エピソード 1ー6

 結局、私は雨宮様の優しさに甘えてしまった。特務第八大隊に入隊することをお断りして、女中として生きる道を選んだのだ。

 笹木大佐様は、気が変わったら教えて欲しいと残念そうに言い、雨宮様は私の意見を尊重すると言ってくれた。もちろん、紅蓮さんやアーネストくんも私の選択に理解を示してくれた。


 そうして手に入れたのは平和な日々。

 代わりに失ったのは、雨宮様達との接点。


 本来、軍人と女中のあいだに接点なんてないに等しい。

 軍に所属することを断った私は、彼らと関わる機会を自然と失った。彼らと疎遠になるのは残念だけど、子供の頃に夢見た普通の幸せを手に入れたことに悔いはない。

 私は女中としての生活を続けた。


 そうして、更に一ヶ月が過ぎたある日の休日。

 彩花さんに誘われ、帝都の町へお買い物へと出掛けることになった。宿舎の前の通りで待ち合わせをしていると、ほどなくして彩花さんが姿を現した。


 普段は支給された女中の制服、着物にエプロンを身に着けている彩花さんだが、今日は耳まで隠れるつばのない帽子に、膝丈スカートのワンピースという出で立ちだ。


「お待たせ、レティシア」

「私もいま来たところだよ。彩花さんの帽子、とっても可愛いね」

「ありがとう。本当は髪を短くしたいんだけどね」

「彩花さんなら似合うと思うよ?」


 帽子と髪の長さの繋がりが分からなくて小首をかしげる。


「ありがと。でも、もう少しこの国の風潮が変わってから、かな」


 文明開化で価値観が大きく変わり、若い女の子はショートヘヤに憧れている。だけど、親の世代では、女はロングヘヤという風潮がいまだ根強く残っている。

 ゆえに、女性がショートヘヤにすることに顔をしかめる者も多い。そこで、ショートヘヤの代わりに、帽子やリボンで耳を隠すファッションが流行っているらしい。


「そっか。じゃあ、いつかショートヘヤに出来たらいいね」

「うん、ありがとう! ……ところで、レティシアのそれは?」

「あぁこの服? これは私の故郷のファッションよ」


 ドレスの裾を少しだけ摘まんで答える。

 今日は、レースをさり気なく使った外出用のドレス。大人しめのデザインで、外を出歩きやすいデザインになっているが、れっきとした異世界のファッションだ。


「へぇ~凄く綺麗だね。もしかして、ハンドメイド?」

「そうだけど?」


 というか、故郷には、この世界みたいに機械で作る量産品の既製服は存在しない。


「いいなぁ。私も作ってもらおうかなぁ? でもハンドメイドの洋服って高いからなぁ」


 彩花さんが肩を落とした。

 彼女は田舎から働くために帝都に来て、お給金の一部を実家に仕送りをしているらしい。それに、この国のことを知らない私にも親切にしてくれる優しい女の子だ。

 なにかいい方法はないかなと、私は考えを巡らせた。


「彩花さんはたしか、お針子仕事もしてたよね? 生地を買って自分で作ってみたら?」

「え? えぇ……私に出来るかなぁ」

「それは分からないけど、見本ならあるよ?」


 彩花さんはなにかと要領がいい。

 だから、材料さえあれば出来るんじゃないかなと告げてみる。


「じゃあ……作ってみよう、かな? いまから生地を買いに行くの、ついてきてくれる?」

「もちろん、構わないよ」

「ありがとう、レティシア。それじゃ――こっちよ!」


 彩花さんに手を引かれて、私は帝都の表通りを歩く。

 まずは洋服店に行って、生地を売ってくれる店を尋ねた――んだけど、その結果、店員から私が着ている服について根掘り葉掘り尋ねられた。

 どうやら店員は、私の異世界ファッションがお気に召したようだ。


 そんな訳で、私の服を見せるのと引き換えに、彩花さんが必要な生地を格安で譲ってもらうこととなった。彩花さんは店員のお姉さんと相談するために席を外す。


 服を店員に見せているあいだ、私は売り物の服を試着させてもらう。この国の人々は異国のファッションに興味津々のようだけど、私はこの国のファッションにこそ興味がある。


 という訳で、試着室で和装を試す。

 結局、桜色の模様が入った着物と、無地の紬を使った袴の一式――帯や襦袢も合わせて購入した。ちなみに、足下は足袋や草履ではなく靴下とブーツである。

 こういったファッションを、この国ではハイカラさんスタイルと言うらしい。

 この国に来て初めて・・・のお買い物だ。


 余談だけど、試着をしているとき、魔封じの手枷を店員に見られ、それもファッションの一部だと間違えられた。否定しておいたけど、この国で手枷が流行ったらどうしよう?


 というか、魔封じの手枷を付けたままなんだよね。ついつい放置してしまっているけど、さすがに外してくれる店を探した方がいいかもしれない。

 そんなことを考えていると、生地を購入した彩花さんが戻ってきた。

 店員に見送られ、私は彩花さんと一緒に店を後にする。


「お待たせ、レティシア。次はどこに行く?」

「手枷を外したいから、鍵屋さんとかあれば連れて行って欲しいかな」

「あぁ、その手枷? 鍵屋さんで大丈夫?」

「分からないけど、ひとまずは鍵屋さんかな」


 故郷なら、魔術ギルドとかにお願いするところだけど、こっちの世界ではどういう店にお願いすればいいか分からない。それでも、鍵屋さんに行けば情報は得られるはずだ。


「じゃあ……こっち。たしか近くに鍵屋さんがあったからついてきて」


 彩花さんが歩き始めたので、慌ててその横に並んだ。

 そうして鍵屋さんを訪ねるが、魔封じの手枷は外せなかった。それはその店で紹介してもらった次の鍵屋さんでも、その次の鍵屋さんでも同じ結果に終わる。

 話を聞いた感じだと、この世界には魔術による鍵を外せる場所はないようだ。


 ……でも、巫女を召喚する術はあるんだよね? もしかして、そういった技術は軍部が独占してたりするのかな? あり得ない話じゃないよね。


 故郷でも、技術を独占して有利な立場を得ようとする勢力はいくつもあった。そう考えれば、この国でも似たような動きのある可能性は否定出来ない。


「レティシア、力になれなくてごめんね」


 鍵屋さんを回った後、彩花さんが申し訳なさそうな顔をした。


「彩花さんは十分に力になってくれたよ。それに謝るのは私の方だよ。せっかくの休みなのに、私用に付き合わせちゃってごめんね」

「それを言うなら、私の買い物だって私用じゃない。というか、いつまでさん付けで呼ぶつもり? 私達、友達でしょ?」

「……え、友達?」


 予想外の言葉に目を瞬く。


「うわ、なにその反応。もしかして、友達と思ってたのは私だけ?」

「そ、そんなことないよ! ただ、私、いままで友達なんていなかったから……」

「え、嘘っ! 友達いなかったの? 一人も!?」


 信じられないという顔をされる。

 彼女の無邪気な問いが私の胸にグサグサ突き刺さった。


「……友達いなくて悪かったわね」


 私がちょっぴり涙目で睨むと、彼女は慌てふためいた。


「ち、違うよ? レティシアは綺麗で優しいから、友達がいないって聞いてびっくりしただけで他意はないよ! というか、それなら私が友達の第一号ね!」

「……友達? 彩花が、私の?」

「うん、嫌、かしら?」

「うぅん、嫌じゃない! ありがとう、彩花!」


 それは、私に初めて友達と呼べる存在が出来た瞬間だった。魔封じの手枷は外せなかったけれど、私はいま、元の世界では叶えられなかった願いの一つを叶えた。

 それを実感して胸が高鳴った。


 そうして、私は彩花と二人で街を巡る。

 あちこち巡っていると、はしゃいでいた彩花の息が上がり始めた。今更ながら、彼女がその胸に大きな紙袋を抱えていることに気付く。

 彼女は私が想像してたより多くの生地を購入したようだ。


「重そうだね、彩花。持ってあげようか?」

「うぅん、平気。せっかくの買い物だし、自分で持ちたい気分なの。……そういえば、レティシアはなにも買わなかったの? たしか、試着してたよね?」

「私も着物と袴の一式を買ったよ」

「あれ、そうなの?」


 彩花は手ぶらな私を見て首を傾げる。

 ――と、そんなときだった。

 前から歩いてきた小さな男の子が派手に転んだ。


 反射的に駆け寄り、男の子の前で地面に片膝をつく。声を掛けようとした私は、起き上がろうと顔を上げた男の子を見て息を呑んだ。

 その子の容姿が、生き別れになった弟に似ていたからだ。


 まさか……って、そんなはずない。

 弟と生き別れになったのは元の世界だ。こんなところに弟がいるはずがない。おそらくは他人の空似だろう。そう思いつつも、男の子に声を掛ける。


「大丈夫?」

「いた、い……膝が痛い、よぅ……」

「擦りむいちゃったのかな?」


 脇の下に手を入れて、男の子をグッと持ち上げた。擦り切れた着物から覗く膝が少しだけ擦り剥けている。その傷みからか、目元には涙が浮かび、その瞳は真っ赤に染まっている。

 治療した方がいい。

 そう思って、虚空に手を伸ばそうとした瞬間、彩花に袖を引かれた。


「待って、レティシア。その子、様子がおかしいわ」

「それは見たら分かるわよ」

「違う、そうじゃなくて、その瞳のことよ!」

「瞳が、どうしたって……っ」


 視線を戻した私は息を呑んだ。

 男の子の瞳がさっきよりもずっと赤く染まり、怪しく輝いていたからだ。


「痛いっ、頭が、頭が割れるように痛い! うああああぁぁああぁあっ!」


 男の子が頭を抑えて悲鳴を上げる。


「これは、まさか――」

「妖魔化よ、逃げてっ!」


 私のセリフに被せるように彩花が叫ぶ。

 妖魔という言葉に、何事かと注視していた周囲の者達がパニックになった。皆が一斉に逃亡を開始して、道路に飛び出した人を避けようとした車が事故を起こす。

 平和な日常が、一瞬で阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わる。

 私がそれらに気を取られた一瞬、男の子が私の手から逃れて彩花に躍り掛かった。


「えっ、きゃああぁああっ」


 男の子が小さな手を振るうと、彩花が鮮血の花を咲かせた。


「彩花っ!」


 心臓が縮み上がるような恐怖を抱いて彩花に駆け寄る。彼女の頬から肩口が鋭利な刃物で斬り裂かれたかのように裂け、そこから真っ赤な血が流れている。


「彩花、しっかりして!」

「レティ、シア、後ろ、気を付けて……」


 彩花の警告とほぼ同時、男の子が飛び掛かってきた。彼が右腕を振るうが、私は一歩下がって間合いの外へ退避――した瞬間、嫌な予感を覚えて全力で跳び下がる。

 逃げ遅れた私の髪の一房がハラリと落ちた。


 彼の小さな指の先から、影が鋭い爪のように伸びている。彩花を斬り裂いたのはその爪だろう。瞳を深紅に染め、怪しく輝かせる彼は理性を失っている。


 私はこれと同じような現象を何度も見たことがある。瘴気に長く晒された人間が、魔物や魔族に変容するときの初期症状が、いまと同じような状態なのだ。


 弟に似た男の子を見捨てるなんて出来ない。

 助けてあげたい。

 いまならまだ、それが出来るはずだから。


 ただ、いまの私は聖女としての力を封じられている。まずは男の子の意識を奪い、状況を落ち着かせる必要がある。だから――と、私は彼の攻撃に合わせて踏み込んだ。

 影の爪を掻い潜り、その鳩尾に拳を叩き込む。


 だけど手加減が過ぎたのか、彼はそれでも動きを止めない。私は彼の顎を押し上げる。仰け反った彼が下がろうとした瞬間、その膝裏に足を差し入れて転ばせた。

 その背中にのし掛かり、今度こそ意識を刈り取った。


「妖魔が現れたのはここかっ!」


 直後に響いた声に顔を上げれば、そこには久しぶりに見る雨宮様の姿があった。だが、いまは懐かしさに浸っている場合じゃないと声を上げる。


「雨宮様、この子に妖魔化の兆候が見られましたが、いまはまだ踏みとどまっています。それと彩花が負傷しています、助けてください!」

「――っ! 紅蓮、レティシアから引き継いでその少年を確保しろ! アーネストは負傷した娘の容態を確認だ! 他の者は周辺の封鎖と、怪我人の確保だ。衛生兵を呼んでこい!」


 雨宮様の指示の下、同行していた者達が一斉に動き始める。

 紅蓮さんも、すぐに私の元に駈け寄ってきた。


「レティシアの嬢ちゃん、代われ!」

「はい。手荒なことはしないでくださいね」

「おうよ、任せとけ」


 男の子を紅蓮さんに任せる。

 そこに、いつぞやの偉そうな軍人のおじさんが、数人の部下を引き連れて姿を現した。彼は取り押さえられた男の子や、救護されている彩花、それに事故の発生した周囲を見回した。


「ふん、たいした被害でなく幸い、と言ったところか」


 吐き捨てるように紡がれた言葉に、私はピクリと眉を動かした。

 男の子が妖魔化の危機に晒され、彩花が大きな怪我を負った。それに加えて、逃げ惑った人々が事故に巻き込まれて負傷している。

 それを、たいした被害でなくて、幸い……ですって?


 信じられないと、その言葉の真意を問いただそうと一歩を踏み出す。

 だけど私が詰め寄るより早く、雨宮様が彼の前に立った。


「これは高倉隊長殿ではありませんか。あなたのようにお忙しい方が、なぜ現場へ?」

「ふん、たまたま近くを通っただけだ。それより、帝都を守るのは、はぐれ第八が任された唯一の仕事だろう? なのに、この様はなんだ?」


 後から暢気に現れておいてなんて言い草よ。

 そもそも、あなたさっき、たいした被害でなくて幸いとか言ってたじゃない! なのに、この様はなんだってなによ、喧嘩を売ってるの!?


 怒りにまかせて食ってかかろうとするけれど、私の前に立つ雨宮様がそれを手で遮った。その手を押しのけようとした私は、彼の拳が強く握り締められていることに気付く。


(雨宮様も我慢してるんだ……)


 なら、彼の我慢を無駄にすることは出来ないと、私も歯を食いしばって我慢する。そうこうしているうちに、雨宮様は偉そうな軍人のおじさん、高倉隊長に謝罪を始めた。


「申し訳ありません、高倉隊長殿。今後はこのようなことはないようにいたします」

「やれやれ、本当にそうして欲しいものだな。唯一無二の存在である巫女を手に入れた我ら正規軍とは違い、はぐれの第八師団にはそれくらいしか出来ないのだからな」


 ぶん殴りたい。

 でも、ここで殴ったら雨宮様の迷惑になるから、後でこっそり闇討ちをしようかな? なんて考えていると、彼は部下を連れて去っていった。

 事故で負傷している者達がいるのに、その救助にすら参加するつもりがないらしい。


「……なんなんですか、あれ」

「あれが特務第一大隊の隊長だ。コネで隊長に選ばれたようなものだが、血筋だけは文句の付けようがなくてな。下の者はずいぶんと苦労しているようだな」


 酷いのは隊長と、その取り巻きである一部の者だけらしい。そういえば、私が召喚に巻き込まれたあの日も、井上さんが庇ってくれたような気がする。

 王太子に似ているのは、井上さんではなくてあの偉そうなおじさんだったようだ。


「あんなのが隊長だと大変ですね」

「まったくだ。だからこそ、我らが帝国民を守らねばならぬ」


 その言葉は、私の胸に響いた。

 オルレア神聖王国でもそうだった。王太子のような人間もいたけど、亡き国王陛下や、戦友達のように、民のために命を賭して頑張っていた者達がいた。

 雨宮様達も同じく、民のために必死に頑張っているのだろう。

 それなのに、私はこのままでいいのかな……?


「レティシアさん……来てください」


 物思いに耽っていると、アーネストくんに呼ばれる。その沈痛な声に驚き、私は急いで彼が看病している彩花のもとへと駆け寄った。


「アーネストくん、彩花はどうなったの?」

「思ったより傷が深くて血が止まりません。おそらく、長くはないでしょう……」

「……それは、助ける方法がないってこと?」

「はい、残念ですが……」


 私はアーネストくんがなにを言っているか理解できなかった。でも、理解するのは後回しだ。分からないなら、行動すればいい。


「アーネストくん、私が手当てするからそこを代わって!」


 アーネストくんを押しのけて、彩花を片手で抱き起こす。

 多くの血を流したせいか、彼女の顔は酷く青ざめていた。いますぐどうと言うことはないけれど、このまま血を止めることが出来なければ、たしかに出血で死んでしまうだろう。


「レティシア、寒い……よ。私、死んじゃうの……かな?」

「馬鹿言わないで! そんなこと、私が絶対にさせないから!」


 いまの私は聖女の術や魔術を封じられていて、ヒールを始めとした治癒魔術は使えない。だけど、すべての能力が封じられている訳じゃない。

 いまの私にも出来ることを――と、虚空に手を伸ばした。異空間収納を開き、そこから瓶詰めの回復ポーションを取り出す。


 片手で彩花を支えている私は、口でコルクを引き抜いて瓶の中身を彩花の傷口に振りかける。そうして半分ほど残った回復ポーションは彩花の口に流し込んだ。


「飲みなさい!」

「んぐっ。……ん、ん……けほっ、こほっ。……ちょっと、こほっ。レティシア! なにか飲ませるなら、事前に教えなさいよ! ごほ、咽せた――じゃない! ……あれ?」


 咽せつつも、元気いっぱいに抗議する。それから、自分が復調していることに気付いて首を傾げた、彩花の傷はおおむね塞がっている。

 傷は治っても、失った血はそのままなので安静にする必要はあるが、処置が早かったので、出血性のショック状態に陥ることはないだろう。

 ひとまず命の危険は去った。


 私はほぅっと溜め息をついて、男の子にも回復ポーションを飲ませる。回復ポーションには浄化の力が含まれているので、妖魔化を抑える手助けになるかもしれない。

 出来ることはすべてやったと汗を拭っていると、背後から雨宮様に肩を摑まれた。


「レティシア、一体なにをしている?」

「え? なにって……自分に出来ることをしただけですが?」


 それがなにかと振り返れば、雨宮様を始めとした面々がなにか言いたげな顔をしていた。

 私、なにかやらかしたかしら?


 いきなり説明と言われても、なにを説明すればいいか分からない。だけど確実に、雨宮様はもちろん、周囲の人達の私を見る目は、驚愕に染まっていた。

 理由が分からなくて困惑していると、雨宮様が自分の眉間をグリグリと揉みほぐした。


「アーネスト! ひとまず、いまの出来事に対して箝口令を敷け!」

「は、はいっ、分かりました!」


 アーネストくんが、他の隊員の元に走って行く。

 それを見届けた雨宮様が私に視線を戻した。


「確認させて欲しい。彼女の傷は治ったのか?」

「はい。完治した訳ではありませんが、傷は塞がりました」


 困惑している彩花を横目にしながら、私は雨宮様に答える。


「……そうか。なにがどうなっているかは後で聞くとして。周囲には他にも怪我人がいるようだ。彼女を癒やした薬は、まだ残っているのか?」

「えっと、瓶詰めのポーションはもうありません」

「そうか……」


 雨宮様の残念そうな顔を見て、私は慌てて言葉を続ける。


「あの、瓶詰めにしたポーションはありませんが、樽に入ったポーションならあります」

「……樽、だと?」

「はい、樽です」


 異空間に収納しているポーションの樽を取り出し、彼の隣にドンと置いた。雨宮様はその樽をまえに……なぜか頭が痛そうな顔をした。

 

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