エピソード 3ー5

 オリハルコン製の刀は雨宮様に預けたままで、雨宮様から預かった刀は砕けてしまっている。だから私は、異空間収納から予備の聖剣を取り出した。

 特務第八大隊に提供した予備とはまた別の、三本目の聖剣である。


 聖女の力を封じられていたときは重くて使えなかったけれど――と、その聖剣を手にすれば、破邪の金属――オリハルコンが聖女の力と呼応する。

 聖剣の剣先を地面に突き立て、聖女の術を自分に使った。


 かつて戦場で味わった高揚感。

 聖女の術によって、私の身体能力が大幅に強化される。


 三割くらい……かな?


 やはり魔封じの手枷の効果が残っているのか、身体能力の上昇値は少なめだ。だけど、それでも、いま、この状況を覆すには十分な力だろう。


「まずは雨宮様を傷付けた罪、その身を以て償いなさい」


 聖剣を下段に構え、地面を抉るように蹴って上級妖魔に詰め寄る。妖魔の右側面を駆け、すり抜け様に聖剣を斜めに振り上げた。移動速度が加わった一撃が上級妖魔の胴を撫でる。

 次の瞬間、上級妖魔の胴から鮮血が吹き出した。

 固唾を呑んで状況を見守っていた隊員から歓声が上がる。


「まだですっ! あなた達は中級、下級妖魔の撃退に当たりなさい! ここに来て、油断で死ぬなどという愚かな真似は私が許しません!」

「「「――はっ!」」」


 隊員に檄を飛ばし、私は再び上級妖魔に相対する。

 さきほどの一撃、相手に相応の深手を負わせたはずだった。だけど、その傷は既に塞がりつつある。どうやらこの個体、高い自己再生能力を持っているようだ。


「ならば、いつまでその再生能力が続くか試してみましょう」


 私は上段に剣を構え――地面を強く蹴った。一足で上級妖魔の懐に飛び込むが、上級妖魔は既に側面に退避を始めている。一度目の攻撃を見て、直感で回避したのだろう。

 だけど――


 それは計算の内だよ!


 左足を右斜め前に出して軸に、飛び出した勢いを左前へと逃がす。前方へのエネルギーが、時計回りへの回転へと変換される。

 私はその反動でクルリと半回転して、横薙ぎの一撃を放った。

 再び上級妖魔が赤い花を咲かせる。


 上級妖魔がたまらず跳び下がると、すぐさま傷の再生が開始される。

 だけど、今度は回復するまで待ってあげない。距離を取って安堵する妖魔に向かって、魔術で生み出した無数の風の刃を叩き込んだ。


 出力はやはり三割程度だが、その斬撃の数は全盛期と変わらぬ十を超えている。

 一撃、また一撃と上級妖魔の身体を斬り裂いていく。

 上級妖魔は凶暴そうな顔を苦痛に歪め、膝を突き、天に向かって雄叫びを上げた。その声は、どうして自分がこんな目に遭わなければいけないのかと、世界を呪っているかのようだ。


 あぁそうだ、この妖魔も元々は人間だ。

 理性を奪われ、人としての尊厳を踏みにじられた。

 彼もまた被害者だ。


 それを思いだした私は、魔術の行使を止めて妖魔の元に歩み寄る。息も絶え絶えな妖魔が私を血走った目で睨みつけ、その腕を全力で振るう。当たれば即死するほどの質量を持ったその一撃を、私は身を屈めて回避。その懐に飛び込んで、妖魔の胸に聖剣を突き立てた。


「……安らかに、眠りなさい」


 肩を押して、その胸から聖剣を引き抜く。

 吹き出した血飛沫をその身に浴びながら、私は聖剣を天に掲げた。


「上級妖魔は討ち取りました! 勇敢なる戦士達よ、いまこそ反撃のときです!」


 味方を鼓舞すれば「おおおおぉぉおっ!」と、歓声が上がった。

 味方は奮起し、反撃を開始する。


 数の不利を、負傷による戦力の低下を、士気の高さで補っている。

 だが、敵の数に際限はない。増援が押し寄せ、再び上級妖魔が姿を現した。それも一体ではなく、二体、三体と、死を象徴した妖魔が集まってくる。


 味方は果敢に戦ってくれているけど、回復ポーションは底をつき、弾薬の補給もままならない状況に陥っている。なにかの切っ掛けで防衛ラインが崩壊してもおかしくはない。

 そう思ったそのとき、雨宮様が私の隣に立った。


「レティシア、待たせたな」


 雨宮様が言葉を紡ぐ、その唇を見て私は思わず視線を逸らした。


「……レティシア?」

「い、いえ、なんでもありません」


 大丈夫、口移しでポーションを飲ませたとき、雨宮様に意識はなかったと自分を言い聞かせる。それから「雨宮様、傷は大丈夫なのですか?」と問い掛けた。


「ああ、もう大丈夫だ。救出部隊の合流まで持ちこたえるぞ」


 あれだけの負傷、ポーション一つで全快するはずがない。でも、それを追及したり、心配している時間がないのもまた事実だと、私は言いたいことを全部飲み込んだ。


「……分かりました。では、いまから雨宮様を強化します」

「強化? それは……いや、いい。ここはおまえに従おう」


 了承を得た瞬間、私は聖剣を地面に突き立てた。

 そうして聖女の術を発動、私同様に雨宮様の身体能力を強化する。


「……これは?」

「身体能力が強化されたはずです。慣れないうちは、思ったよりも動きすぎるなど、予想外の事態に陥ることがあるので注意してください」

「誰に向かって言っている。後は、任せておけ」


 雨宮様はオリハルコン製の刀を持って飛び出した。

 そこからは一方的な戦いの始まりだった。


 下級も、中級も、そして新たに現れた上級ですらも関係ない。雨宮様が飛び出せば、その進路上にいた妖魔が鮮血を撒き散らして倒れていく。

 まさに圧倒的な力。

 雨宮様が一人で戦局を変えていく。


「奮い立て、恐れるな! 上級妖魔はもはや恐るるに足らず! このまま、第三、第四小隊が戻るまで戦線を維持するぞ!」


 雨宮様が味方を鼓舞し、敵を押し返していく。

 回復ポーションで傷は治せても、失った体力までは回復できない。味方の士気を維持するために強がってはいるが、雨宮様はとっくに限界を迎えているはずだ。

 それでも、彼は鬼神のごとき活躍で、片っ端から中級妖魔を斬り伏せていく。救出部隊の合流まで持ちこたえるなんて言いながら、敵を殲滅してしまいそうな勢いだ。


 他の隊員も負傷しながらも奮戦し、戦線を押し返していく。そこに、紅蓮さんとアーネストくんが姿を現した。彼らは私を見つけるやいなや駆け寄ってくる。


「レティシアさん、無事ですか!?」

「レティシアの嬢ちゃん、なんて無茶をするんだ! あんな無茶をして、いまごろおっ死んでたかも知れないんだぞ!」


 いきなり怒られてしまった。


「心配掛けてごめんなさい。それから、紅蓮さん。さっきは助けてくれて、ありがとうございます。おかげで助かりました」


 ぺこりと頭を下げて微笑みかければ、彼は照れくさそうにそっぽを向いた。


「……言ったろ。ピンチのときは助けてやるって」

「はい、ありがとうございます」


 もう一度頭を下げて、それからふと思い付いたことを尋ねる。


「そういえば、どうしてあのような場所にいたんですか? それに、巫女や特務第一大隊の方々は助けられたのですか?」

「ああ。巫女は無事で、いまは隊員が護送中だ。俺達は発砲音を聞いて、先に戻ってきたんだ。しかし……伊織さんのあの動きはどういうことだ?」


 相応の力量を持つ紅蓮さんは、すぐに雨宮様の動きが普通ではないと気付いたようだ。それはアーネストくんも同じようで「まるで別人ですね」と感心している。


「説明は後です。救出部隊の合流にはまだ時間が掛かりますか? 雨宮様は、救出部隊が合流するまで持ちこたえると仰っているのですが……」

「あの勢いなら、殲滅した方が早そうだな」

「そう、ですね……」


 撤退戦も危険が伴う。救出部隊の合流にまだ時間が掛かるのなら、敵の殲滅に意識を傾けた方がいいかもしれない。出来ることなら、聖女である事実は隠したいと思っているけど……と、私は地面に聖剣を突き立て、二人に向かって聖女の術を行使するが――


「……くっ、なんだ、これは……」

「力が……抜けるっ」


 紅蓮さんが顔をしかめ、アーネストくんが片膝をついた。


「だ、大丈夫ですか!?」


 予想外の反応に驚き、私はとっさに聖女の術による身体能力の上昇を解除する。とたん、自分の身体が重くなり、雨宮様の動きも鈍ってしまう。

 目測を誤った雨宮様は攻撃を空振り、相手の反撃を大きく回避する。


 私は慌てて、今度は雨宮様だけを対象に聖女の術をかけ直した。雨宮様はちらりとこちらに視線を送った後、再び妖魔との戦闘を再開する。


 あ、危なかった。

 こんな不測の事態が起きるなんて……ここが異世界で、聖女の術が正しく機能するとは限らないことを忘れていた。次から気を付けないと。

 早鐘のように脈打つ胸を手のひらで押さえながら、私は二人に意識を向ける。


「二人とも、大丈夫ですか?」

「あ、あぁ、ちょっと目眩がしただけだ」

「僕もそんな感じです。なんだったんでしょう……?」

「ご、ごめんなさい、私のせいです」


 罪悪感から思わず白状してしまう。

 だけど――


「どうしてレティシアの嬢ちゃんが謝るんだ?」

「そうです。レティシアさんは物資を運んだり、協力してくれているではありませんか」


 立ちくらみの原因が私だなんて思ってもいないようで、この乱戦の責任を私が感じているのだと誤解されてしまった。私も状況を考えてその訂正は諦める。

 いまは妖魔を撃退するのが先だ。


「紅蓮さん、アーネストくん、体調に問題はありませんか? 雨宮様が善戦していますが、そろそろ体力も限界のはずです。急いで救援をお願いします」


 助力して欲しいと願えば、紅蓮さん達は「任せておけ!」と飛んでいった。

 聖女の術で身体能力の上昇という恩恵を受けている雨宮様は言うに及ばず。紅蓮さんやアーネストくんも一騎当千の活躍を見せ、妖魔を難なく斬り伏せていく。


「……こんなに強かったんだ」


 私と模擬戦をしているときは手加減していたのだろう。

 素の戦闘力ならば、二人とも雨宮様に匹敵する力量を持っていそうだ。


 雨宮様を筆頭に、紅蓮さんとアーネストくんが戦場を切り開いていく。一度は押されていた戦線を押し返し、そこに特務第一大隊を救出した第三、第四分隊が合流する。更には、救出された特務第一大隊のメンバーも合流し、戦える者は補給を受けて戦闘に参加する。

 巫女救出の任務を終えた私達は、そのまま妖魔の掃討作戦に移行した。


 当初の目標である巫女達の救出だけでなく、妖魔の殲滅も達成することが出来た。

 任務は大成功と言えるだろう。


 だけど……聖女の術は魔を払い、味方に様々な加護を与える聖なる力だ。その力が、紅蓮さんやアーネストくんに負の効果を及ぼした。

 その事実がしこりとなって私の胸に残った。

 

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