エピソード 2ー4
開発局を後にした私は、その足で退院した彩花のお見舞いに向かった。
女中の部屋が並ぶ宿舎の一角、彩花の部屋の扉をノックすると返事があった。だけど、聞こえたのは知らない声だ。中に入ると、彩花が療養中のベッドの横に、先客の女の子がいた。
白い着物と緋の袴姿。
青みを帯びた黒――夜空のような髪と瞳の持ち主で、髪はツインテールに纏めている。見た目は幼いながらも、将来は誰もが目を奪われるほどの美人になるであろう愛らしい少女。
ベッドの横にある椅子に腰掛けるのは、召喚の儀で現れたこの世界の巫女だった。
どうして、彼女が彩花の部屋にいるんだろう?
理由は分からないけど、険悪な雰囲気じゃない。巫女が彩花のお見舞いをしているだけのようだ。そう判断した私は彩花に視線を向ける。
「お見舞いに来たんだけど……あらためようか?」
「いえ、私はもう戻らなくちゃいけないので、気にしないでください」
答えたのはベッドの横で椅子に座っていた巫女だった。
彼女は席を立ち、彩花へと視線を向けた。
「あまり力になれなくてごめんなさい」
「そんなことないわ。身体が少し軽くなったもの。ありがとうね、美琴ちゃん」
彩花が巫女に親しげな表情を向ける。いつの間に仲良くなったのだろう? なんてことを考えていると、巫女が私の方を向いた。
「えっと……私と一緒に召喚されてきた方ですよね?」
「はい。初めまして、巫女様。私はレティシアと申します」
相手をこの国の巫女として扱い、敬意のある態度で応じる。
でも、彼女は困った顔をした。
「巫女様だなんて、私のことは美琴と呼んでください」
召喚の儀で呼び出され、巫女として祭り上げられた女の子。少し警戒していたのだけど、祭り上げられて増長するような性格の女の子ではないようだ。
私は警戒心を少しだけ和らげた。
「では、美琴さんと呼ばせてもらいますね」
「はい。私もレティシアさんと呼ばせてもらいますね」
彼女はそう言って微笑むが、不意にきゅっと唇を結んだ。
それから、なにか言いたげな顔で私を見つめる。
「どうかしましたか?」
「いえ、その……ご、ごめんなさい!」
彼女がいきなり頭を下げた。
「ええっと……なんのことでしょう?」
「召喚されたときのことです。レティシアさんも私と同じように巻き込まれた身なのに、私だけが優遇されて、貴女が置いて行かれたから……ずっと気になっていたんです」
「え、そんなの、気にしなくて良いですよ」
彼らの目的が美琴さんだっただけだし、美琴さんが私になにかをした訳じゃない。むしろ私的には、放置されて良かったと思っていたので、気にしていたと聞いて逆に申し訳なく思う。
「許してくれるんですか?」
「許すもなにも、美琴さんも巻き込まれただけでしょう? それに私、なんだかんだで女中としての日々を楽しんでいるので、気にする必要はないですよ」
「そう、ですか……」
本当に気にしていないのだけれど、美琴さんは納得がいっていない様子だ。むしろ、美琴さんの方に、なにか気にする理由があるのではないだろうか?
そう思って彼女の出方を待っていると、数秒をおいて彼女が口を開いた。
「あの、もしかして、レティシアさんが本物の巫女、なんじゃないですか?」
予想外の問い掛けに目を瞬く。
「巫女は美琴さんでしょう?」
「そう聞いています。でも、本物の巫女はレティシアさんじゃないかな、と」
「……なぜ、そのように思われるのですか?」
巫女の術は使えないし、ペンダントに反応した訳でもない。それに、聖女としての力も封じられている私が、巫女と誤認される理由はないはずだ。なのにどうしてと警戒する私に、美琴さんは「その方が王道なんだけどなぁ」と呟いた。
「……王道、ですか?」
「あ、いえ、なんでもないです。その……たんなる勘です」
「そうですか。でも、私は巫女じゃありませんよ」
「そう、ですか……」
彼女は納得いっていないようだが、私は巫女じゃなくて聖女だ。似たような能力は持っているが、彩花から話に聞いた、歌って踊るような巫女の能力は習得していない。
なにより、彼女が本物の巫女であることは、ペンダントが証明していたはずだ。なのに、私が本物で、彼女が偽物のような言動をするのはなぜだろう?
「美琴さん、なにか悩みがあるのですか?」
「そういう訳ではないのですが――」
――と、扉を叩く音が響いた。
私が彩花の代わりに扉を開けると、そこに井上さんがいた。
「おや、おまえは……」
「レティシアと申します。いつぞやは助言をくださりありがとうございました」
おかげで特務第八大隊に拾ってもらえたとほのめかせば、彼はそうかと表情を和らげた。やはり、王太子に似ているのは見た目だけで、性格までは似ていないようだ。
見た目だけで嫌ってごめんなさい――と、私は心の中で謝罪した。
「ところで、彩花になにかご用ですか?」
「彩花? いや、我々が用なのはこの部屋の主ではなく――」
「――貴様は、いつぞやの罪人かっ!」
がなり立てるような声に顔を顰める。井上さんの斜め後ろ、いつぞやの偉そうな軍人のおじさんが立っていた。彼はつかつかと私に詰め寄ってきた。
「貴様、本物の巫女は自分だなどとうそぶいているそうだな。だが、本物の巫女はわしが見つけてきたあの娘だ、この偽者め!」
偽物という言葉に胸がドクンと脈打った。聖女を名乗る魔女として、処刑されそうになったときのことがフラッシュバックする。
……落ち着こう。
あのときとは状況がまったく違う。大丈夫、話せば分かるはずだ。
「……貴方のおっしゃるとおり、私が巫女だなんてあり得ませんわ」
「殊勝な心がけだと言いたいところだが、ならば貴様が真の巫女だという噂が広がっているのはなぜだ? 貴様や、はぐれ第八の連中が騒いでいるからだろう!」
まったく心当たりがないので弁解のしようもない。このまま誤解が解けなければ、またまえみたいに、偽物として処刑されるのかな――と、嫌な考えが脳裏をよぎった。
――直後、
「高倉隊長、お待たせして申し訳ありませんでした!」
私の横をすり抜けて、美琴さんが部屋から飛び出した。
「おぉ、巫女殿、やっと戻ったか」
「はい、その……すみません。それから、すぐに稽古を再開したいと思います」
「あぁそうだな。では戻るとしよう」
美琴さんに急かされて、偉そうな軍人のおじさん――高倉隊長が踵を返す。その後を追い掛ける、井上さんと美琴さん。去り際に、美琴さんが私に申し訳なさそうに頭を下げた。
もしかして……助けてくれたのかな?
ありがとうという想いを込めて手を振ってみれば、彼女はぎこちなく手を振り返してくれた。そうして、彼女が立ち去るのを見届け、私は部屋の中へと戻る。
「レティシア、なんか怒鳴り声が聞こえてきたけど……大丈夫だった?」
「うん、大丈夫。それより、彩花は美琴さんと仲がよかったの?」
「いいえ、さっき会ったのが初めてよ。私が妖魔に襲われて怪我をしたことを知って、巫女の術で怪我を癒やせるかもって、訪ねてきてくれたのよ」
「え、それじゃ、傷痕は消えたの!?」
「うぅん、身体が少し軽くなったけど、傷跡は残ったままよ。美琴ちゃんは巫女としての訓練を始めたばかりで、まだ初歩的な術しか使えないんだって」
「そう、なんだ……」
傷跡は消せないけど、傷の治療や体力の回復が出来る。それを聖女と照らし合わせれば、駈けだしレベルの奇跡が使えることになる。
そんな奇跡が使えるのなら、彼女が巫女であることは間違いないだろう。なのに、どうして自分が偽物であるかのような発言をしたんだろう?
よく分からない。
けど、聖女と巫女はやはり似た職業のようだ。だとしたら、私の魔封じの手枷が外せなくても、彼女が巫女として成長すれば、彩花の傷痕を消すことが出来るかもしれない。
そんなことを考えながら、私は異空間収納からお見舞いの果物を取り出した。もぎたてそのままの果実を三つほどテーブルの上に。そして一つは皿に盛り付けた状態で差し出す。
「……ほんと、便利な力よね。でもレティシア、あまり人前で見せない方がいいわよ? さっき、美琴さんが本物の巫女がどうのと言ってたのも、その力が原因だと思うわよ?」
彩花の言葉を少し考える。
異空間収納については箝口令が敷かれている。
けれど、人の口に戸は立てられない。樽のポーションを提供したことで、特務第一大隊にも私の能力を知る者がいても不思議ではない。
だけど――
「異空間収納は誰も使えないって聞いたけど、巫女は使えるの?」
「それは知らないけど、特別な力を使えることに変わりはないでしょう?」
「……あぁ、そういう」
ようやく合点がいった。
私のいた世界では、異空間収納の使い手と、聖女という職業にはなんの関連もない。私が異空間収納を使える聖女なだけで、聖女だから異空間収納を使える訳ではないのだ。
でも、この世界で不思議な力を持つのは巫女だけなのだ。だから、異空間収納という不思議な力を持つ私が、巫女かも知れないと思われ始めた。
「忠告ありがとう。出来るだけ人前では使わないようにするよ」
「うん、それがいいよ。ところで……」
彩花はおもむろに、餌を待つひな鳥のように上目遣いで口を開けた。
「なにやってるの?」
「あーん」
「えっと……こういうこと?」
カットした果実を、フォークで刺して彩花の前に差し出す。
彼女はその果実にパクリと食い付いた。
「~~~っ。なにこれ、すっごく甘くて美味しいんだけど!」
「気に入ったのならもっと食べて。栄養があるからいまの彩花にオススメだよ」
そう言いつつ、彩花に食べさせたフォークで今度は自分の口に運ぶ。
「うん、やっぱり美味しいね」
私のお気に入りで、月の雫と呼ばれる果実。もちろんこの世界では手に入らないけど、以前街を救ったときに、お礼として大量にもらった在庫が異空間収納に眠っている。
「レティシア、もう一個」
「はいはい。……ところで、美琴さんってどんな人だった?」
フォークで果実を彩花に食べさせる。彼女がそれを咀嚼するのを待って、私は美琴さんについて問い掛けた。その瞬間、なぜか彩花がクスクスと笑い始める。
「なに? どうして笑うの?」
「美琴ちゃんと同じことを聞くんだなって思って。彼女もレティシアのことを聞いてたわよ。どんな人か、とか。どんな世界に住んでたのか、とか」
「ふぅん? 異世界について興味があるのかな?」
「ポーションのことじゃないの? 巫女の術と同じような力があるんでしょ?」
「あぁ、そうかもね」
箝口令は敷かれていても、巫女の彼女が知っていても不思議ではない。
それに、私が聖女と似た力を持つ巫女に興味を持っているように、彼女が回復ポーションの存在に興味を持ってもおかしくはない。
いつか、話してみると面白いかも。
そんなことを考えながら、私は彩花に果物を差し出した。
彩花のお見舞いを終えた後。
私は保護した男の子への面会許可を取るべく、雨宮様のところへと向かった。そうして司令部の廊下を歩いていると、紅蓮さんやアーネストくんと出くわした。
今日もお仕事中なのか、二人は軍服に身を包んでいる。
同じ軍服なのに、紅蓮さんは軍服を着崩していて、やんちゃそうな雰囲気が際立っているし、アーネストくんはちょっと背伸びをしているようで可愛らしい。
二人に向かって会釈をすると、気付いた二人が歩み寄って来た。
「よう、レティシアの嬢ちゃん、今日は私服なんだな。どこかへ行くのか?」
「雨宮様のところへ行く途中です。そういう二人は、どこへ行く予定なんですか?」
「あぁ、俺達は剣術の稽古に行くところだ」
「紅蓮さん、言葉選びは間違えないでください。紅蓮さんの稽古に、僕を無理矢理付き合わせようとしているところ、でしょう?」
「なんだよ、おまえの稽古にもなるからかまわねぇだろ?」
「紅蓮さんの剣術は乱暴だから、相手するのが大変なんですよ」
「そういうお前の剣術は几帳面すぎるんだよ」
私の前で二人が口論を始める。
だけど……やっぱり、二人の仲はよさそうだ。口論をしていても険悪ではないというか、見ていてなんとなく微笑ましく思ってしまう。
――と、会話を聞いていた私は、不意に紅蓮さんの太刀筋のことを思いだした。
「そういえば、紅蓮さんが私に斬り掛かったことがありましたよね?」
「むぐっ。あれは、悪かったって言っただろ?」
「いえ、責めている訳ではなくて、鞘から抜き様の剣戟が、どうしてあんなに早かったのかな、と。不思議に思っていたので」
「抜き様の剣戟? あぁ……居合いのことか」
「……居合い、ですか?」
聞き慣れない言葉に首を傾げる。
召喚の儀で招かれた私は、その恩恵とやらでこの国の言葉を理解している。けれど、元の世界で知らない言葉の場合は、その意味を認識できていないようだ。
私が首を傾げていると、アーネストくんが腰の軍刀を鞘ごと抜いて私の前に掲げた。
「これは刀と言って、ご覧のように刀身に反りがあります。この反りを利用することで、鞘に収めた状態から斬撃を繰り出すことが出来るんです」
「そっか、それであんなに早かったんだね」
紅蓮さんの攻撃を思いだして感心する。
私が護身用に持ち歩いているのは長剣。直刀だから、抜きながら斬るのは難しい。精々、鞘から抜きながら、相手の攻撃を防ぐことが精々だろう。
だけど、居合いが使えれば、不意の攻撃にも先手を取ることが出来る。
その差はとても大きい。
興味津々――だけど、私が戦うことを快く思っていない紅蓮さんの前であまり聞かない方がいいだろう。そう思った私は話を変えることにした。
「そういえば私、雨宮様に許可をもらえたら、例の男の子に会って見るつもりなんです。よかったら、お二人も……って、どうかしましたか?」
私のセリフの途中、二人は露骨に顔をしかめた。
「私、なにか失礼なことを言いましたか?」
「いや、そういう訳じゃないが……」
「レティシアさん、僕達は行きません」
明確な拒絶を感じる。現場では、男の子のことを気遣っていた。性格的にも、薄情ではないはずだけど……なにかあるのかな?
と、よけいな詮索はやめておこう。
つい先日も紅蓮さんの悲しい過去をほじくり返してしまったばかりだから。
「……それじゃ、私だけで行ってくるね」
抱いた違和感は洩らさないようにして、私は話を切り上げる。そうして踵を返した。そんな私に、アーネストくんが「レティシアさん」と声を掛けてくる。
足を止め、肩越しに振り返ると、アーネストくんは顔に憂いを滲ませていた。
「……アーネストくん?」
「彼は、まだ人間です。出来れば、優しくしてあげてくださいね」
アーネストくんがどんな気持ちでそんな言葉を口にしたのか、このときの私には分からなかった。私がその言葉の裏に隠された真実を知るのはもう少しだけさきの話。
だから私は、彼の想いには気付かず、「もちろんだよ」と無邪気に笑い返した。
許可を取るべく、私は雨宮様を訪ねて司令室へとやってきた。扉の前でノックをして部屋に入ると、彼は笹木大佐様と共に書類仕事に追われていた。
「レティシアか、少し待て」
彼はそう言って書類にペンを走らせる。軍服の雨宮様が真剣なお顔で書類仕事にいそしむ姿は非常に絵になっている。その顔を眺めていると、ほどなく彼は顔を上げた。
「待たせたな」
「お疲れ様です。冷たい紅茶はいかがですか?」
「あぁ……レティシアの淹れた紅茶は美味いからな」
その言葉を受けて、異空間収納からトレイに乗せた二人分のアイスティーを取り出した。それを見た雨宮様が「相変わらず、訳の分からない光景だ」と呆れている。
「レティシア嬢、私にもいただけるのかな?」
「ええ、もちろんです」
階級を考え、まず笹木大佐様の前にコースターを置き、その上にコップを置く。
「ありがとう、レティシア嬢。それと、開発局への出向、ご苦労だったね。ポーションの製造は上手くいきそうかい?」
「まずは栽培を試すところから始めました。他の材料については、変わりとなるモノを探すところからですが……可能性はありそうです」
「ほう、それは非常に明るいニュースだ。いやあ、実にめでたい。伊織もそうは思わんか?」
笹木大佐様はコップを手に取って一口。とても機嫌がよさそうだ。
私はそれを横目に、雨宮様にも紅茶をお出しするが――
「あの回復薬があれば、兵の損耗率は大幅に改善されるだろう。レティシアには感謝しかない。だが……その手枷はどういうことだ。外してもらったのではないのか?」
雨宮様が目聡く見つけて、私の手首を摑んだ。その上で「もしや、あの酔狂な局長が命令を無視したのか?」と剣呑な雰囲気を纏った。
「いえ、外そうとはしてくれました。ただ、無理に外そうとすると、私の手首を傷付ける可能性があると言うことで、安全な手段を探してくれるそうです」
「……そうか、おまえが納得しているのならそれでいい」
もしかして、心配してくれたのかな? そんな風にも思うけど、雨宮様はあまり口数が多い方じゃないから分かりにくい。
「ところで、レティシア。ここにきたのは報告が目的か?」
「いえ。実は例の男の子と面会する許可をいただきたいと思いまして」
「……例の少年か。面会してどうするつもりだ?」
「少し会って話したいだけです。妖魔化が止まっているか気になりますから」
雨宮様は少し考えて、自分が案内すると言ってくれた。
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