第二章
プロローグ 帝都で暗躍する者達
【まえがき】
というか、お詫び。
二章と書いていますが、正しくは書籍版の続きになります。
WEB版と大枠は同じなんですが、一章のプロローグ部分が――
>WEB版:王子に騙されて魔封じの手枷をはめられ、処刑される寸前に転移。
>書籍版:聖女ウルスラ達と共に魔王を討伐、瘴気が全身に巡るのを防ぐために魔封じの手枷を自らはめるが、その直後に襲撃を受けて死にかけたところを転移。
といった感じでまるまる変わっています。
それに伴い、魔封じの手枷を外して力を取り戻したいけど、魔封じの手枷を外すと全身に瘴気が回って魔族になってしまう。という設定がストーリーに絡んできます。
それを踏まえ、投稿をどうするか悩んだんですが、別展開で二種類の続きを書く訳にも行かず、二章から書籍版と同じ設定で投稿という形を取らせていただきます。
ご迷惑をおかけしますが、ご了承のほどお願いいたします。
なお、導入部分が気になる方は電子書籍版の試し読み(2023/02/03配信予定)を見て頂ければ、おそらくプロローグ部分は確認できると思います。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
巫女の凱旋を祝うその日、特務第一大隊の方角で爆発が起こった。そのとき、特務第八大隊の敷地内で話をしていた私と雨宮様は司令室へと駆け込んだ。
司令室の無線には、次々に特務第一大隊の情報が入ってくる。それを聞いた笹木大佐様が即座に警戒網の構築を指示。雨宮様に気付いた彼が近付いてくる。
「伊織、特務第一大隊の敷地に妖魔の襲撃があったそうだ」
「なっ! それで、戦況は?」
「幸いにしてそれほどの被害はない。だが、爆発によって被害も出ているようだ。よって、おまえは小隊を率いて救援に向かえ!」
「了解した。――非番の第一小隊に招集を掛けろ!」
雨宮様がオペレーターに指示を出し、自分は司令室を飛び出していく。私は迷わずにその背中を追い掛ける。
「レティシア、おまえは司令室で待機していろ!」
「いいえ、私も同行いたします!」
特務第一大隊には蓮くんがいる。生き別れの弟と同じ雰囲気を持つ男の子。瘴気に侵され、妖魔化の危険を抱く彼に、特務第一大隊に行けば妖魔化が治ると私が保証した。
彼になにかあれば、私は自分が許せない。
そんな想いを込めて雨宮様を見上げれば、
「……集合は正面の玄関前だ、遅れたら置いていくからな」
彼は仕方がないとばかりに息を吐いた。
同行の許可を得た私は一度自室に戻って聖女の衣に着替え、最速で正面玄関へと走る。そこには既に小隊のメンバーが集合しており、雨宮様が状況説明を開始するところだった。
「傾注! さきほど、特務第一大隊の敷地内で爆発があり、現在は妖魔が襲撃中だ。数はそれほど多くないが、周知の通り、第一大隊は大規模な粛清があり、完全には機能していない。よって、我らは特務第一大隊の援護に向かうこととなった。総員、車に乗り込め!」
「「「はっ!」」」
軍服を身に纏う隊員達が、一糸乱れぬ姿で乗車する。私も雨宮様の指示に従い、車の後部座席、彼の隣へと乗り込んだ。そうして到着した特務第一大隊の敷地。
その入り口には、既に特務第一大隊の所属とおぼしき隊員達が整列していた。その中の一人、襟に少佐を示す階級章を付けた男が近付いてくる。
「なんだ、貴様達は!」
「救援に駆けつけてやったというのに、なんだとはご挨拶だな、黒幕少佐」
「貴様は……雨宮少佐か。ふんっ、思ったよりも早かったな」
黒幕というのは苗字だろうか? 物凄く怪しい名前の彼は不満気に舌打ちをする。だが雨宮様は気にした風もなく「第八の者は優秀だからな」と笑った。
「相変わらず生意気な。まあいい。ならその優秀なおまえ達を存分に使わせてもらおう。我ら第一は東周り、第八部隊は西周りで敷地内にいる妖魔を掃討してもらう、かまわないな?」
「いいだろう。聞いての通りだ。我らは西から掃討を開始する!」
雨宮様の指揮の下、特務第八の小隊は敷地に散見する妖魔の掃討を開始した。
特務第一大隊の非戦闘員は施設内へと避難を終えているようで、見える範囲に逃げ遅れた人はいない。ちらほらと散見する妖魔を探しては倒すだけの簡単なお仕事――にみえる。
実際、西区画の妖魔はあらかた排除し、続いて北区画の掃討も順調に進んでいる。散見している妖魔を発見するのに時間は掛かっているが、掃討が完了するのは時間の問題だろう。
だが――
「妙だな」
雨宮様が眉を寄せ、それに対して彼の副官が首を傾げる。
「……何処が妙なのですか? 非戦闘員は避難済みですし、掃討も順調です。敵もただその辺をうろついているだけですし、作戦終了は時間の問題ではありませんか?」
「いや、それが妙なのだ。……レティシアはどう思う?」
雨宮様の言葉を聞いて、私は第一の敷地を見回した。
ここは神聖大日本帝国の陸軍、特務第一大隊の敷地内。帝都の中でも中心にある建物だ。そのど真ん中で、妖魔が無秩序に暴れている。その事実には疑問しか浮かばない。
「私も雨宮様と同意見です。統率されていない妖魔の集団が、偶然帝都の真ん中に現れるとは思えません。それに爆発があったことも気になります」
「レティシアの言うとおりだ。これはなにか裏があるはずだ」
統率されていない妖魔が、帝都の真ん中まで隠密行動することはあり得ない。また、帝都の真ん中で、複数の人間が同時に妖魔化したとも考えにくい。
つまり、この件は人為的な現象だ。
そう考えると、いまの状況にも敵の思惑が絡んでいるとみるべきだ。
「雨宮様、相手の狙いは、人的被害を出すことじゃないのかもしれません」
「……どういうことだ?」
「敵は散見する程度で、非戦闘員はすべて避難中。私達は被害を最小限に留めるため、慎重に妖魔の殲滅に当たっています。ですが、そのあいだ――」
「特務第一大隊の施設は機能不全に陥ったまま、なにかあっても連絡が遅れる、か。いままさに、何処かの施設でなにかが起きているかもしれない、という訳だな」
私は小さく頷き、敵の目的を考える。もしもいまの状況が敵の作戦の一環ならば、敵を統率するのは知恵のある存在だ。魔族のような存在か、あるいは――人間。
そこまで考えた私の脳裏にある可能性がよぎった。
あの黒幕少佐は本当に味方だろうか――と。
そもそも名前が怪しいし、いま考えてみれば行動も怪しい。
あの部隊は、私達が来たときには既に待機していた。直前に待機したとかでなければ、独自に掃討を開始するのが自然な行動だ。なのに私達が駆けつけたとき、彼らがあの場所に待機していたのは、彼らの目的が掃討ではないから、ではないだろうか?
たとえば、救援に駆けつけた第八大隊の者を、目的の場所から遠ざけるため――とか。
「雨宮様、東区画に重要な施設はありませんか!?」
「東か? なにかあったか……」
「東には特務第一大隊の開発局があると記憶しております」
副官の答えに、私は「それです!」と声を上げた。
「雨宮様、敵の目的はその施設かもしれません!」
「……ふむ、その根拠はなんだ?」
「それは……」
第一と第八、あまり仲がよろしくないとはいえ、特務第一大隊の隊員を疑うような発言は反発を招きかねない。ましてや、黒幕という名前が怪しいからなんて、口が裂けても言えない。
そうして言い淀む私を前に、雨宮様は小さく頷いた。
「いいだろう。部隊を裂くことは出来ないが――俺とレティシア、二人で捜索に向かおう。天城、聞いたとおりだ。ここの指揮はおまえに任せる!」
「はっ、かしこまりました!」
副官は天城さんと言うらしい。彼に小隊の指揮を任せ、雨宮様は「行くぞ、レティシア!」と駈けだした。私もそれに呼応して、すぐに彼の後を追い掛ける。
「雨宮様、部隊を離れてよろしいのですか!?」
「心配するな、天城は信頼できる!」
そういう問題ではないような気がするけれど、たしかに雨宮様が同行してくれるのは助かる。私の勘が正しければこの一件、黒幕少佐が裏で糸を引いている。
なにかを目撃したとき、商人となり得る人物が必要だ。
という訳で、私と雨宮様は全速力で敷地の中を駈ける。途中で何体かの妖魔と出くわしたが、それらは私と雨宮様がすれ違い様に斬り伏せていった。
そして、そうして出くわす妖魔が、東区画に近付くにつれて増えていく。
「やはりおかしいです。この辺りはまだ掃討されていないみたいです」
西回りの私達と同じペースなら、この辺りの掃討は終わっているはずだ。なのに、まったく掃討された様子がないというのはいかにも不自然だ。
「たしかにレティシアの言うとおりだ。これはなにかあったかもしれんな――と、あそこだ。入り口が開いているな。レティシア、気を抜くなよ!」
「はい!」
私と雨宮様は周囲を警戒しながら開け放たれた扉をくぐり、特務第一大隊の開発局へと飛び込んだ。そこには特務第一大隊の隊員達が倒れていた。
そして数体の妖魔が隊員達にトドメを刺そうとしている。
そしてその奥には、黒幕少佐の姿。
黒幕少佐が妖魔を操り、邪魔になった部隊員達を始末しようとしているのだと私は理解し、雨宮様と自分に身体能力強化の術を使って突撃、一刀のもとに妖魔を斬り伏せた。
そして、次が黒幕少佐、あなたよ! と思って剣を向けた私が目にしたのは――傷だらけになりながら、それでも中級妖魔と戦う黒幕少佐の姿だった。
……あれ?
なにこれ、どういう状況? と混乱する私を他所に、雨宮様が中級妖魔を切り伏せた。
「黒幕少佐、無事か!」
「……遅いぞ、雨宮少佐」
彼は悪態を吐いて膝からくずおれた。第一の隊員達が弾かれたように、黒幕少佐のもとへと駆け寄っていく。というか、この黒幕少佐、隊員達にむちゃくちゃ慕われてる。
「黒幕少佐、しっかりしてください!」
「うるせぇな、騒がずともこの程度で死にやしねぇよ。それより、おまえは大丈夫か?」
「はい! 黒幕少佐が庇ってくれたので大丈夫です!」
この人、むちゃくちゃいい人だよ!?
「……雨宮少佐、正直、今回は助かったぜ」
「いや、間に合ったのはレティシアのおかげだ」
「……そうか、なら嬢ちゃん、おまえは俺の命の恩人だ、感謝する」
「あ、いえ、その……」
あああああ、言えない。
助けたのはただの偶然で、実は名前が怪しいから疑ってただけだとか言えない!
「あ、そうだ、ポーションありますよ!」
黒幕少佐さんにポーションの瓶を手渡した。
「む、これはたしか貴重なヤツだろ。俺に使う必要はねぇよ」
「いえ、ぜひ使ってください、お願いします!」
罪悪感から泣きそうな私は、彼の手にずずいっとポーションの瓶を押し付けた。彼の部下達からも、「黒幕少佐、飲んでください!」と請われる彼は本当に慕われている。
「ったく、おまえらは、本当に心配性だな」
彼は溜め息交じりにポーションの瓶に口を付ける。
ただし、回復ポーションは在庫切れ、彼に渡した瓶の中身はただの水だ。だから私は、彼が水を飲むのに合わせて、彼にこっそりと回復魔術を行使する。魔力が活性化して、瘴気に侵された魔力が全身を巡る。その不快感に抗いながら、私は黒幕少佐さんの傷を癒やした。
そうして治療を終えると、雨宮様が黒幕少佐さんのまえに立った。
「それで、なにがあった? おまえがあの程度の妖魔に後れを取るとは思えんが」
「ああ、裏切り者がいた」
「裏切り者だと? 特務第一大隊に、か? 怪しい連中はすべて、清治郎が粛清したはずだ」
「その粛清された高倉の残党だ。連中が今回の襲撃にかかわっている。この施設にいたのも、研究資料を持ち出すのが目的だったようだ。妖魔との関係は分からなかったが、な」
「そうか、それでその連中は?」
「残念ながら取り逃がした。目的の方も達成した後のようだ」
「そうか……」
雨宮様が私を見てわずかに表情を曇らせた。
「雨宮様、どうかいたしましたか?」
「いや、話は調査をしてからにしよう」
このときの私は、雨宮様がどうして言葉を濁したのかわからなかった。
翌朝、ベッドの上で目覚めた私はわずかに顔を顰めた。
「……気持ち悪い」
風邪とはまた違う悪寒。
私の体内にある魔石はいま、瘴気によって侵されている。放っておけば、数日で魔物化するほどの状態を、魔封じの手枷によって魔力を封じることで防いでいるのだ。
だけど先日、戦闘の最中に手枷の片方を外した。そうして術を使ったことで、瘴気に侵された魔力が全身を蝕んでいる。今日明日と言うことはないけれど、私が私でいられる期限は短くなっている。魔封じの手枷を再び付けることも考慮する必要があるだろう。
でも、魔封じの手枷を嵌めたら私は力の多くを封じられることになる。魔封じの手枷を付けて猶予を伸ばして穏やかに生きるか、このまま残りの人生を全力で生き抜くか。
私は考える必要があるかもしれない。
そんな風に考えていたら雨宮様に呼び出された。その召喚に応じ、特務第八大隊の応接間に足を運ぶと、そこには雨宮様と井上さんが待っていた。
二人は席に掛けることなく、立ったまま私を出迎える。
「……なにか、あったのですか?」
「――すまない」
井上さんが前触れもなく頭を下げる。
「井上さん? どうしたんですか? 頭を上げてください」
「先日の襲撃のどさくさで、高倉が蓮という少年を攫って逃亡した」
井上さんの態度に戸惑っていた私はけれど、彼の言葉を聞いて息を呑んだ。
「……どういうこと、ですか?」
「文字通り、連れ去られた、ということだ」
「そんなことを聞いているんじゃありません。あの事件があった日、どうしてすぐに教えてくれなかったのかを聞いているんです」
襲撃があったあの日、私や雨宮様の部隊は現場にいた。もしあの時点で捜索を開始していたら、蓮くんを助けることが出来たかもしれない。
なのに、後日になって報告する意味が分からないと詰め寄った。
「……すまない」
「私が聞きたいのは謝罪ではなく理由です」
「すまない」
「だから――」
いいかげん我慢の限界だと、私が声を荒らげようとしたその寸前。雨宮様が井上さんを庇うように一歩まえに出て、彼までもが「すまない、俺の責任だ」と頭を下げた。
「……雨宮様。どういうことですか?」
「俺はあの日、レティシアの要望に従い、あの少年が巫女の治療を受けられるよう、清治郎宛に手紙を書いた。だが……高倉が勝手にその手紙を読み、書類を偽造したんだ」
「それでは、まさか……っ」
驚いて井上さんに視線を向ける。ようやく頭を上げた彼は罪悪感を滲ませた顔で「蓮という少年の存在を今日まで知らなかった」と口にする。
「――っ」
いままで抱いていた違和感が繋がった。
だから、美琴さんも蓮くんの名前を知らなかったのだ。
「では、蓮くんはいままで……」
「特務第一の開発局にある研究施設にいたようだ」
「そこで治療をされていた、という訳ではありませんよね?」
「……そうだな」
そして、高倉は研究資料と共に彼を連れ去った。そこから導き出されるのは、ろくでもない答えだった。私は俯いて、ぎゅっと拳を握り締める。
蓮くんは、第一大隊へ行くことに不安を抱いていた。
私に助けて欲しいとそう言っていた。
なのに、私が彼に言ったんだ。
特務第一大隊に行けば大丈夫、私を信じて――と。
……なにが信じて、だよ!
その後のことも確認せず、こんな無責任なことってないよ。
うぅん、違う。もしダメだったら、私が助けると言った。
その約束なら、いまからでも果たすことが出来る。私は魔封じの手枷がはまっていない左手首にそっと触れ、どんな手段を使っても蓮くんを助けると心に誓った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます