エピソード 3ー6

 巫女を無事に救出し、村を支配していた妖魔もあらかた滅ぼした。大戦果といって差し支えのない結果ではあるけれど、味方の被害も少なくはない。

 妖魔の亡骸は土に返し、負傷兵の治療にあたる。


 ポーションもあらかた使い切ってしまった。軽傷の者達は従来の応急処置を施して、それでも危ない者にだけ回復ポーションを使用する。


 回復ポーションを必要とする者の中には、特務第一大隊の井上副隊長が含まれていた。そして彼の横には巫女装束を纏う少女――美琴さんが甲斐甲斐しく看病している。


 なんでも、彼はその身を挺して、美琴さんを護ったらしい。王太子に似てるから嫌なヤツだなんて初対面で決めつけて、とても失礼だったと心から反省する。

 彼は間違いなく、この国の騎士だ。

 だけど――


「ふん、この程度で負傷するとは情けない。おまえがそのような体たらくだから、はぐれの第八大隊などに貸しを作る羽目になったのだ!」


 不意に、信じられない言葉が響いた。

 その言葉を口にしたのは、特務第一大隊の隊長だ。その心ない言葉が、巫女を守り抜いた井上副隊長に向けられていると知って、殺意に近い感情を抱く。


 あなたみたいな人がいるから、戦禍で涙を流す人が増えるのよ!


 そう思ったのは私だけではなかったようで、高倉隊長に敵意の籠もった視線が集中する。だけど、彼はそんな視線にはまるで気付かない。


「帝都に戻ったら、今回の失態の責任を取らせるから覚悟しておけ」


 よし、殴ろう。

 そう思った瞬間、パシンと乾いた音が響く。

 高倉隊長の頬を叩いたのは美琴さんだった。


「どうしてそんな酷いことが言えるんですか! 井上副隊長は私を命懸けで護ってくれました! 他の人達だってそうです。必死に戦ってくれました!」

「な、いや、それは……た、戦うのは軍人として当たり前のことだ!」


 巫女に叩かれるとは思っていなかったのだろう。高倉隊長はわずかに動揺の素振りを見せたものの、すぐに怒りの矛先を美琴さんに向けた。


「そ、そもそも、おまえが巫女としての力を発揮しないから、味方が総崩れになったのではないか! 巫女だというのなら、なぜその力で妖魔を滅ぼさない!」

「それ、は……」


 美琴さんが俯いた。

 彼女は責任を感じているようだけど、巫女だからといって万能な訳ではないはずだ。であるならば、彼女の力が発揮できるように場を整えるのは他の者の仕事だ。

 なのに、高倉隊長は我が意を得たりとばかりに反撃に転じる。


「それに、上官であるわしを叩くとはどういう了見だ。覚悟はできているのだろうな」


 やっぱり殴ろう。

 そう思った瞬間、井上さんがゆらりと立ち上がった。


「井上さん、寝てなくちゃダメです!」


 美琴さんが駆け寄って、その身体を支える。

 だが、彼は美琴さんの肩を押しやって、高倉隊長のまえへと歩み寄った。


「井上、貴様にも責任を取らせるから覚悟して――ぐぎゃっ!」


 井上さんの拳による渾身の一撃が、高倉隊長の顔面にめり込んだ。彼は盛大に吹き飛んで、信じられないと井上さんを見上げる。


「き、貴様、な、なにをする!」

「私は言ったはずです。事前調査をするべきだと。そうでないなら、もっと兵装を準備するべきだと、何度も何度も申し上げたはずです。にもかかわらず、大丈夫だ、しつこい、口出しをするな、わしに任せておけとおっしゃったのは高倉隊長、貴方ではありませんか!」

「い、いや、それは……」

「――それに妖魔に囲まれたとき、巫女を突き飛ばして逃げようとしましたね。巫女がこの国にとってどれだけ重要な人物か、貴方は分かっていないのですか!」


 護衛対象を突き飛ばして逃げるなんて、騎士なら厳罰ものの失態である。そしてそれは特務第一大隊の軍人にとっても同じだったようで、蔑むような視線が高倉隊長に集中した。


「ば、馬鹿を言うな! あ、あれは……そう、あれは、妖魔の攻撃から巫女を守ろうとしただけだ。なぁ、そうだろう、おまえ達!」


 彼は周囲の者達に同意を求める。蔑んだ視線を向けている者達が同意しないのは当然として、高倉隊長の取り巻きをしていたはずの軍人達はそっと目をそらした。


 さすがに、状況の不利を感じ取ったのだろう。高倉隊長は悔しげに歯ぎしりをした後、平静を装うような素振りを見せた。


「……くっ。おまえ達の失態は紛れもない事実だが、わしにも些細なミスはあったようだ。よって、貴様らの失態も不問としておいてやる!」


 物凄く自分勝手なことを言って、高倉隊長は逃げるように立ち去っていく。

 だが、そんな言い訳が通用するはずがない。美琴さんが追及しようとするが、井上さんがくずおれた。美琴さんは追及を諦め、井上さんのもとへと駆け寄った。


「い、井上さん、しっかりしてください!」

「大丈夫だ、心配掛けてすまない」


 美琴さんに支えられて再び立ち上がる。

 ひとまず、井上さんは大丈夫そうだ。それより問題は高倉隊長である。このまま放置すれば、美琴さんが、私が祖国で迎えたような結末を迎えるかも知れない。

 ……高倉隊長がいる限り。

 後ろ暗い考えが脳裏をよぎるが、雨宮様に袖を引かれて我に返る。


「心配するな、あれはもう終わりだ」

「……終わり、ですか?」


 どういう意味かと問い掛けるけど、彼は答えてくれない。

 代わりに、少し話があると人気のない方に顎をしゃくった。

 それに応じて、場所を移そうとする。

 そこに――


「――伊織」


 美琴さんに肩を借りた井上さんが声を掛けてきた。雨宮様は歩みを止め、それから表情を変えることなく振り替えた。

 その様子を見た私は、雨宮様が感情を押し殺しているみたいだと思った。


「……清治郎、俺になにか用か?」

「いや、その……おまえには礼を言っておこうと思ってな」

「礼など必要ない。俺はただ命令に従っただけだからな」

「そうか。だが、それでも、巫女殿や部下を救ってくれたことに感謝する」


 井上さんが頭を下げるが、雨宮様はそれにかまわず踵を返してしまう。

 私が困っていると、美琴さんが私を見た。


「レティシアさん。助けてくれてありがとうございます」

「いえ、私は同行しただけなので」

「……本当ですか?」


 なぜか、美琴さんから探るような目を向けられる。

 特務第八大隊の人達が話すとは思えないし、タイミング的にも私が戦ったり指揮したところは見られてないはずなんだけど……彼女は私を疑っているようだ。


「私の世界に、妖魔と似た敵がいたので、少し助言しただけですよ」

「やっぱり……」

「やっぱり、ですか?」

「いえ、その、なんでもありません」


 やはり疑われている気がする。

 どう答えたものかと考えていると、井上さんが口を開いた。


「おまえはたしか、巫女殿の召喚に巻き込まれた娘だったな? 伊織の馬鹿はおまえの面倒をちゃんと見てくれているのか?」

「……恩人を馬鹿呼ばわりはどうかと思いますが。特務第八大隊の方々は親切ですよ」

「そうか、ならばいい。今回の一件は後日、正式に礼をすると伝えてくれ」


 雨宮様を馬鹿呼ばわりしたことを撤回して欲しかったのだけど流されてしまう。もっとも、雨宮様も大概な態度だったので、差し出口かもしれないと引き下がることにした。


「レティシア、なにをしている?」

「すみません、いま行きます」


 雨宮様に急かされた私は、美琴さん達に会釈して踵を返す。それから小走りになって、さきに歩き始めている雨宮様の後を追う。

 やってきたのは、少し離れた場所にある大きな木の下だ。朝日が木漏れ日となって降り注ぐその場所で、私は足を止めて雨宮様を見上げた。


「……雨宮様は、井上さんが嫌いなのですか?」

「嫌っている訳ではない。ただ……色々あっただけだ」


 聞くなという意図を察する。

 私としても、嫌がる相手に食い下がるような無粋な真似をするつもりはない。「そうですか」と受け流し、「ところで、私になんのご用ですか?」と話を変える。


「おまえに至急確認しておかなければならないことがある」


 私は自分の身体をきゅっと抱きしめる。それから「どのような確認でしょう?」と擦れた声で尋ねた。それに対して、彼はポケットからペンダントを取り出した。

 巫女召喚の儀で、巫女を探すときに使っていたペンダントだ。


 彼はそれを、あの日のように、私へと――向けた。

 あの日は、なにも反応を示さなかった。

 だけど、いまは――


「やはり、な」


 ペンダントが眩いほどの光を放っている。

 それを見て理解する。

 巫女と聖女の力はやはり同質ものもだ。あの日、ペンダントが私に反応しなかったのは、魔封じの手枷で、私の聖女としての力が完全に封じられていたからに違いない。


 もはや言い逃れは出来ない。巫女と同じ力を持つ者として、これからも国に協力することを求められるだろう。そう思って俯いた私の頭に、ポンと手のひらが乗った。


「言いたくなければ言わずともいい」


 思ってもみなかった言葉。

 信じられないと顔を上げる私を、彼は優しい目で見下ろしていた。


「よろしいの、ですか……?」

「おまえは巫女ではない。それは誰もが知るところだ」


 これからも、そういうことにしておいてくれる、ということだ。


「……本当に、よろしいのですか?」

「言っただろう。おまえに不利益をもたらす者がいれば俺が斬る、と。おまえは過去に苦しんでもなお、協力してくれているのだ。感謝こそすれ、文句を言うなどあり得ない。ただ……」


 雨宮様が言い淀んだ。言うべきか言わざるべきか、迷うような素振りをする雨宮様を目の当たりにして、私は少しだけ不安になる。

 だけど次の瞬間、雨宮様は意を決したように口を開いた。


「さきほど、俺に使った身体能力を上昇させる力のことだ。一度途切れたな。もしやあのとき、アーネストや紅蓮に使用したのではないか?」

「……はい。でも、効果が現れませんでした。それどころか――」

「――レティシア」


 私の言葉は、雨宮様に遮られた。

 彼はいままでよりずっと真剣に、それでいて深刻そうな表情を私に向ける。


「アーネスト達は、それに気付いているのか?」

「いえ、気付いていないと思いますが……?」

「そうか。ならば今後も黙っておけ。おまえが、秘密を秘密のままにしたいのであれば、な」


 息を呑んだ。

 私が説明するまでもなく、雨宮様はなにが起こったか理解している。それはつまり、異変の原因に心当たりがあると言うことだ。


 気にならないはずがない。

 でも、その秘密は、私が聖女であるという秘密と表裏一体ということ。いまの私には、自らの秘密を明かす勇気は持てない。だから――と、私は彼の提案に頷く。

 こうして、妖魔に支配された村の一件は幕を閉じた。

 

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