「11」入店

 広い遊園地内を駆け抜け、目的の場所に辿り着くまでに数十数分はかかってしまった。立ち止まることなく走りと歩きを繰り返し、目的地であるレストランに到着した俺は全身から汗を流し、息を切らしたものである。

「はぁ……はぁ……」

 膝に手をついて、忙しなく呼吸を繰り返した。

 正直、動ける気力も残っていなかった。今すぐにでもその場に座り込んで脱力してしまいたいところであった。

「だぁーっ!」

──だが、こんな所で音を上げている場合ではない。

 自分自身を奮い立たせる様に雄叫びを上げ、俺は両拳を掲げた。


 娘が待っているのだ──。

 棒になった足を無理矢理に前に出し、レストランへと近付いていく。

 入り口に青色のカーテンが装飾されていた。


 これを娘は『暖簾』に見立てていたのだろう。

──間違いない。

 俺は確信した。

──此処に娘が居るんだ。


 レストランの建物には扉はなく、開いた状態になっていった。

 俺は一歩一歩前進し、中に入って行った。


「いらっしゃいませー!」

「いらっしゃいませ!」

「いらっしゃいませ!」


 店内に足を踏み入れた途端、フロアのあちこちで店員の声が上がった。店員の挨拶を聞いた別の店員がまた挨拶をするのでズレが生じ、まるで声が反響でもしているかのようだ。


 俺は店内をキョロキョロと見回した。

 このレストランの何処かに娘は居るはずである。当然だが、フロアに娘の姿はない。

 目立たない部屋の中に監禁されているのだろう。

 それはいったい何処なのか──。


 入り口で俺が立ち尽くしていると、フリフリの衣装を来た店員のお姉さんが応対しにやって来た。

「いらっしゃいませー。お一人様ですかー?」

「あ、ああ……。一人だが……」

 俺は頷いた。

 このお姉さんに娘の居所を聞いてやりたいところであったが、誰が誘拐犯であるかも分からない。どこで見られているかも分からないので、迂闊な行動は慎むべきだろう。


「こちらへどーぞ!」

 席に案内すべく、従業員のお姉さんは手で店の奥を差しながら案内すべく歩き出した。

 俺もそれに続いて後ろを歩く。目立つ行動は控え、取り敢えず従うことにした。


「こちらのテーブルでどうぞ」

 従業員のお姉さんに案内されたのは店の一番奥にある壁際のテーブル席だ。

 悪くない席だ。店の中を一望できる。


 俺がソファーに座ると、従業員のお姉さんはお手拭きタオルを俺に手渡し、お冷とメニューを俺の前に置いてくれた。

「ああ、すまないね」

 非礼ではあるだろうが、俺は受け取ったお手拭きで顔を拭った。

 全身汗まみれでベトベトしていたので気持ちが悪かった。許されるのであれば体も拭きたいところであったが、流石に人目もあるので我慢をした。


「ご注文が決まりましたら、お呼び下さい」

 従業員のお姉さんはペコリと会釈をすると、他のテーブル席に注文を取りに行った。


 俺は従業員のお姉さんの背中を見送ると、さらに注意深く店内を見てみることにした。

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