エピソード 共同作戦 3

 美琴さんの訓練方針が決まった後、井上さんの行動は迅速だった。美琴さんには実際の任務という名目の実地訓練。その作戦概要を翌日には送りつけてきた。

 そんな訳で、雨宮様に呼び出された私はその作戦概要に目を通した。


 作戦の場所に選ばれたのは、先日の任務でも訪れた山中。と言っても、戦場となった村とは少し離れているのだけど、そこに第八が潰した外道な研究施設跡地があるらしい。


 その施設跡に妖魔が住み着いているとの情報が入り、調査に向かう――というのが、井上さんの書いた筋書きで、第八もその実地訓練に共同で参加することになった。


 特務第一大隊からは井上さんが率いる一個中隊。そこに特務第八大隊から、雨宮様、そしてアーネストくんと紅蓮さんが率いる三個小隊が参加する。


 その指令を受けた私は、女中の上司にその旨を伝えた。

 ――と言っても、作戦に参加すると正直に打ち明けている訳じゃない。毎回欠席するのは外聞が悪いので、作戦に参加するときは、女中として出張していることにしてもらったのだ。

 という訳で、今日も今日とてその報告を終え、上司の部屋を後にする。すると、私が出てくるのを待っていたかのように彩花が駆け寄ってきた。


「レティシア、また――派遣要請があったの?」


 心配そうに問い掛けてくる彩花は、私が軍の作戦に同行していることを知っている。さすがに、私が最前線で戦っていた――なんてことは知らないはずだけど。


「大丈夫だよ。詳しくは言えないけど、比較的安全な派遣先だから」

「……そっか、無理しないでね」

「うん、心配してくれてありがとね」


 私は彩花にお礼を言い、その足で特務第八大隊の司令部に足を運ぶ。作戦会議室には既に、井上さんと美琴さん、その他、第一の部隊長クラスの面々が集まっていた。

 そして私とほぼ同時、第八から雨宮様、それに紅蓮さんとアーネストくんが合流する。


 作戦の説明――と言っても、美琴さん以外は既に知っている。本来なら必要ないことなのだけど、これは第一と第八の交流会を兼ねているらしい。


 私としては、第八を見下している高倉一派がいなくなったのだから問題はないはず――と思ったのだけど、両者のあいだにある雰囲気はかなりぎこちない。

 というか、第一の人達が第八を警戒しているように見える。第八が援軍に駆けつけたことで助かった人もいるはずなのに、どうしてこんなに警戒しているんだろう?


 分からないけれど、美琴さんも剣呑な雰囲気を感じ取ったのか不安そうだ。このままじゃまずいと思っていると、誰かが「なんで、第八と合同なんだよ」と呟いた。


「俺らに助けられたくせに、なにを偉そうに言ってやがる」


 売り言葉に買い言葉と言った感じで、紅蓮さんが即座に言い返す。続いて第一の誰かが「これだからはぐれは、たった一度手柄を立てた程度で偉そうに」と応戦した。

 止めないと――と私が立ち上がる寸前、バンと机を叩く音が二ヵ所から同時に響いた。


「紅蓮、その件はなかったことになっている。たとえ関係者しかいない場所だとしても、みだりに口にするな」

「おまえもだぞ。なかったことになっているとはいえ、高倉の不始末に片を付けてくれたのが第八であることに変わりはない。第八を蔑むような発言はやめろ」


 雨宮様が紅蓮さんを諫め、井上さんもまた第一の部下を諫めた。彼らは二人の言葉に従うが、それで不満が消えた訳ではないだろう。

 口を閉ざしただけで、部屋に漂う空気はさきほどよりも険悪になっている。


 どうしたものかと考えていると、困り顔の美琴さんと目があった。彼女は私を見ると、そうだとばかりに立ち上がる。


「レティシアさん、先日甘味処へ行ったとき、故郷のお菓子を、普段からお茶請けとして提供していると言っていましたよね? よければ食べさせてくれませんか!?」


 いきなりすぎる提案にびっくりした。場を和ませようとする気持ちは分かるけど、いくらなんでも作戦の説明するこの場でお茶菓子は出せないよと困惑する。

 だけど――


「たしかに、レティシアの嬢ちゃんの用意するお茶とお菓子は心が落ち着くからな。第一の連中にも食べさせてやったらいいんじゃねぇか?」


 美琴さんの意見に同意したのは紅蓮さんだった。もっとも、場を収めようと言うよりは、第一の人達の心に余裕がないと揶揄しているように聞こえる。

 それに気付いたのか、アーネストくんが慌てて「そうですね、レティシアさんのお茶とお菓子は美味しいですからね。第一の方々も気に入ると思いますよ!」とフォローする。


 お茶にするような場所じゃないけれど、ここで断ると、更に感じが悪くなってしまう気がする。話に乗ってもかまわないか雨宮様に視線で問い掛けると、彼はこくりと頷いた。


「清治郎、巫女殿がこう言っているが、かまわないか?」

「あ、ああ。しかし、この人数分をいまから用意するのか?」

「問題ない。実のところ、お菓子は準備してあるからな」

「――っ」


 思わず笑いそうになってギリギリで堪えた。

 私の異空間収納は第八だけの秘密だ。だから、お茶菓子をすぐに用意できる理由を作らなくてはいけない、というのは分かる。

 分かるのだけど……


『雨宮様……それだと、第八が大の甘党みたいですよ』


 大隊規模の部隊が、他の部隊と合同で作戦を遂行する。その説明の場で、お茶とお菓子を事前に用意する第八の代表。どれだけ甘い物好きなのよ、という話である。

 いや、笑っちゃいけない。雨宮様はこの場を収めるために、自分が甘党であるかのような振る舞いをしてくれているのだ。私も、そんな雨宮様の期待に応えよう。


「それでは、お茶とお菓子を用意してまいりますね」


 何処か適当な場所で異空間収納から取りだして運ぼう。そう思ったのだけど、井上さんが「ならば巫女殿に案内してもらうがいい」と提案してきた。


「あ、いえ、私は――」

「はい、それじゃ案内しますね!」


 私が断るより早く、美琴さんが立ち上がってしまった。まあ……上手く誤魔化せばいいか。そんな風に考えて、「それじゃお願いします」と、美琴さんの後に続いた。

 そうして案内されたのは、なぜか誰かの私室だった。


「……ここは?」

「私の部屋ですよ」

「……ええっと、どうして?」


 お茶とお菓子を用意しに来たはずだけど……と困惑する私に、美琴さんが悪戯っ子のような笑みを浮かべ、前屈みで私を見上げるように指を突き付けてきた。


「レティシアさん、ずばり、アイテムボックスを持ってるでしょ!」

「……アイテムボックスですか?」

「あ~えっと、つまり……そう、異空間にあれこれしまっているでしょう?」


 なんで――と、声に出さずにすんだのは、この部屋に連れてこられた時点でなにかあると警戒していたからだ。私はどう反応するのが正解か考え――フッと息を吐いた。

 疑われている以上、彼女の目を欺いて異空間収納を使うのは難しい。たとえ誤魔化したとしても、これからも疑惑の目を向けられることになるだろう。

 それくらいなら、ここで打ち明けた方がマシだ。


「……どうして分かったんですか?」

「やっぱりアイテムボックスがあるんですね!」

「名前は違いますが、異空間に物を収納する能力はありますよ。異空間収納と言うんですが、どうしてその能力があると分かったんですか? この世界にはないみたいですが……」

「私の時代には、異世界召喚という定番の物語があるんです。聖女とか巫女とかが異世界から召喚されて活躍するような話で、アイテムボックスとかも定番なんですよ~」


 聖女という単語が出たことにドキッとする。井上さんには話したけれど、美琴さんには伏せてくれているはずだ。だけど――と、私はある可能性に思い至る。


「……物語というと、昔の伝承を語ったような?」

「いえ、娯楽的な作り話ですよ。でも、どうしてそんな質問を?」

「この時代のことが語られているのかな、と思いまして」


 美琴さんが元いた世界は、この世界の百年後のような世界だと聞いている。だから、この時代の出来事が、美琴さんの時代で語られている――という可能性を考えたのだ。


「あ~どうでしょう? 私も詳しいことは知りませんが、昔話を元にしたという話は聞いたことがありません。私が知らないだけかもしれませんが……」

「なるほど、よく分かりました」


 昔話が元なら、予言めいた情報が手に入るかもと思ったのだけど……ちょっと残念。


「それにしても、よくそれだけで分かりましたね。カマを掛けたんですか?」

「実は、ちょっとだけ。だけど、もし本当に何処かに用意してあるのなら、私の部屋に案内するまえに、場所を指定してくると思ったので」

「あぁ……なるほど」


 これは私のミスだ。

 うっかり、厨房か何処かに案内されるものだと思い込んでいた。初対面は大人しそうな女の子というイメージだったけど、意外としっかりとしている。


「完敗ですね。異空間収納については、秘密にしておいて欲しいのですが……」

「もちろんです。でも、井上さんにも、ですか? 以前、私の予想を話したことがあるので、たぶん今回、私に同行するように言ったのも意図的だと思いますが……」


 ……あぁ、そっか、あの時点で試されていたんだ。


「分かりました。では秘密は井上さんで止めていただくように説得していただけますか?」

「はい、それは大丈夫だと思います!」

「お願いしますね。それでは――」


 と、私は異空間収納から人数分のケーキと紅茶のセットを用意した。


「うわぁ、これが異空間収納ですね、実際に見るのは初めてです! 本当になにもないところから出てくるんですね。これって人も入れたりするんですか?」

「生き物は無理ですね。ところで、ワゴンも用意することは出来るんですが……それだとさすがに不審に思われると思うので、こちらのワゴンを貸していただけますか?」

「あっ、そうでした。ちょっと取ってきますね!」


 その後ろ姿を見送って、ちょっと水瀬さんと同類っぽいなと思った。

 その後、美琴さんが運んできたワゴンにケーキと紅茶のセットを乗せて第一の作戦会議室へと舞い戻った。そうして、隊員達にケーキと紅茶のセットを提供する。


 第八の人達は甘党だけど、男性なら甘い物が苦手な人も多いんじゃないかな? なんて心配したのだけど、第一の面々も興味津々といった面持ちで食べ始めた。

 それを意外に思っているのが表情に出ていたのだろう。給仕を手伝ってくれた美琴さんが、手のひらを口元に寄せて、小声で囁きかけてくる。


「びっくりしますよね。この時代、外国の食べ物=流行の最先端というイメージだから、男性も好んで洋菓子を食べるんだそうですよ」

「なるほど、流行に敏感であるという主張ですか」


 そうなると、無理をしている可能性も――と彼らの表情をうかがうが、その辺りは問題なさそうだ。これはなかなかの美味――なんて呟きが聞こえてくる。隣でも、ケーキを食べ始めた美琴さんが、「うわっ、ホントに美味しい!」なんて声を上げる。


「美琴さんも気に入っていただけましたか?」

「はい。これなら元の世界のケーキに勝るとも劣りません! 凄いですね。私の中の定番だと、異世界の食文化は遅れているってイメージだったんですが、その逆でした!」


 物語の定番と比べられても困るけど、なんにしても気に入ってもらえたようでよかった。

 これなら、第一と第八の仲も改善されるかなと期待して井上さんに問い掛ける。


「いかがでしょう、気に入ってくださいましたか?」

「ああ、これは中々美味しいな。紅茶とよくあっている。……しかし、初めて食べる味でもある。このケーキは何処かで売っているのか?」

「いえ、これは私が作ったものです」

「これを……?」


 井上さんが意外そうな顔をする。

 まあ実際、私も料理はあまりしない。基本的には、お店で買って保存していた料理を、その都度異空間収納から取りだしているだけだ。

 だけど、今回はそんな質問があることを予想して、私が作ったお菓子を用意した。異世界で購入して、異空間収納にしまっていたケーキを取りだした――とは言えないからね。


 だから、このやりとりは想定内――だったんだけど、


「これを、第八の連中が独占しているのか、生意気な」


 誰かが呟き、紅蓮さんが「はっ、羨ましいならそう言えってんだ」と応じてしまう。


「なんだと?」

「そっちこそなんだ!」


 そんな声が上がり始め、再び雨宮様と井上さんが「「静かにしろ!」」と怒鳴りつける。続けて「三度目はないぞ」という雨宮様の恫喝に、彼らは口を閉ざした。

 その後は特に諍いも起きず、作戦の説明が再開。この場はなんとか切り抜けられたのだけど、顔合わせだけでここまで険悪になるのは予想外だ。

 どうして、ここまでいがみあっているんだろう……?

 私は先行きの不安さに肩を落とした。

 

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