「23」ショッピングデート
「まぁ……すごい人の量ですわね!」
通路やお店を埋め尽くすような人の波──。
──人、人、人。
さすがは、できたてほやほやのショッピングモールというだけあって、建物の中は買い物客でごった返していた。
貴美子も驚いたように目を丸くしていた。
「二階に行きましょう。アクセサリーショップなどは、確か上にあったはずです」
俺は貴美子にそう声を掛けるとエスカレーターを目指して歩き始めた。
少しばかりは地の利があった。なんせ、ここで娘に散々振り回され鍛えられたのだ。
案内図を見なくとも、なんとなくお店の位置は憶えていた──勿論、あの時と店舗が入れ替えられていなければの話であるが──。
人の流れに乗りながら何とかアクセサリーショップまで到着するが、やはりネックになるのが人の多さである。お店の中に入っても、常に周りに気を配っておかなければならないのでゆっくりと立ち止まって商品を吟味する余裕もなかった。
そもそも──狭いお店の中、避けて後ろの人を通すスペースもすれ違えるような場所もないので、常に前進し続ければなければならなかった。
兎に角、貴美子と逸れないように──俺はそればかりに神経を尖らせた。
正直、辟易していて、今すぐにでも店から出ていってしまいたいところであった。
「見てくださいよ! これ、素敵なブローチですね」
そんな俺とは対照的に、貴美子はショッピングを楽しんでくれているようであった。
棚に陳列された商品を横目に見ながらキャピキャピとはしゃいでいる。
──貴美子が楽しんでくれているのなら、それで良いか。
感覚の違いであろう。正直、俺は居心地の悪さを感じていたのだが、楽しんでいる貴美子に水を差してしまうようでとても口にはできなかった。
周りには人、人、人──。
歩くだけでも疲れるというのに、どこまでも人が居るのでちっとも気持ちが休まらない。
「宜しければ、プレゼント致しますよ」
余程、貴美子は目にしたブローチを気に入ったのだろう。後ろがつっかえていることなど気にせず、そこで足を止めていた。
お陰で俺は後ろの人たちから激しい圧を受けたが──気にせず、俺は貴美子に微笑みかけた。
「いや、そんなの……。わるいですよ……」
言いながら貴美子はリンゴを象ったような赤色のポーチを取り出したので、俺は慌てて手で制止した。
お金を払うつもりなのだろう。
しかし、それでは俺の顔が立たない。
「構いません。とてもよくお似合いですから、こちらこそプレゼントさせて下さい」
俺は貴美子が気に掛けているブローチを手に取ると、店内を進んで行った。そして、レジ待ちの長い列の最後尾に並ぶと、改めてバッグの中から財布を取り出して中身を確認しようとした。
──ふと、貴美子の視線に気が付いた俺は愛想笑いを浮かべた。
「……少し時間が掛かりそうですね。俺のことは大丈夫ですから店内を見ておられるといいでしょう」
持ち合わせの確認をしている情けない姿など、貴美子の目には入れたくなかった。俺は適当な理由をつけて、貴美子を遠ざけることにした。
貴美子は少し複雑な顔になった。
俺に任せて、自分は他に行って良いのか──。
そんな葛藤があったようだが、他にも気になるものがあったらしい。
「ありがとう御座います。私、あそこのお洋服が気になっていたのです」
衣類コーナーに後ろ髪を引かれている様子であった。
「行って来て下さい」
「……では、少しだけ……」
俺が促すと、貴美子は申し訳なさそうな顔になりながらペコリと頭を下げた。
余程、気になるものがあったようで小走りで衣類コーナーに向かう貴美子の背中を、俺はその場で見送ったものである。
「……ふぅ……」
貴美子が遠ざかったことで気が緩んだ俺は深く息を吐いた。
「これで良いのか? 俺よ……」
過去の自分に問い掛けるように俺は呟いた。──勿論、答えが返ってくるわけではないのだが、貴美子に良い印象を与えることは出来ているはずである。
デートのお邪魔をしてしまったのだから、せめて貢献してあげたいところである。
「どうにか成就させてやらないとな……」
過去の自分と未来の妻──俺自身のためにも道筋通りに、二人を上手くくっつけることを心に固く誓うのであった。
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