エピソード 共同作戦 4

 作戦の説明会では色々あったけれど、任務は問題なく開始された。

 それぞれが車両に乗って作戦の目標となる山の麓へと移動。そこで降車して、第一と第八、それぞれの中隊が退路を確保し、加えて偵察に人員を割く。

 その動きはきびきびとしていて一切の無駄がない。


 さすがは帝都を護る特務大隊のメンバーなんだけど――と、私は表情を曇らせた。

 たしかに練度は高い。整然とした動きは私が率いた神聖王国の部隊に勝るとも劣らない。だけど、だからこそ気になってしまう。どうしてそれぞれの部隊が別々に動いているのか、と。


 複数の退路を用意するのは分かる。偵察に割く人員を増やすのも分かる。だけど、それぞれが別々に行動し、意思疎通を図らないのは互いのことを信頼していない証拠でしかない。

 現地でまで、正面切っての言い争いが起きないだけマシかもしれないけど……


「さきほどから険しい表情をしていますが、なにか心配事があるのですか?」


 行軍中のアーネストくんが横に並び掛けてきた。私は周囲を見回して第一の人が近くにいないことを確認して、「第一との仲の悪さが気になって……」と呟いた。


「あぁ、そのことですか。仕方ありませんよ」

「高倉が第八を蔑んでいたのは知っているよ。でも、彼の一派は一掃されたんだよね? なのに、どうしていまでもこんなに距離を置いているの?」

「それは……僕らがはぐれ大隊だからでしょう」


 以前にも聞いた言葉。

 第八がどうしてはぐれ大隊と呼ばれているのか。そして、どうしてはぐれが嫌われなくちゃいけないのか。尋ねたい衝動に駆られたけれど、私はその言葉を口に出来なかった。

 アーネストくんがとても悲しそうな顔をしていたから。


 これは……私が想像しているよりずっと、根が深いなにかがありそうだ。そして、その理由は、特務第八大隊がはぐれと揶揄される理由にあるのだろう。

 第一との関係を改善するには、その理由を調べる必要があると思う。

 だけど――と、私は唇を噛んだ。


 その件を話題にすると、アーネストくんの口は明らかに重くなる。私に知られたくないと思っているのがありありと伝わってくる。

 それに――


 水瀬さんに言われたとおり、私も本当は分かっているのかもしれない。アーネストくんや紅蓮さんが過敏に反応した言葉、そして聖女の術が逆効果だった理由。

 それらから導き出される答えはそう多くない。


 ――と、そのとき。茂みの向こうでなにかが動いた。私が反応するのと同時、隣にいたアーネストくんが軍刀に手を掛ける。続けて、他の面々も同様に警戒態勢を取った。


 ここはまだ作戦の圏外だ。

 つまり、美琴さんを鍛えるために、軍部が用意した仮想敵役ではない。もしかしたら妖魔、あるいは別のなにかかもしれないと部隊に緊張が走った。

 そして一秒、二秒、永遠のようにも感じられ一瞬が過ぎる。茂みから更なる葉擦れの音はしない――が、たしかに気配がある。

 隊員達はアイコンタクトで移動を開始して、茂みを扇状に包囲を開始した。

 次の瞬間、茂みから大きな影が飛び出した。

 その正体は――鹿。

 茂みから飛び出した鹿は跳躍し、一目散に逃げていく。


「なんだ、鹿か……脅かしてくれるぜ」


 誰かが呟き、隊員達は警戒態勢を平時に戻した。

 それを見た私はふと思った。こんな風に最悪を想定していても、蓋を開けてみたらなんでもないことだってある。はぐれ大隊のことだって、もしかしたらそんな類いの話かもしれない。

 それに、もしも想定する最悪だったとしても、きっとなんとかなるはずだ。以前の、聖女としての私なら迷ったかもしれないけれど、いまの私は自由に生きると決めているから。

 だから――


「アーネストくん、ゆっくりでいいから、第八の印象を変えていこうね」

「え、あの……レティシアさん?」

「大丈夫、私は戦友を決して見捨てない」


 いつまでもはぐれ大隊なんて言わせない。そのためにも、まずは慎重に調べてみよう。でもって、それからどうするのかは、そのとき考える。


 そんな風に決めたら少し心が軽くなった。

 私は顔を上げ、さっきよりも力強い足取りで行軍を再開する。



 そうして、第一と第八は作戦地域へと到達した。

 山の中、切り開かれた平地に古びた建物が見える。かつて、第八大隊が潰した非合法の研究所で、いまは廃墟となっている。その建物こそが、美琴さんの訓練に選ばれた場所だ。


 作戦概要はこうだ。

 先日、村の住人が妖魔化したことで、その残党が山の中に散った。その残党を狩るために山を捜索するというのが今回の表向きの任務。その捜索中に研究所跡地を発見、そこで謎の集団による襲撃を受ける。というのが裏の筋書きだ。


 予想外の展開にも動揺せず、軍の指示に従う訓練、負傷した兵士を癒やす訓練、ここら一帯を浄化する訓練。この三つの訓練を、美琴さんには実戦だと思い込ませておこなう。


 もちろん、模擬戦による隊員達の訓練も兼ねているし、第一と第八の関係を改善するための合同訓練という意味合いもある。

 第一号、巫女飛躍訓練の開始である。


 美琴さんに聞かせるため、想定外の建物を発見したという報告。そこから、かつての研究跡地だという情報を出し、内部に妖魔が巣くっているかもしれないという結論に持っていく。

 それから建物の内部に偵察を送り、本隊は付近で待機。

 と、そのとき、後方で発砲音が上がった。続けざまに発砲音が響き、それが十、二十と続いた後、再び辺りに静寂が戻ってきた。

 それからほどなく、伝令兵が雨宮様の下へと走ってきた。


「――報告します! 後詰めが妖魔の襲撃を受けるもこれを撃退。見える範囲に新たな敵影はないが、念のために注意されたし――とのことです」


 第八の隊員から報告が入る。

 訓練内容通りなら、襲撃をしてくるのは正体不明の人間だ。つまり、妖魔の襲撃は訓練ではない。実際に襲撃を受けたという情報を受け、隊員のあいだにわずかな緊張が走った。


「清治郎――」


 雨宮様が、この場で一番上の階級である井上さんに対応を促す。第八同様、第一の隊員から報告を受けていた彼は即座に頷き、隊員達に指示を飛ばし始めた。


「このように視界の悪い場所では、不意打ちをされる可能性がある。周囲の安全を確認するまで、あの建物を一時的な防衛拠点とする。偵察部隊に連絡し、中の安全確認を急がせろ!」


 井上さんが指示を飛ばし、隊員達がそれに従って行動を開始する。

 まずは建物を背にして周囲を警戒、そのあいだに中の安全を確認。そうして妖魔がいないことを確認し、施設内に足を踏み入れた。


 第一と第八の精鋭が内部で美琴さんを護り、残りの者達が周辺警戒に当たる。それを横目に、私は美琴さんの後ろ姿を盗み見た。


 前回の一件、美琴さんは不測の事態で籠城を強いられることになった。戦いと縁遠い世界から来た彼女にとって、相当なトラウマになっているはずだ。

 だから、今回の作戦計画では、建物に籠城する予定がなかった。こんなことになって大丈夫かな? と美琴さんの背中を見守っていると、雨宮様に軽く手を引かれた。


「レティシア、少し話がある」


 井上さんと二人、内緒話があるといった面持ちで目配せをしてくる。私は頷いて二人の後に続く。美琴さんのいる部屋から出て廊下を進むと、二人はピタリと足を止めた。


「それで、お話しというのは? 仕込みではないとはいえ、妖魔の残党が現れるのは想定のうちだったはずです。にもかかわらず籠城することになった理由について、ですか?」

「さすがだな。その理由だが、清治郎――」


 雨宮様が話を振ると、井上さんが頷いて私のまえに立つ。


「さきほど襲撃を受けたのは第一の小隊だ。前回のこともあり、模擬弾だけでなく、万全の武装を準備していたのだが、妖魔一体にずいぶんと手こずったそうだ」


 妖魔が一体という事実に眉を寄せる。さきほど上がった発砲音は、軽く五体、十体は倒せるほどの数だった。それが一体だったというのなら……


「中級妖魔、ということですか?」

「それが、おそらくは下級妖魔だというのが」

「おそらくは、ですか?」


 なぜあやふやなのかと首を捻った。


「我ら第一も妖魔と交戦しているが、纏う影の大きさでランク分けをするのは初めてだ。第八の感覚と同じだと断定できない」

「……つまり、第八の話から想像すると下級だけど、強さは中級だった。だから、下級という判断が間違っているのか、なにか不測の事態が起きているのか分からない、と?」

「そういうことになるな」


 なるほど――と、私は色々と理解した。


「その身に纏う影は、あくまでナリタテの目安でしかありません」

「つまり、あれから日が経ったいま、当てにはならない、と?」

「はい。確実の言えるのは、ただの下級妖魔ではない、ということです」

「そうか……ならば警戒態勢を上げるとしよう」


 ひとまず警戒を厳に、安全が確保できれば、様子を見て訓練を再開――という方向で話が纏まったそのとき、再び外で発砲音が上がった。

 音からして近くではない。少し離れた山の中だ。ばっと振り返って雨宮様を仰ぎ見れば、彼は即座に私の意図を汲んで頷いた。


「作戦のために伏せていた別部隊だ。これは、いよいよ警戒が必要だな。清治郎、場合によっては合流した方がいいかもしれん」

「そうだな。まずは連絡を取るとしよう」


 発砲音は一度ではなく、続けざまに山中にこだましている。私達が通信兵のところへ向かおうとしたそのとき、ちょうど無線機を背負って走り来る通信兵と出くわした。


「報告します。我ら、数体の鬼と交戦中。至急対応の指示を請う! 繰り返します。我ら数体の鬼と交戦中。至急対応の指示を請う! であります!」

「鬼、だと……?」


 井上さんが眉をひそめた。

 私は雨宮様に「鬼とはなんですか?」と小声で尋ねる。


「力が強く、頭には角が生えているが、それ以外の部分は人と変わらぬ姿をしている――という、伝承上の種族だ。実在はしないはずだが、鬼に似た妖魔がいるのかもしれん」

「……っ」


 その話を聞いて私は息を呑んだ。

 鬼という存在が、私の知る魔族とよく似ていたからだ。


「井上さん、最大限の警戒をするように伝えてください。もしかしたらその鬼という存在は、上級妖魔よりも上位の敵かもしれません」

「なんだと、どういうことだ!?」

「説明は後です!」

「――っ、いいだろう。通信兵、別働隊に、即座に合流するように伝えろ。そして手が空いている部隊は後退の支援だ! ここを拠点として迎撃する!」


 井上さんの命令により、隊員達が忙しなく動き始める。

 それを見守っていると、井上さんが詰め寄ってきた。


「それで、上級妖魔よりも上位の存在かもしれないというのはどういう意味だ?」

「言葉通りです。私達の世界にもいたんです。魔物よりもずっと人間に近い姿を持ち、高い知性と理不尽な力を兼ね揃えた、魔族という人類の敵が」

「鬼が、それと同じかもしれない、と?」

「あくまで可能性でしかありませんが……」


 報告にあった敵の数は数体。それでも、発砲音はいまも続いている。少なくとも、下級や中級の妖魔クラスではないはずだ。

 そう伝えると、雨宮様が難しい顔で私を見た。


「……レティシア。鬼が魔族と同等だとして、我らで対抗できると思うか?」

「そう、ですね。魔族といってもピンキリです。魔王やその側近クラスだと、大隊規模が一瞬で全滅してもおかしくはありません。ですが……」

「まだ発砲音がしている。対抗しうる相手、ということか」

「……いえ、相手が本気を出していないだけ、という可能性も捨てきれません」


 なにしろ魔族は狡猾だ。

 鬼がそれと同等の存在だと仮定するならば、最初は手加減をしてこちらに勝てると思い込ませ、逃亡という選択肢を奪いに来ている――という可能性もある。

 そのやりとりを聞いていた井上さんが思案顔で口を開いた。


「そこまでの相手か……厄介だな。出来ればここで叩いておきたいところだが、巫女殿の安全を最優先とするならば撤退も視野に入れる必要がありそうだな。伊織はどう思う?」

「もしも鬼がレティシアのいうような存在ならば、撤退中を狙われる可能性がある。ひとまず、この建物に籠もって様子を見る方がいいのではないか?」

「だが、弾薬の半分は模擬弾だ。それに食料もそう多くはない。ここに籠城を強いられた場合、物資の心配が……あぁ、いや、そういうことか」


 井上さんは私を見て、「レティシアのそれは、相当な容量があるのだな?」と呟いた。ちなみに、美琴さん経由で異空間収納について知られたことは、雨宮様に報告済みだ。


「清治郎、その件は他言無用だ。ゆえに、物資の補給も最終手段と思え」

「……分かった。だが、選択肢が増えるのはありがたい。ひとまずここを拠点として巫女殿の安全を確保し、鬼の迎撃にあたる――っ」


 不意に、新たな発砲音が響いた。それも野外から聞こえる断続的な発砲音ではなく、建物内で響く発砲音だ。いまの射撃位置は、美琴さんが待機している部屋の方だ。


 私達は即座に駈けだし、美琴さんが護られている部屋へと突入。目に入ったのは、銃を構えて警戒する隊員達。そして、その足元には床に伏して血を流す護衛の一人。

 続けて、驚きに目を見張った美琴さんの姿が目に入った。


「なにがあった!」

「隠し扉です! その扉の向こうから奇襲が――っ」


 隊員がみなまでいうより早く、さきほどまではなかった扉の向こうから、銃を構えた男が半身を露わにする。刹那、私のすぐ隣で雨宮様と井上さんが続けざまに発砲。

 次の瞬間、隠し扉から半身を見せた男はくずおれた。


「伊織――」

「ああ」


 わずかなやりとりだけで、分かり合う二人。

 井上さんは第一の面々に命じて美琴さんを保護。先行部隊を出して廊下の安全を確保しつつ、倒れている護衛を連れて部屋から退避する。

 それを横目に、雨宮様は第八の隊員に命じて隠し扉を警戒。美琴さんが退避するのを確認すると、ハンドサインを送って隠し扉の奥を探らせる。


「……見える範囲に敵兵はありません。ただ、これは……地下へと続く階段です」

「地下、だと?」


 隊員の報告に雨宮様が眉をぴくりと跳ね上げる。


「はい。下にフロアがあります。地上と違い、電気も生きているようです」

「……つまり、この研究所はいまも稼働中、ということか」

「紅蓮さん、どういうことですか!」


 不意に声を荒らげたのはアーネストくんだ。


「この研究所を潰したのは紅蓮さんでしょう! 人も研究資料も、ここの研究にかかわったものは残らず始末したと言ったじゃないですか! なのに、これはどういうことですか!」


 紅蓮さんに詰め寄り、烈火のごとくに捲し立てる。普段は温厚なアーネストくんからは想像も出来ない苛烈な反応。逆に、いつもなら反論しそうな紅蓮さんは無言で唇を噛んだ。


「なんとか言ったらどうなんですか!」

「俺は、すべて確認したつもりだった……」

「ならあの隠し扉はなんなんですかっ!」


 アーネストくんが紅蓮さんの胸ぐらを摑み、反対の手で拳を振り上げる。だが、その拳が紅蓮さんに向かって振るわれることはなかった。

 雨宮様がその手を摑んだからだ。


「落ち着け、アーネスト」

「離してください、伊織副隊長! 紅蓮さんのせいで、また僕のような存在が――」

「落ち着けと言っているだろう!」


 雨宮様が一喝してアーネストくんを黙らせる。

 そうして、今度は静かな口調で「落ち着け」と繰り返した。


「紅蓮がこの施設を潰したときに、この隠し扉があったとは限らない。潰された研究所跡というのを隠れ蓑に、新たな研究所を創った可能性もあるだろう」

「……それは」

「それに、いま重要なことはなんだ? もし地下に研究所があるのなら、それを破壊することだろう。ここで騒いで、相手に脱出の機会を与えるつもりか?」

「……っ。申し訳、ありませんでした」


 アーネストくんは血が滲みそうなほど唇を噛んで俯いた。そうして紅蓮さんに向き直ると、握り締めた拳を振るわせながら「紅蓮さんも、すみません」と呟いた。


「……謝罪の必要はねぇよ。逆の立場なら、俺もおまえを責めたはずだからな。だが、俺もおまえも目的は同じだ。研究施設は必ず破壊するぞ」

「はい……研究施設はすべて破壊します」


 アメシストのようなアーネストくんの瞳が暗い輝きを放った。普段は無邪気な男の子にしか見えない彼に、こんなダークな一面があるなんて……と、背筋が寒くなる。

 やっぱり、アーネストくんや紅蓮さんにはなにかある。そして、それと関係するなにかが、この地下へと続く階段のさきにあるのだろう。

 私は意を決し、その地下へと続く階段を覗き込んだ。

 

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