エピソード 2ー8

「水瀬さん、それでは手枷の方をお願いできますか?」

「……え、なにか言いましたか?」


 物凄く上の空で返された。さきほどの仮説を纏めた水瀬さんは既に、薬草栽培に必要な土壌を作ることで頭がいっぱいのようだ。

 窓から差し込む日の光を浴びながら、真剣な面持ちでノートにペンを走らせる書生スタイルの美青年。その姿は非常に絵になっているが、少しは私の話を聞いて欲しい。


「すみません、局長はこうなってしまうと周りが見えなくて。話なら私がうかがいます。あなたの要望には最大限応じるようにと、伊織副隊長から命令を受けていますので」


 見かねて声を掛けてきたのは同席していた研究者の一人だ。私は感謝の言葉を告げてから、手枷を切断する器具が届いていると水瀬さんから聞いたことを伝えた。

 そして――



「よう、嬢ちゃん。手枷を切断する準備なら出来てるぜ」


 案内された工房で、水瀬さんの弟、宇之吉さんが出迎えてくれた。


「ありがとうございます。それでは、さっそくお願いします」

「ああ。その椅子に座りな。それから万が一に備えて防護策を取ってもらう」

「従います」


 彼に言われるがまま、席に座って防護策を取る。円盤を高速で回転させ、それで手枷を切断する試みだそうだ。その円盤が欠けたときのために、防護策が必要なのだそうだ。


 手枷が嵌められた手首には布のような物を捲き、手首からこっちには破片が飛んでこないように透明の衝立を立てる。そうして、手枷を切断する試みが始まった。


 物凄い勢いで回転する円盤。けたたましい金属音が鳴り響いた。


 それならばあるいは――と期待したのだけど、結果からいえば失敗だった。手枷の金属があまりに堅くて、用意した円盤では手枷に傷を付けるのが精々だったのだ。

 というか、手枷に傷を付けるのと引き換えに、金属を切断する円盤が欠けてしまった。防護策をとっていたので私は怪我をしなかったけれど、これ以上の作業は不可能のようだ。


「すまねぇな、嬢ちゃん。次はもっと丈夫な切断機を用意する」

「期待しています」


 今回は失敗に終わったけれど、彼が最善を尽くしてくれている以上、文句をいうつもりはない。いまは無理でも、いつかは破壊してくれるだろう。


「ところで、もう一つお願いがあるのですが」

「ん、なんかあるのか? 遠慮なく言ってみな」

「では、お言葉に甘えて。実は……刀を作って欲しいんです」

「は? 刀なんて手に入れてどうするつもりだ?」

「もちろん、護身用に使うんです。……いけませんか?」


 元の世界は、良くも悪くも実力主義だった。

 だがこの国には、女性が男性を立てるのが美徳とされる。

 言い方こそオブラートに包んでいるが、要するに女性は出しゃばるなという風潮だ。大正時代に入って変わりつつあるそうだが、一度根付いた考えはすぐには変わらないだろう。


 だから、武器を持つことも生意気だと捉えられるかもしれない。そう警戒したのだけど、宇之吉さんは「いけなくはないが……使えるのか?」と困惑している。


 言われて気付く。

 聖女である私は、その華奢な見た目よりも身体能力が高い。でもそれを知らなければ、刀を振り回せるような身体能力がないと思われてもおかしくはない。


「これをご覧ください」


 私は異空間収納から愛用していた一振りの聖剣を取り出した。


「な、なんだ!? どこから出した!?」

「え? あ、驚かせてごめんなさい」


 そっか、宇之吉さんは知らなかったんだ。

 うっかりしていたと、私は異空間収納について説明する。


「異空間収納? あぁ……蒼二の兄貴が言ってたのはこれのことか。まったく、とんでもない技術だな、一体どういう原理なんだ?」


 彼の呟きが聞こえるが、私は原理なんて考えたことがない。聖女として訓練を受ける過程で使えるようになった能力で、最初からそういうものだと思っていたから。

 でも……この世界の人達は、一つ一つの意味を考えている。だから、水瀬さんみたいに凄い発想が生まれたり、車なんて不思議な機会が生まれるのかもしれない。

 私も少しは見習うべきだろう。


「それで、嬢ちゃん。その剣がどうかしたのか?」

「あっと……そうでした。これは私が愛用していた剣で、破邪の効果がある特殊な金属を使っています。この金属を使って、刀を一本作っていただけませんか?」

「……ほう、ちょっと見せてみな。――って、思ったより重いな」


 重いと言いつつも、宇之吉さんは普通に持ってしげしげと観察している。


「鋼よりも重く折れにくい金属を使っています」

「ほう、それは興味深い……と言うか、嬢ちゃんはこの剣を扱えるのか?」

「はい――と言いたいところですが、いまはこの有様なので」


 私は袖を捲って見せた。

 魔封じの手枷の効果によって魔術を封じられている私は、身体能力を向上させる魔術を使うことが出来ない。その状況で剣を振り回すのはさすがに厳しいモノがある。


「あぁ、その手枷も重かったな。……もしかして、同じ金属か?」

「はい、同じ金属です」


 私が同意すると、彼は何事かを考え込んでしまった。


「……どうかしましたか?」

「ああ、少しな。嬢ちゃん、刀を作って余った金属を少しもらってもいいか? もしかしたら、手枷を切断する工具が造れるかもしれない」

「願ってもないことです。ぜひ使ってください」

「おう。ならそうさせてもらう。ただ……こんな立派な剣を、本当に鋳つぶしてかまわないのか? かなりの業物じゃないのか?」

「使い古しで、そろそろ打ち直そうと思っていたので気にしないでください」

「分かった。そういうことなら、最高の刀を用意してやる」



 ――という話をしたのが数週間まえ。

 私はなぜか、雨宮様に呼び出しを喰らった。


 いや、いままでにも呼び出されることは何度もあったし、普通に会話して終わることも珍しくない。だが今日の呼び出しは、なんというか……怒られそうな雰囲気だったのだ。

 という訳で――


「わ、私は無実です!」


 女中の姿で司令室に踏み込んだ私は開口一番にそう主張した。軍服で執務をおこなっていた笹木大佐様と雨宮様は顔を見合わせ、それから笹木大佐様が口を開いた。


「もちろん、分かっているよ。レティシア嬢、キミは無意識だったのだろう?」

「え? いえ、その、そもそも、なにもしていないと、思う、のですが……?」

「なにをしたか自覚していない、それを無意識というのだよ」


 無実を主張したら、無自覚にやらかしただけだと諭されてしまった。なんだろう……やらかしたと怒られるよりも精神的ダメージが大きい。


「雨宮様もなにかおっしゃってください」


 私、なにもやらかしていませんよねと訴えかける。


「心配するな、レティシア。おまえが無自覚なのは周知の事実、それを責めるつもりはない」

「いえ、そうではなくて……」

「では、開発局に未知の金属を持ち込んでいないと?」

「未知の金属? 破邪の聖剣のことでしょうか?」

「破邪の聖剣……?」


 笹木大佐様と雨宮様が揃ってこめかみを手で揉みほぐした。


「あの……私、なにかマズいことをしましたか?」

「いや、マズくはないが……」

「――盛大にやらかしているな」


 言葉を濁した笹木大佐様のあとに、雨宮様が断言した。


「ええっと……申し訳ありません。なにが問題なのでしょう?」

「問題がある訳ではない。ただ、破邪というのは、妖魔にも効果がある――つまり、巫女と同じような力があるのではないか? その価値を、おまえは考えなかったのか?」

「あぁ、そういうことですか」


 雨宮様の言葉を聞いて、彼らが少し誤解していることに気が付いた。


「オリハルコンにはたしかに魔物に対して特攻効果があります。可能性でいえば、妖魔にも効果があるでしょう。ですが、それはささやかな効果でしかなく、どちらかというと……」


 私は慌てて口をつぐんだ。破邪の力――たとえば、聖女の力を増幅させる効果があると口を滑らせそうになったからだ。


「どちらかというと、なんだ?」

「え、あ、その……巫女の力は増幅できるかもしれません。……あ、いえ、基本的には、非常に堅い金属と認識していただければ問題ありません」


 更に失言を重ねた私は慌てて誤魔化すが、その言葉に笹木大佐様が目を光らせた。


「ほう、巫女様の力を増幅できるのかい?」

「可能性でしかありませんが、聖属性の魔術を増幅するので、おそらくは。話を聞く限り、巫女の力もそっち系でしょう? 巫女の武器を作ってみるといいかもしれませんね」

「……武器? あぁ、神具のことか」


 笹木大佐様の問い掛けに答えつつ、ちらりと雨宮様に視線を向ける。彼は無言で私の顔を見つめていた。バレてませんように、バレてませんように!

 私は追及をかわすために「ところで、どうしてそのようなことを?」と話の続きを促す。


「あぁ、そうだったな。キミが注文していた刀が完成した」


 笹木大佐様の言葉を受けて、雨宮様が私に机の上に置かれていた刀を差しだしてきた。なぜ机の上に刀が置いてあるのか気になっていたのだけど、どうやら私のだったらしい。


「抜いてみても、かまいませんか?」

「あぁ、もちろんだ」


 許可を得て、私は鞘から抜いて刀身に視線を向ける。刀身は鏡のように磨かれていて、まったく無駄がない。まるで芸術品のように美しい一品だ。


「……綺麗ですね」

「気に入ったか?」

「はい。とっても!」


 私は刀を鞘に収め、それを胸に抱きしめて微笑んだ。

 だけど、ふっと疑問を抱き、私はコテリと首を傾げた。


「でも、刀を渡すだけなら、私を呼ぶ必要はないですよね。なにかありましたか?」

「正解だ。まず、残った金属……オリハルコンだったか? それを出来れば譲って欲しい。巫女の神具もそうだが、我々の刀にも使いたいのだ」

「……それはかまいませんが、足りるのですか?」


 長剣と刀では質量がかなり違うので、そこそこオリハルコンは残っているはずだけど、工具に必要な分も取っているはずだ。残りの金属で刀を何本も作るのは不可能だろう。

 そう思ったのだけど、雨宮様は問題ないと言った。


「刀は従来、堅い金属と粘りのある金属、複数の金属を使って作るものだ。そうすることで、鋭くも折れにくい刀が完成する」

「では、私の刀もそうなのですか?」


 混じり物があると、破邪の力を増幅する力が低下する。説明しなかった私も悪いのだけど、それは困るなと心配してしまう。


「いや、報告によると、オリハルコンは堅く折れにくいという性質があるらしい。ゆえに、おまえの刀はすべてオリハルコンだ。その証拠に波紋が浮かんでいないだろう?」


 雨宮様はそういって、自分の刀を鞘から抜いて、その刀身を見せてくれた。美しい刀身だが、金属の違いからか、私の刀とは色味が違う。

 そして、その刀身には、私の刀にはなかった波打つ模様があった。

 その波紋こそ、複数の金属を使っている証拠なのだそうだ。


 一般的な刀は複数の金属を使い、刃は堅い金属を使うことで切れ味を増し、芯は粘りのある金属を使うことで折れにくくするらしい。


「つまり、刃の部分だけをオリハルコンにする、という訳ですか?」

「その通りだ。そうすれば、相応の数の刀が作れるはずだからな」

「製作の目処が立っているのなら問題ありません。あまったオリハルコンは差し上げます。もう一本、破邪の聖剣を差し上げようかと思ったのですが……必要ありませんでしたね」


 予備の聖剣を取り出す代わりに、トレイに乗せた人数分の紅茶を異空間収納から取り出した。雨宮様や笹木大佐様に「いかがですか?」と視線を向ける。

 二人はなぜか頭を抱えていた。


「そうだった……レティシアはこういうヤツだった」

「たしかに、異空間に武器を収納出来るのなら、予備くらいは用意して当然だったな」

「……よく分かりませんが、紅茶は必要ありませんでしたか?」


 小首をかしげると、雨宮様が小さく首を横に振った。それを受け、私は雨宮様と笹木大佐様のまえに紅茶を差し出す。

 雨宮様は紅茶を一口だけ飲んで、姿勢を正して私をまっすぐに見据えた。


「レティシア、もう一本あると言うのなら、その聖剣を譲って欲しい」


 彼はそういって視線を落とすと、私の手首へと視線を向けた。


「こちらが対価として提示した約束も履行出来ていない状況にもかかわらず、おまえに要求ばかり突きつけてしまい、申し訳ないと思っているが……」


 手枷を外せていないことに責任を感じているのだろう。だが、雨宮様はちゃんと水瀬さんに私の要求を伝えてくれていたし、水瀬さん達も全力で私の手枷を外そうと試みてくれている。

 その状況で、結果が伴っていないからと文句を付けるつもりはない。


「私は、国のために戦うことには臆病になっています。でも、困っている人や頑張っている人の力になりたいという思いもあるんです。ですから、気にしないでください」


 精一杯微笑んで、異空間収納から予備の聖剣を一本取りだした。テーブル越しに、その聖剣を雨宮様に差し出す。彼はそれを「感謝する」と受け取った。


「これが元の形か、重いな。……レティシアは、この剣を使いこなしていたのか?」

「護身程度ではありますが」


 聖女である私は、魔族から真っ先に命を狙われる。いくら仲間が守ってくれるからと言って、杖を持って聖女の術を使っていればいい、という訳にはいかなかったのだ。

 だから、自分の身を守るためなら、剣術だって、なんだって学んでいた。


「レティシア。少しでも恩を返したいのだが、なにか求める物はないか?」


 雨宮様が私に問い掛けるけど、私の要求は既に決まっている。


「それでは一つ。私に刀を使った剣術を教えていただけませんか?」

「いいだろう。ならば、さっそくいまからでも――」

「伊織、おまえは執務が残っているだろう」


 笹木大佐様の横やりに、雨宮様が口を閉ざした。そうして憮然とした顔で積み上げられた書類の山を見て、小さな溜め息を吐く。


「剣術については、紅蓮達に話を通しておこう」

「はい、よろしくお願いします」


 雨宮様はなんだかとっても残念そうだ。

 そんなに書類仕事は嫌だったのかな? 意外な一面だね。なんだか子供みたいで可愛らしい。そう思ったら自然と笑みがこぼれる。

 私はせめてもの気持ちとして、紅茶に合うお菓子をテーブルに置いて退出した。

 

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