くだろう。そうなって居場所を変えられてしまえば、もう見つける術はなくなってしまう。


 なんとかこいつらを欺かなければ──。

 俺はその場に膝をつくと項垂れた。

 全てに絶望したかのような悲壮な声を上げてみせる。

「そんな……ここに居ないだなんて……。じゃあ、彼女はいったいどこに……」


 そんな俺を車内の男たちは見下して鼻で笑った。

「おめーには、分かりゃ、しねーさ。今頃、宜しくやってんだろーな」

「そんな……」

 内心で下衆な男たちの言葉に怒りが湧いたが、悟られないように声を震わせた。

「もう俺には何もできないのか……誰か……誰か助けてくれよぉおおおぉお!」


 俺が叫ぶと、通行人たちから奇異な目を向けられる。


 さすがに、車内の男もそれには慌てた。真っ当な人間ではないのだろう。

 人目は避けたいらしく、絶叫する俺から目を逸らして相談を始めた。

「なぁ、もういいんじゃねーか? 役目も終わったから、クラブにでも行こーぜ」

「そーだな。いつまでもこんなところに居てもしかたねーしな。行こうぜ」

 話がまとまり、ハンドルを握ったサングラスの男がアクセルを踏んだ。


 絶望に打ちひしがれている俺に笑い声を浴びせると、車は遠くに走り去って行った。


──車が遠ざかっていくのを目で確認すると、俺はスッと立ち上がった。

「やれやれ……」

 勘の悪い連中で助かった。

 俺の精一杯の演技は見破られなかったようだ。これで、五十嵐に居場所を変えられる心配はないだろう。

「クラブに行くって言ってたな……」

──お役目終了で安心したらしい。貴美子を拐った五十嵐と合流する気はないようだ。

 恐らく、五十嵐の側に仲間はいないだろう。


「青原の森だったな……」

 俺はパンフレットを取り出すと地図のページを開き、貴美子を奪い返すべく駆け出したのであった。

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