エピソード 2ー2

 引き続き、私は研究者達から質問攻めに遭っていた。

 異空間収納についてはもちろん、薬草のあれこれや、その薬草で作られる回復ポーションの効能。果ては、私という人間と、この世界の人間の差異にまで言及された。


 ちなみに、彼らの質問に答えた範囲では同じ種族のようだ。でも、研究のためといって髪の毛を抜こうとするのは止めて欲しい。私はモルモットじゃないんだよ。

 とか思っていたら、水瀬さんが止めてくれた。

 意外と、まともな部分もあるんだね。


「レティシアさん、部下が大変失礼をいたしました。今後、無断で髪を抜くような真似はさせません。ですから、いつか採血させてください」


 ……無断で髪を抜くような真似をしない常識は持ち合わせていても、礼儀を尽くした上で採血する欲求までは止められないみたい。

 私はその返事をはぐらかし、薬草を植える作業を促した。彼の部下がその言葉に従って、プランターに薬草を植えていく。

 だけど、彼らは受け取った薬草の半分ほどを植えた時点で作業が終えてしまった。


「水瀬さん、残りの株は植えないのですか?」

「一度に植えて、枯らしてしまっては大変ですから。お手数ではありますが、残りはレティシア嬢の異空間収納にしまっておいていただけますか?」

「一度に植えない方がいいことには同意しますが、お渡ししたのは一部ですよ?」

「……はい?」


 水瀬さんがコテンと首を傾けた。


「樽一つ分のポーションを作る材料ですから」


 新たに取り出した薬草の束をテーブルの上に積み上げてみせる。

 次の瞬間、私は水瀬さんに両手を握られた。


「レティシア嬢――キミが欲しい」

「はいっ!?」


 顔が近い。キラキラとした彼の瞳の中に、慌てる私の顔が映り込んでいる。それが認識できるほどに顔が近い。私は思わず視線を泳がせて――


「まさか、それだけの薬草を収納出来るとは。どうなっているんですか、異空間収納。欲しい、キミのすべてが欲しいんです。ぜひ、僕の研究対象になってください」

「――全力でお断りさせていただきますっ」


 ぺいっと彼の手を振り払った。


「残念です。でも、諦めませんよ」


 め、めげないなぁ……


「どうしてそんなに異世界関連に興味を抱くんですか? この世界にもたくさん、不思議な物があるではありませんか」


 電灯に自動車など、私の暮らしていた世界にはなかった技術だ。しかも、それらは今現在も、めざましい進歩を遂げている最中だという。

 異空間収納などにこだわらずとも、彼が研究する対象は多くあるはずだ。


「たしかにその通りですね。ですが僕はここの局長ですから」

「……どういうことですか?」

「僕は師匠に派遣され、請われるままに研究をしていました。ですがそれは、僕が望む研究ではない。それゆえに僕は、非常に残念に思っていたのですよ。でも、そこにあなたが現れた」


 彼にとっての私は、研究のしがいがあって、なおかつ、いくら研究しても上層部から怒られることのない、最高の研究材料、ということのようだ。


「事情は分かりましたが諦めてください」

「そこをなんとか」

「ダメです。それに、いまは薬草があるでしょう? ご覧のように在庫は十分なので、お渡しした分は遠慮なく実験に使用してください」

「ふむ。ではお言葉に甘えて。みなさん、残りの薬草を使って、成分の研究を」

「お任せください、水瀬局長!」


 職員が薬草を持って散っていく。それを見届け、私は水瀬さんへと視線を戻した。最初に見たときは、気怠げな青年だと思ったのだけど、いまは所長としてキビキビとしている。

 研究に関わると、人が変わるタイプなのかな?

 ともあれ、薬草も渡したし、次は私の番だ。


「それでは――」

「――次は、調合方法について教えていただけますか?」


 魔封じの手枷について話そうとするも、私の言葉は水瀬さんのセリフに掻き消された。私は肩を落として、「聞きたいことはなんですか?」と問い返した。


「もちろん、調合方法です。薬草の他にも材料が必要とうかがいましたが、他にはどのような材料が必要なのですか? どうやったら、あのような奇跡の薬が作れるのですか?」

「ポーションは傷が治るだけで、奇跡の薬などではありませんが……」

「深手が一瞬で治り、妖魔化を抑える効果もあると聞きました。それが奇跡の薬でなければなんなのですか? それとも、あなたの暮らしていた世界には、回復ポーションが霞んでしまうような奇跡の薬が存在するのですか?」


 わくわくと目を輝かせた水瀬さんに詰め寄られる。水瀬さんの瞳には、気になりますと書かれていた。治癒魔術のことなんかを話せば、質問攻めにされるのは目に見えている。

 ここは誤魔化すのが吉だ。


「コホン。質問はポーションの調合方法でしたね。必要なのは薬草、聖水、あとは砕いた魔石です。それらを適切に処理して、鉄や銅の鍋を避けて煮詰めるんです」


 私は言及を避け、回復ポーションについての話を強引に進めた。


「聖水と、魔石……ですか? それはどのような代物でしょう?」

「聖水は教会の聖職者が儀式で作った聖なる水で、魔を払う効果があります。そして魔石は魔力素子の結晶のことです」


 説明を続けながら、虚空から聖水と魔石を取り出して机の上に並べた。途中、水瀬さんが異空間収納に手を突っ込もうとしたので流れるように手をはたき落としておく。

 この人、まったく懲りてない。

 しかも、まったくめげてもなくて、彼は机の上の素材へと視線を向けた。


「聖水は……巫女が清めたご神水のようなものでしょうか?」

「妖魔に効果があるのなら、似た効果を持つ可能性は高いと思われます」

「ほう? レティシア嬢はなぜそう思われるのですか?」


 もし根拠があるのなら教えていただきたいと、彼の目は強く訴えていた。その答えは、私が聖女であることのヒントになりかねないので、出来れば話したくはない。

 だけど、彼らへの協力は魔封じの手枷を外すためにも必要なことだ。

 だから――と、私は彼の視線をまっすぐに受け止めて胸を張った。


「この世界の妖魔は、私のいた世界の魔物という存在に似ているからです」

「……もしや、その魔石は、魔物から得られるのですか?」


 どうして分かったのかと目を見張る。そんな私の前で、彼は片腕を袖の中に引き戻し、袂の中をごそごそすると、なにかを取り出して机の上に置いた。


「……魔石、ですか?」


 どうして、この国の人間が魔石を……って、違う。よく見たら、私の知っている魔石と色が違う。私の知る魔石は紫色をしているが、彼の取り出した魔石は血のように真っ赤だった。


「その石は一体……?」

「これは妖石といい、妖魔から取り出した石です」

「……妖魔から? 魔石とよく似ていますね」


 色が違う以外、共通点が非常に多い。


「まったくもってその通りですね。もしかすると、妖魔は魔物と同じ理由で生まれているのかもしれません。そちらの世界で、魔物が発生する理由をご存じではありませんか?」

「ええ、知って――」

「――ぜひ教えてください!」


 またまた両手を握り締められる。

 ぐいぐい来るなぁ。この世界の男性は、みんなこんな感じなの? でも、雨宮様や、他のみんなはこんなにスキンシップ激しくないよね?

 とにかく、心臓に悪すぎるよ。


「さぁさぁ、早く教えてください!」

「……分かりました。教えるので手を離して――」


 言い終えるよりも早く彼は手を離した。

 そうして、さぁさぁと目で急かされた私は、溜め息交じりに口を開く。


「体内で生成された魔石が瘴気に穢されることで、魔物化は起きると言われています」

「瘴気とはなんですか? それに、体内にある魔石ということは、あなたの世界の住人は、すべての人が魔石を持っているのですか? もしや、あなたにも魔石があるのですか!?」


 興奮した様子で詰め寄ってくる。その行動に少し慣れてきた私は、両手のひらで彼を押しとどめて、「質問は一つずつでお願いします」と応じる。


「では、最初の質問です。あなたの世界の住人は、誰でも魔石を持っているのですか?」

「大きさを問わなければ、大半の人間が持っていると思います」

「ほうっ! それは興味深い。こっちの世界の人間も調べてみる必要がありますね。あとは、魔石を持つ理由が分かれば最高なのですが……」


 さすがにそれは無理でしょうねと、彼は嘆息した。


「分かりますよ、理由」

「……本当、ですか?」


 期待していなかったのだろう。彼は信じられないと言いたげな顔をした。


「魔石が出来るのは、空気に溶け込む魔力素子を呼吸で取り込むからです。その魔力素子が血液を巡り、魔力へと変換され、体内で結晶化した物が魔石と呼ばれています」

「では、瘴気というのは……」

「汚染された魔力素子のことです」


 汚染された魔力素子を体内に取り込むことで、魔石が瘴気に侵される。その汚染が一定のラインを越えたとき、動物は魔物へと変容してしまうのだ。


 なので、小さい魔石しか持たない者は、魔石が瘴気に侵されても魔物へと変容しない。大きな魔石を持っていても、汚染された魔石を浄化することで魔物化を防ぐことが可能となる。

 そういった説明をすると、水瀬さんは「素晴らしい!」と声を上げた。


「もし魔物化と妖魔化が同じなら、我々の研究も大きく進みます! おや? 少し待ってください。では、その聖水というのは……?」

「はい。わずかですが、瘴気を浄化する力があります。回復ポーションに妖魔化を抑える効果があるのはそのためです。……お役に立てましたか?」


 説明を終えて問い掛けると、


「もちろんです。ポーションの開発はもちろん、妖魔化の原因や、その対策についても大きな進歩を迎えることが出来そうです。これなら、彼らの薬も――っ」


 なにかを言いかけて口を紡ぐ。


「どうかしましたか?」

「いえ、この国には現在、妖魔化の瀬戸際にいる者が多くいるので、彼らを元に戻す薬を作ることが出来るかもしれない、と。なので、聖水を少し多めに分けていただけませんか?」


 聖水を使って人体実験をしたいと顔に書いてあるような気がする。そのことに不安を覚えなかった訳ではないけれど、必要なことだろうと手持ちの聖水の大半を差し出した。


「……そういえば、先日私が保護した男の子はどうなりましたか?」

「あぁ、いまは特務第八大隊の隔離施設で軟禁していますよ。せっかくの機会ですし、彼もこちらに連れてくるように申請しましょうか?」


 男の子を実験体にする訳にはいかないと首を横に振る。水瀬さんが暴走する前に、男の子を保護した方がよさそうだ。司令部に戻って、雨宮様に交渉しよう。

 そこまで考えて、自分がここに来た目的をまだ伝えていなかったことを思いだした。


「水瀬さん、私からの要望ですが……」

「あぁ、そういえば、技術提供の交換条件があるんでしたね。なんでも、手枷を外して欲しいとか? 開発局に依頼する理由がよく分かりませんが……ひとまず見せて頂けますか?」

「もちろんです」


 ドレスの袖を捲って、魔封じの手枷を彼の前に掲げる。


「これが手枷ですか? 鎖を繋ぐ部分が見当たりませんが」

「これは魔封じの手枷といって、魔術を封じる手枷なんです」


 金属製で、紋様が刻まれている。見た目的にはブレスレットに近い。囚人服と合わせれば手枷に見えるが、普通の服を着ているとファッションの一環にも見える。

 いつかの服屋さんで、手枷を見た店員さんがファッションと誤解したのもそれが理由だ。


「魔術、ですか? それは巫女様の力のようなモノ、でしょうか?」

「……どうでしょう? 私は巫女の術を見たことがないので分かりませんが、似た力かもしれませんね。召喚の儀もおそらく魔術の類いでしょう?」


 否定するのではなく、定義の範囲を広げることで、私が巫女と似た力を持っているかもしれないことを知られないようにする。

 幸い、水瀬さんの興味は手枷に向けられているようで、それ以上追及はしてこなかった。彼は私の腕を取り、しげしげと魔封じの手枷を観察している。


「鍵穴らしきモノがありますね。ピッキングでの解錠は試みましたか?」

「帝都のお店では、不可能だと言われました」

「ふむ。ではやはり、解錠には特殊なツールが必要ですね」

「私としては、壊して頂ければそれでいいのですが」

「こんな貴重な研究材料を壊してしまうなんてとんでもない!」


 どうやら、完全に研究対象として興味を持ってしまったようだ。上手く手綱を握っておかなければ、外すのをそっちのけで研究を始めてしまいそうだ。


「……一応言っておきますが、あげませんよ?」

「そんなっ! どうしてそのように酷いことをおっしゃるのですか!?」


 目を見張って、信じられないと私を見る。だから私はその視線を真正面から受け止め、「ただし――」と人差し指を立てた。


「もっとも最速の手段で魔封じの手枷を外してくださったら、その対価として、不要になった魔封じの手枷は研究材料として差し上げましょう」

「分かりました、最速で対処いたします!」


 水瀬さんとの付き合い方がちょっとだけ分かった気がする。

 

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