「10」お花の名前
再び元居たベンチに戻って腰掛け、溜息をつく。
これまで散々出て来たのだから簡単に辿り着けると思ったが──まさか、アネモネが咲いている花壇を見付けることができないとは夢にも思わなかった。
もしかして別の場所だったのではないかと心が揺らいだが、娘が「近くに居る」と言ったのだから此処で間違いはないのだろう。
しかし、これまで未来で得て来た情報を覆すようなこの事態は何なのだ。娘の話も、花壇の写真も──まさか全てがフェイクであったわけでもあるまい。
──まぁ、しかし、考えてみたらそうか。
例えば、娘が監禁されている場所がアネモネの花壇の近くであるなら、電話で娘が『アネモネの花』や『お花畑』の話を口にしたところで誘拐犯は何らかの違和感を覚えたはずである。でも、確かにそれらの言葉はスルーされ、誘拐犯も気に留めている様子はなかった。
ならば直接的に、花に関連したような場所に娘は居ないということになる。
とは言え、未来の娘が散々に『アネモネの花』を口にしていたのだから、それが重要なワードであることには間違いないのである。
──アネモネの花であって、花ではない──そんなトンチみたいな答えが、果たしてあるのだろうか。
俺はパンフレットを眺めた。
園内のアトラクションや施設の簡単な説明書きと写真が載っており、ここから何か少しでもヒントを得られるなるようないかと視線を走らせた。
正直、手詰まりであった。
「アネモネ……花……赤色の花……」
ブツブツと頭に浮かんだワードを次々と口にしながら、自らの閃きに期待した。
「……ボタンイチゲ……ベニバナオキナグサ……」
アネモネの花の和名まで口にしてみる。
「紅花……紅、鼻……。赤い鼻……?」
連想ゲームをしていると、ふと俺はパンフレットのとある写真に目が止まった。
それは遊園地のマスコットキャラクターたちがポーズを取っている写真だ。メインのマスコットキャラクターは服を着たハムスターだが、その取り巻きに──余り脚光を浴びないような位置にいる着ぐるみに目がいったものである。
杖をついたお爺さん──赤いまん丸の鼻をしたそのお爺さんはどういう設定なのか、草木の体をしていた。
「赤い鼻の……翁の草……?」
まるで、体中に電流が走ったような衝撃を受ける。
「ベニバナオキナグサ……アネモネの花か!」
そう思い立った俺は、パンフレットのマスコット紹介ページを見やる。
そのお爺さんのマスコット名は──オキナグサ爺。
しかし、気持ちが高鳴り、パンフレットからそれ以上の情報を見付けることが出来なかった。
ベンチを立った俺は、再び園内案内カウンターへと向かった。
『どうなさいましたか?』
再度姿を現した俺にも、従業員のお姉さんは変わらぬ態度で接客してくれた。
「ここのマスコットキャラクターのオキナグサ爺がモチーフになっているアトラクションはないだろうか?」
先程と違ってまともな質問をした俺に、従業員のお姉さんは笑顔で答えてくれた。
『それでしたら、オキナグサのファンシーレストランというのが正門近くにありますが……』
「レストラン……」
門を入ってすぐのところに、レストランがあったことを思い返す。
──お店のドアに入っちゃって。
──定食屋さん。
そうか──。
もしかして、娘のあの時の言葉は、遠回しにアトラクションではなくレストランに居ることを伝えていたのか──。
点と点が線で繋がっていく。
「助かります。ありがとうございます」
俺は従業員のお姉さんに礼を言うと、すぐさま駆け出した。
それが当たりかハズレかは、実際にその場に行ってみなければ分からない。
だが、立ち止まっている場合ではないのである。
その場所が違うのであれば、また一から別の線を捜さねばならない。
時間もないので真偽を早急に確かめる必要があった。
俺は奥まで進んだ遊園地を、入り口に向かって全速力で走ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます