「15」過去は悲劇に
扉を開けると、目に入ったのが男の背中だ。
スキンヘッドの店長は片手で電話を耳に当て、体を小刻みに震わせていた。
「見付けたぞ……」
──ようやく、娘の監禁場所へと辿り着けたようだ。
未来では俺が誘拐犯の手から娘を助け出したことになっている。今回だってそうだ。此処に到着するまでに随分と時間が掛り苦労したものだが、導かれるように此処に来ることが出来た。
目に涙を浮かべて俺の到着を喜ぶ娘の顔が頭に浮かんだ。
──が、少し様子が可笑しかった。
娘からの歓声は一向に上がらない。
目隠しでもされて俺の姿に気付いていないのだろうか。──いや、何か不自然だ。
──どういうことだ?
電話を耳に当てたスキンヘッドの店長が振り返り、俺の顔を見るなり詰め寄ってきた。
「お、俺は悪くねぇ! お前が、俺を追い詰めるからだ。パニックになって……それで……」
──それで?
それで、どうしたというのだ──?
「まさか……?」
最悪の事態が頭を過ぎり、俺は怪訝な表情になる。
間に合わなかったのだ──。
スキンヘッドの店長の反応は、そんな俺の嫌な予感を体現させているかのようであった。
──あと一歩。手の届くところに娘は居たはずなのに、俺は救うことができなかったということなのだろう。
「全部、お前が悪いんだ……。お前が、お前が……!」
繰り返しブツブツと呟くスキンヘッドの店長はかなりパニックになっていたようであった。
俺も同様だ。
──間に合わなかった?
そんなことがあり得るのだろうか。
未来で俺は確かに誘拐犯の手から娘を救い出していたはずである。
そのはずなのに──どうやらその未来は、なぞる事は出来なかったらしい。
未来が変わってしまったということか。
「許さねぇ! 許さねぇぞぉおおぉおっ!」
その怒りは、スキンヘッドの店長に対するものなのか。──或いは、不甲斐ない自分自身に対するものであったのか、俺には分からない。
目に涙が浮かび、視界がぼやけた。
怒りで頭に血がのぼり、抑えることが出来なくなってしまう。
「うおおおおぉぉ!」
俺は呆然と立ち尽くすスキンヘッドの店長に向かって拳を振り上げた。
暴力で何が解決するわけでもないのは分かっていた。
ただ、どうしてもこの場で制裁をスキンヘッドの店長に加えてやりたかった。
俺は拳を振り下ろした。
──時が、ゆっくりと流れていくのを感じる。
不意に、スキンヘッドの店長はくるりと振り返り、俺の顔を見詰めた。
そして──まるで、俺をあざ笑い、勝ち誇っているかのようにニヤリと笑いやがったのだ。
「許さねぇぞぉおおお!」
俺は叫んだ。
振り下ろした拳は──衝撃を受けることはなかった。
感触はなく、空を切るばかりである。
視界が真っ白になり、それっきり俺の意識は飛んでしまった。
一矢報いることも出来ないまま、俺は当事者としての梯子を外されてしまった。
次に気が付いた時──俺また別の場所の時間軸へと退行していたのであった。
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