エピソード 共同作戦 2

 数日経ったある日。ハイカラさんスタイルで商業区にやってきた私は、百貨店の前でそよ風に身を任せ、行き交う人を眺めていた。

 今日は雲一つない晴れの日で、心なしか通りを歩く人々の表情も楽しげに見える。そうして人間観察を続けていると、洋服に身を包んだ女の子達の黄色い声が聞こえてきた。


「さっきの男の人、俳優さんかな?」

「かなぁ? 凄く格好よかったね!」


 弾んだ足取りで私のまえを通り過ぎていく。いまのような光景を、私はさきほどから何度も目にしている。それもすべて、同じ方向から来た女の子達のやりとりだ。

 私は懐から取りだした懐中時計で時間を確認し、女の子達が来た方へと歩き始めた。

 すぐに、小物屋のまえで商品を眺める濡れ羽色の髪の貴公子、雨宮様の姿を見つけた。今日の彼は見慣れた軍服ではなく、着流しのスタイルで決めている。

 自然体で商品を眺めるその横顔はとても絵になっていた。


「雨宮様は一足先にお買い物ですか?」

「ん? あぁレティシアか。待ち合わせまでまだ少し時間があるからな。それにしても、俺がここにいるとよく分かったな。第八とは逆方向だろうに」

「道行く人々が教えてくれましたよ」

「ん? どういう意味だ?」


 雨宮様は自分がどれだけ注目を浴びている存在か自覚がないらしい。私はなんでもありませんと笑い、雨宮様が眺めていた棚へと視線を向ける。

 そこには置物の時計が並べられていた。


「置き時計を見ていたのですか?」

「ああ、まぁ……そうだな」

「そうなんですか。実は私も欲しいなって思っていたんです。先日懐中時計は買ったんですが、部屋に時計がないのは少し不便なので。どれを買おうかな……」


 雨宮様の横に並んで物色を始める。


「レティシア、買うのは今度にした方がいいんじゃないか?」

「え? あぁ……大丈夫ですよ。私はほら、アレがありますから」


 異空間収納にしまえば、どんな荷物も関係ない。そういって笑えば、彼は「そういう意味ではなかったのだがな……」と肩をすくめる。

 あれ? っと小首をかしげた私は先日の一件を思い出した。雨宮様が立ち去り際に告げた一言、あれはそういう意味だったのかな? だとしたら――


「雨宮様、どれがいいか選んでくれますか?」

「俺が選ぶのか?」

「ご迷惑なら自分で選びますが」

「いや、いい。おまえの部屋に似合いそうな置き時計を選んでやろう」


 雨宮様はそう言って、すぐにいくつかの候補を出してくれた。私はその中の一つ、雨宮様が特にオススメしてくれた和風の置き時計を購入した。


「雨宮様、ありがとうございます」

「俺は選んだだけだが?」

「それで十分です、ありがとうございます」

「そうか、喜んでくれたのならそれでいい」


 雨宮様はぶっきらぼうに言い放つ。そうして、役目は終わったとばかりに店の外へと足を進める。雨宮様も置き時計に興味があったはずなのに、ね。私は購入した置き時計の包みをきゅっと抱きしめて、それから異空間収納に大切にしまう。


「雨宮様、待ってください」


 私は彼の後を追い掛けて店を後にする。懐中時計を確認すれば、そろそろ待ち合わせの時間が迫っていた。雨宮様――と時計を見せれば、彼はこくりと頷いた。


「そろそろ行くとするか」

「はい」


 雨宮様と並び、再び待ち合わせ場所である百貨店の前に足を運ぶ。そこには既に待ち合わせの相手が揃っていた。

 まずは美琴さん。

 彼女は私と同じように異世界――厳密にはここと似た世界の未来から召喚された巫女で、歳はまだ十七歳。夜空のような青みがかった黒髪ツインテールが印象的な女の子だ。

 彼女は夜色の瞳を輝かせ、隣にいる男性とおしゃべりをしている。


 そのおしゃべりの相手は井上さん。

 特務第一大隊の隊長で、雨宮様とは昔からの付き合いらしい。時折ぶつかり合ったりもしているけれど、本当は仲がいいのだろうと私は思っている。

 そんな井上さんは、私服とおぼしき洋服を身に纏っている。同じく洋服姿の美琴さんと並んでいる姿が、とてもお似合いに見えた。

 きっと、二人が楽しげに笑っているのも理由の一つだろう。


 ――と、私達の接近に気付いたのか、美琴さんの瞳がこちらへと向けられた。彼女は「ようやく来ましたね、待ってたんですよ?」とイタズラっぽい笑みを浮かべた。


「あら、待ち合わせの時間まではまだあるはずですよ?」

「それは知ってます。でも、二人で先にお買い物をしていたでしょう? 道行く人々が、二人のことをすっごく話していましたよ」


 美琴さんが笑い、井上さんも「面白いくらいに、行動が筒抜けだったな」と笑った。


「ああ、雨宮様が原因でしたか」


 そう言えば、私もさっき同じ体験をしたと笑う。


「レティシアさんのことも噂されてましたよ。異国の綺麗な女性がいる――って」

「私ですか? 異国風の容姿だから悪目立ちしているんですかね?」


 私が首を傾げると、美琴さんは「うわぁ……」と呟いて、井上さんになにやら耳打ちをする。井上さんもまたなにかを囁き返した。

 ピンと来た私は雨宮様に耳打ちをする。


「雨宮様、雨宮様、美琴さんと井上さんって、実はそんな感じですか?」

「ふむ、どうだろうな。清治郎は堅物だが……たしかに、そう見えなくもないな」


 ですよねと笑って、二人へと視線を戻す。

 今日はダブルデート――ではなく、美琴さんと私のお買い物だ。

 美琴さんが私に先日のお礼をしたがっているという話を聞き、美琴さんの能力や人となりを確認し、効率のいい訓練方法を考えるために申し出を受けた。

 よって、雨宮様と井上さんはその護衛という名目で同行している。


「さっそくだけど、何処へ行きますか?」


 美琴さんに問い掛ければ、彼女はそうだったと表情を動かした。そうしてパタパタと私のまえに駆け寄ってくると、ぺこりと頭を下げる。


「先日は助けてくださってありがとうございます」

「どういたしまして――と言いたいところですが、私はなにもしていませんよ?」


 私がそう言うと、彼女は周囲を見回し、口元に手のひらを寄せて私に小声で囁きかけた。


「治癒ポーション、あれってレティシアさんが持ち込んだ物ですよね?」

「……たしかにそうですが」


 どうして知っているんだろうと首を傾げる。

 私が持ち込んだ事実は伏せられている。知っている者も少なくないが、美琴さんの耳には入っていないはずだ。その証拠に、彼女は回復ポーションという正式名称を知らなかった。

 なのに何故と首を傾げれば、彼女は「異世界の定番ですから」と、よく分からないことを言った。どういう意味か興味を抱くけれど、彼女は私が尋ねるより早く私から離れてしまう。

 そうして、次は雨宮様に視線を向けた。


「雨宮さんもありがとうございます」

「我ら帝国軍人は帝都と、そこに住む人々を護るのが仕事だ。かしこまって礼を言う必要はない。むしろ、我らの事情に巻き込んだことを謝罪する」


 美琴さんはパチクリと瞬いて、「井上さんと同じことを言うんですね」と笑った。


「井上さんにも言いましたが、私は召喚されてよかったと思っています。だから、そのことについては気にしないでください」

「そうか。ならば少しは罪悪感も薄れるというものだ」

「どーぞ、どーぞ、どんどん薄れさせちゃってください」


 美琴さんは天真爛漫に笑って、再び私へと視線を戻した。


「という訳で、お礼にレティシアさんを甘味処へと案内します!」

「甘味処ですか?」

「はい。レティシアさんって異世界から来たんですよね? この時代のお菓子って、まだまだ発展途上なんですが、それでも異世界のお菓子よりずっと美味しいはずですよ!」

「……それも異世界の定番なんですか?」

「そういうことです。さぁ行きましょう!」


 美琴さんが私の腕に抱きついて、こっちですと百貨店の内部へと歩き始める。

 この子、こんなに積極的な感じだったんだ。初めてあの部屋で見かけたときは薄幸の少女っぽいイメージが合ったんだけど、いまはずいぶんと明るい感じがする。

 この世界で充実した日々を過ごしている証拠かな?


 こんな姿を見せられたら、彼女に過酷な訓練を強いることがためらわれる。聖女は生死と隣り合わせの状況でこそ成長する。なんて言っておいてなんだけど……


 私はたぶん、人よりも少しだけ過酷な人生を歩んできた。人を助けるために、人を犠牲にするような矛盾した日々を送ってきた。それでも、私は前に進むのが普通だと思ってきた。

 でも、そういう日常に耐えられなかった聖女も少なくない。


 そんな風に思った直後、近くのお店から悲鳴が上がった。即座に周囲を警戒し、店の中に突入しようとするけれど、雨宮様がそれを手振りで制した。


「俺が中を確認してくる。清治郎は二人を頼む」


 言うが早いか、彼は周囲を警戒しながら店の中に滑り込んだ。

 彼が戻ってくるのを待つ一秒一秒が長く感じられる。それでも沈黙に耐えていると、ほどなくして警戒を解いた様子の雨宮様が戻ってきた。


「ただの事故で、これ以上の危険はなさそうだ。ただ、倒れた棚で怪我をした子供がいる。清治郎は医療班を手配してくれ。それと……」


 雨宮様が視線を向ければ、美琴さんは「分かりました!」と力強く頷いた。そうして店の中に入っていったので、私はその後ろ姿を見送り、雨宮様の側に歩み寄った。


「まさか……訓練の仕込みですか?」

「いや、偶然の事故だ。はしゃいだ子供が棚にぶつかり、不安定な棚が倒れたらしい」

「そう、ですか……」


 巫女の力を引き出すために、子供の負傷を演出したのかと思った。でも、そうじゃなくて、本当に子供が怪我をしているらしい。怪我の度合いにもよるけれど、場合によっては私が手伝った方がいいかもしれない。そう思って美琴さんの後を追って店の中へと足を踏み入れた。


「しっかりしなさい!」


 店の奥から美琴さんの声が聞こえてくる。そちらに顔を覗かせれば、頭から血を流す子供の側で、美琴さんが祈りを捧げていた。

 彼女の祈りに呼応するように、淡くも清らかな光が少年に降り注いだ。その光が少年の頭に触れると、すうっと少年の表情が和らいでいく。


 ……凄い、前回よりも明らかに治癒の腕が上がってる。


「どうして目を覚まさないの!」


 少年が意識を失ったままであることに焦ったのか、美琴さんが更なる祈りを捧げた。眩いほどの光が少年へと降り注いでいく。

 傷はとっくに癒えているのに、焦って過剰に術を使っていることに気付いてハッとする。私は少年の側に膝を付き、脈を取って容態を確認した。


「……大丈夫、脈拍は安定しています。あとで念のためにお医者様に見てもらう必要がありますが、おそらくは頭を打って気絶してるだけでしょう」

「……そう、なの?」

「はい。なので、治癒の術はもう必要ありませんよ」


 微笑みかけると、彼女は安堵の息を吐いて脱力した。


「美琴さん、大丈夫ですか?」

「はい、気が抜けちゃっただけなので大丈夫です」

「……そうですか」


 過剰に癒やしの術を使ったので、相応の負担があるはずなのだけど……彼女の顔に浮かぶのは安堵だけで、疲労の色は滲んでいない。


「……美琴さんは、どうして巫女であることを受け入れたんですか?」

「え、どうして……って、どういう意味ですか?」

「いきなり召喚されて、あなたはこの世界を救う巫女だ――なんて言われても、受け入れがたい事実でしょう? 逃げ出したいとは思わなかったんですか?」

「……そう、ですね。でも、ここが逃げた先だったんです」


 このときの私は、美琴さんが親に政略結婚を強制されそうになって逃げ出したことを知らない。でも、数多くの見習い聖女を迎えてきた私は、美琴さんの思いがなんとなく分かった。

 でも……どっちだろう?


「そういえば、召喚されてよかったと言っていましたね。巫女であろうとするのは、自分を地獄から救い出してくれた人達に対する恩返しですか?」

「え? ええ、それもあります」

「それも、ですか。なら、困っている人を、かつての自分と重ね合わせてもいるんですね?」

「――っ! どうして、分かるんですか?」


 美琴さんがその夜色の瞳を見開いた。

 この子は、私が可愛がっていた、生意気だった後輩とよく似ている。誰かを護ることにひたむきで、誰かを護れないことに涙して強くなる。一人でも多くの人を護ろうと無茶をして、そしてあっけなく死んだ後輩とそっくりだ。

 私はそれを語らず、美琴さんの問いに「どうしてかな?」と笑顔ではぐらかした。美琴さんは「え~?」と不満気だけど、私は席を立って雨宮様の下へと移動する。


「雨宮様、医療班はまだですか?」

「そろそろ来るはずだ」

「そうですか。では、外で待つとしましょうか」


 美琴さんに聞かれないところで少し話があると目配せをした。雨宮様は「では俺もそうしよう」と私の後に続いてくれる。そうして、私達は店の前へと移動した。


「それで、話というのはなんだ?」

「美琴さんのことです。私の勘違いかもしれませんが、彼女は危ういように感じます」

「危うい、とは?」

「実は――」


 と、私は美琴さんから感じた、無茶をする性格の後輩と似ていることを打ち明けた。そして、その後輩が戦場で命を落としたことも。


「なるほど、性格の部分か。そればっかりは、なんとも言えぬな。だが、清治郎なら分かるかもしれぬ。あいつに確認するのが一番だろう」

「そうですね――と、ちょうどよかった」


 井上さんが戻ってくるのを見かけて呼び止める。


「レティシア、怪我人はどうなった?」

「美琴さんが癒やしたのでもう大丈夫です。念のために病院には連れて行った方がいいですが、それよりも……」


 私は周囲を見回して聞き耳を立てている者がいないことを確認して、「美琴さんの訓練方針について提案があります」と口にした。


「もう方針が決まったのか? ぜひ聞かせてくれ」

「出来るだけ過酷な実戦に見せ掛けた訓練をおこなうべきです。彼女が能力を覚醒させなければ人が死ぬ。あるいは、どちらかが死んでしまう、くらいの内容が理想です」

「……そんなことをすれば、彼女の心が傷付くと分かっていて言っているのか?」


 井上さんの声が険しくなる。

 私はその問いに対してそっと目を伏せた。


「なぜ、そのようなことを。おまえも、過酷な人生を歩んできたのだろう? ならば、傷付く者の気持ちが分かるはずだ。それでもなお、過酷な訓練内容を推奨する理由はなんだ?」


 井上さんが捲したてる。

 私としても、美琴さんに過酷な訓練を強いることは心苦しく感じている。だから、彼の詰問に対して答えあぐねていると、雨宮様が私を庇うように割り込んできた。


「清治郎、レティシアは巫女殿のことを、力不足を感じると無茶をするタイプだと分析している。その辺り、おまえから見てどう思う?」

「力不足を感じると無茶をする、か……たしかにその通りだ。巫女としての力を発現できなかったときも、一心不乱に稽古をしていて、倒れないかヤキモキさせられた」

「レティシアはそれを危惧している」

「……ん? あぁそうか。このままでは巫女殿が取り返しの付かない無茶をすると、レティシアは考えているのだな?」

「あくまで可能性の話ですが……」


 彼女は自衛能力が低い。本来であれば後方支援に徹するようにさせるのがベストだが、彼女は周囲が危険になれば、身の安全を顧みずに飛び出しかねない。

 ならば、自衛手段を叩き込むか、無茶をしないように現実を叩き込む必要がある――と私は思う。あくまで私個人の意見なので、決めるのは井上さんだ。

 そんな風に説明すると、彼は検討すると頷いた。


 その後、救護班が少年を病院へと運んでいき、状況は無事に収拾された。私達は気を取り直して買い物を再開。最後に美琴さんがオススメの甘味処で休憩して解散となった。

 

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