エピソード 2ー3

「それでは魔封じの手枷を調べさせていただきますね。破壊するにしても、その材質などが分からなければ、対処のしようがありませんから」


 私が最速と注文を付けたからか、水瀬さんがそんな前置きを入れる。急いで欲しいのは事実だけど、こちらの顔色をうかがうあまりに失敗してもらっては困る。


「必要なことであれば文句を言うつもりはありません。よろしくお願いします」

「分かりました。ではこちらに」


 水瀬さんの研究室に案内され、リクライニングシートに掛けるように勧められる。それに従って身を預けると、水瀬さんが「失礼します」と私の右腕を持ち上げた。

 だが、それを持ち上げた瞬間、水瀬さんは目を見張った。


「……どうかしましたか?」

「いえ、手枷の重さに少し驚いただけです」

「あぁ、それはオリハルコン製ですから」

「……オリハルコン、ですか? 伝承にあるオリハルコンとは特徴が違うようですが……」


 破邪の力を宿した金属で、その力を反転させて私の力を封じている。なんて口にすると、色々と隠し事がバレてしまうのでいまはまだ説明しない。

 ひとまず、重くて丈夫な金属とだけ説明しておく。


「なるほど、異世界特有の合金でしょうか? 鍵穴を見る限りはシンプルな作りに見えますが、王都の鍵師でも解錠することが出来なかったのですか?」

「いくつかのお店を回りましたが、皆が口を揃えてお手上げだと言っていました」

「そうですか。念のために試してみても?」

「もちろん、かまいませんよ」


 私としても、解錠出来るのならそれにこしたことはないと同意する。水瀬さんは、それならばさっそく――と、なにやら箱に向かって話しはじめた。

 ほどなく、箱から返事が聞こえてくる。……もしかして、箱の中に精霊でも入っているのかな? そういえば、この世界に来てから精霊の類いを見たことがない。


「お待たせしました。……と、レティシアさん、どうかしましたか?」

「いえ、その、いまのは?」

「あぁこれですか? 無線機という道具で、離れた場所にいる人と話すことが出来ます。一応言っておきますが、箱の中に小人がいる訳ではありませんよ?」


 水瀬さんは茶目っ気たっぷりに言い放った。

 つまり、電球や自動車と同種の、科学によって生み出された道具なのだろう。

 でも……小人は入っていない、なんて言い方をするってことは、この世界にも精霊はいる、と言うことかな? それなら、精霊の存在についての説明は必要なさそうだね。

 それに、いまは精霊よりも無線機の話だ。


「離れたところと言いましたが、どれくらい遠くまで話せるのですか?」

「そうですね。詳しいことは軍の機密なので教えられませんが、地平線のずっと先まで届くとだけ言っておきましょう」

「魔力も使わず、そんなに遠くの人と話せるなんて凄いですね。水瀬さんは魔術に興味津々のようですが、私は科学の方が魔術より凄いと思います」

「ふむ。隣の芝は青く見えるのかもしれませんね。と、来たようです」


 ノックの音が響き、ツンツン頭の栗毛の青年が姿を現した。

 研究所にいるのなら、職員だと思うのだけど……身に纏うのは大きく着崩して胸元の開いたシャツに、すり減ったズボン。それに白衣というスタイルで、肌は小麦色に焼けている。

 紅蓮さんがわんぱくそうなら、こっちは野性味のある美青年だ。格好いいとは思うけど、研究所の職員にはあんまり見えない。そんな彼が、迷惑そうに水瀬さんを睨みつけた。


「蒼二の兄貴、俺はいま、無線機の小型化の研究で忙しいって言ったよな?」

「こっちが先です。あと、ここでは局長と呼ぶようにと言っているでしょう?」

「へいへい、分かったよ局長。それで、俺に一体なんの用だ?」

「彼女の手枷を外してください。解錠は可能ですか?」

「……手枷だぁ? 少し見せてもらうぜ」


 私の横に立つと、水瀬さんとは反対側、私の左腕を持ち上げる。なぜか水瀬さんと同様に、手枷を持った彼も目を見張った。


「なるほど。鎖もないのになにが手枷かと思ったが……たしかに手枷だな。嬢ちゃん、こんなに重い枷を付けたままで、大変だっただろう?」

「ええ、まぁ……それなりには」


 魔術が封じられているので苦労はしているけど、重さ的にはそこまでの苦じゃない。少なくとも、日常生活に支障が出るレベルではない。

 でも彼は、重りという意味での枷だと確信しているようだ。


 まぁ、枷であることには変わりないので、あえて誤解を解く必要もないのだけれど。なんて思っていると、あれよあれよという間に部屋を移動させられた。


 ……というか、なにこの状況。

 私はいま、リクライニングシートに身を預け、左右の腕をそれぞれ、属性の異なる美青年に持ち上げられている。まるで、貴族のご婦人が男を侍らしているかのような光景だ。

 まぁ、彼らの興味は私ではなく、その手首に填まっている手枷なのだけど。

 それでも、なんとなく落ち着かない。

 なにか話題、話題を振らないと。


「ところで、あなたは?」

「俺は水瀬 宇之吉。蒼二兄貴の弟で、ここの技術屋をやっている。そういう嬢ちゃんは何者だ? どうして、こんな手枷を填められている?」


 私の問いに答えたのはツンツン頭の青年だった。雰囲気はまったく似ていないけれど、水瀬さんの弟らしい。あぁでも、目元とかは少し似ているかもしれない。

 そんなことを考えながら、私は名乗りつつ、ちょっと訳ありだと言葉を濁した。何処まで事情を知っているか分からなくて、何処まで説明していいかも分からなかったからだ。

 だけど――


「もしかして、異世界から来た娘か?」


 宇之吉さんは私のことを知っていた。

 それなら話は早いと、魔封じの手枷について話す。


「魔術を封じる手枷? ほう、これにはそんな効果があるのか。周囲にどういう影響があるか分からんが、取り敢えず普通の解錠を試してみるぜ?」


 言うが早いか、彼は私の隣に作業用の机を用意した。私は言われるままに、その机の上に左腕を乗せる。ここまでは、帝都の鍵屋さんでも似たような流れだった。

 違ったのは、鍵穴にピッキングツールを差し込んだ彼の指の動きが滑らかだったことだ。


 たくましい指が、繊細な動きでピッキングツールを操る。もしかしたらと期待させられるほどに芸術的な動きに、思わず感嘆の溜め息が零れた。

 だけど――


「ふむ、たしかに普通のピッキングでは開けられそうにないな」


 わずかな時間で、彼はピッキングが不可能だと結論づけた。なぜ? と思ったのは私だけではないようで、水瀬さんが疑問を口にする。


「宇之吉ほどの技術でも開けられないのですか?」

「無理だな。と言うか、嬢ちゃん、これは本当に鍵穴か? 俺には、この穴が、ただの穴にしか思えないんだが」

「……ええっと、それはどういうことでしょうか?」

「これを見ろ」


 宇之吉さんが、工具箱の中から南京錠のような物を取りだした。それは透明な材質で作られていて、中の構造が丸見えだった」

「詳細は省くが、錠前っていうのは、鍵で中のピンを適切な高さに押し上げるなどを条件に開くようになるんだ。こんな風に――な」


 彼がピッキングツールを南京錠の中へと差し入れる。彼の指が繊細に動き、複数あるピンを順番に押し上げ、あっという間に鍵を開いた。


「初めて見ました。一瞬で開けられるのですね」

「単純な鍵だからな。複雑な鍵ならもっと時間が掛かる場合もある」

「では、時間を掛けることなく、この手枷が解錠出来ないと判断した理由はなんですか?」

「簡単だ。この鍵穴の中に、それらしき機構がなに一つとしてないからだ。だから聞いたんだ。これは本当に鍵穴なのか、ってな」


 言われて、手枷を付けたときのことを思い出す。

 王太子から贈り物だと渡されて、社交辞令で仕方なく身に付けた。そのときのことを思いだし、脳裏に浮かんだ王太子の顔を殴り飛ばしたくなった。

 婚約者としての義理なんて果たそうとしなければよかったよ。


「嬢ちゃん?」

「すみません、少しよけいなことを考えていました。これが鍵穴か確信は持てませんが、鍵らしき物は見たことがあります」

「ふむ。それはこんな感じの形をしていたか?」


 彼は南京錠の鍵を取り出して見せた。


「いえ、そんな形ではありませんでした。私が見たのは小さな魔石のついた棒でした。……そっか、もしかしたら、魔術的な力で開くのかもしれません」

「……魔術、か。正直、俺には理解できない力だな。研究を進めることでいつか解錠出来る日が来るかもしれないが、それがいつになるか想像もつかねぇ」


 やはり、解錠することは難しいようだ。

 結局、魔封じの手枷は破壊してもらうことになった。宇之吉さんがノコギリのような工具を用意して、手枷を切断しようと試みるが――


「うおっ、マジか。手枷に傷一つ付けられないどころか、歯の方が欠けやがった」


 手枷の切断を試みていた宇之吉さんが舌打ちをする。


「傷一つつかないってことは、破壊も難しいと言うことですか?」

「残念だが、現状ではその通りだな」

「……現状では、ですか?」

「極端な話、巨大なハンマーで殴ればさすがに壊れないってことはないはずだ。だがそうすると、嬢ちゃんの手も無事では済まない。上手く手枷だけを壊す工具が必要ってことだ」

「……なるほど、それは難しいですね」


 私の力が戻った後ならば、大抵の傷は治すことが出来る。だけど深い傷の場合、ごく希に後遺症が残る可能性がある。可能な限り、危険なマネは避けるべきだ。


「すまないが、すぐに外すのは無理そうだ。工具を準備するまで時間をくれ」

「もちろんです。お手数をお掛けしますが、何卒よろしくお願いいたします」


 私がぺこりと頭を下げると、宇之吉さんは水瀬さんへと視線を向けた。


「という訳で、悪いが当分は無理だ」

「仕方ありません。準備が出来るのを待ちます」

「すまないな。すぐに工具を手配する。嬢ちゃんみたいに華奢な女の子が、こんなに重い手枷を填めているのは大変だろうからな」


 ……あれ? さっき魔封じの手枷だって説明したよね? なのにどうして、重さについて心配されているんだろう? この程度の重りなら、日常生活に支障はないんだけどな。

 なんて、解錠を後回しにされそうなことをわざわざ言うつもりはないと口をつぐんだ。

 

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